消せ・ラ・セラ

黒片大豆

成るように……ならないことが多い。

 ○○には三分以内にやらなければならないことがあった。三分で、問5から問16までの回答を消し、そして、書き直す必要があったのだ。


 間に合うか?


 いや、考えるより先に動け。戸惑う時間すら惜しい。

 自己採点用にと、問題用紙に丸印をしていたことが功を奏した。これに倣って書き写すだけだ。

 消しゴムが、回答用紙の上を滑らかに走りまわる。黒を纏った消しカスが机に散らばっていく。

 マークシート用紙は固く分厚い。これが、柔らかいプリント用紙だったら、引っ掛かった消しゴムの勢いに耐えられず、無惨にも裂かれていたことだろう。


 まだ、焦るな。


 しかし思いとは裏腹に、じんわりと手汗が滲んできた。

 湿った手の腹がマークシートの黒点を擦り、それはまるで、流星の如く尾を引いた。

 小さく舌打ちをするも、しかし、現状を打破するべく、一旦、表層が真っ黒くなった消しゴムを問題用紙で擦り、白い面を出し、改めて黒を消して行く。


 そしてやっと、問5まで戻ってこれた。ここが全ての元凶である。

『3』『5』『5』『5』『5』『1』の回答順序に、してやられた。

 本来ひとつしか埋まらない問5の枠内に、『1』と『5』のマークが仲良く相席していたのだ。


 落ち着け。


 恨み辛みも込めながら、今しがた、問5までの全ての闇は振り払われた。暗黒に染まる前の、真っ白なマーク欄が露になった。


 あと何分……?


 いや、時計など気にしている時間すら惜しい。

 しっとりと湿る手を、ズボンの裾でいったん拭い、再度マークにとりかかる。

 問題用紙に遺した、数十分前の自身の記憶を辿る。

 ここでの焦燥は禁忌である。着実に正しく、正確にマークして行く。


 焦るな。しかし、急げ。


 いまはただ、命じられたプログラムに従う機械の如く。書かれた通りに丸枠内を塗りつぶすのみだ。


 そして、けたたましい鐘の音と共に、試験官がペンを置くよう指示を飛ばしたのだった。


 ……間に……合った。


 疲労困憊、精疲力尽、満身創痍。

 一時はどうなるかと思った。

 これほどまで焦り、集中した三分間は、今まで生きてきた中で初めてだったかもしれない。

 もう頭が真っ白だ、正に、燃え尽きた。

 手汗どころか、額に脇の下の汗もかいている。フルマラソンでも走ったのかと思われるレベルだ。


 そうこう思いを巡らせているうちに、巡回の試験官がマークシート用紙を回収していった。


 そのとき。見えてしまった。

 いや、のが正しい構文か。

 それにより、全てが終わったことを悟ってしまったのだった。


 真っ白に燃え尽きた彼の目に、最後に映ったものは、張りたてのキャンバスのように真っ白な、記名欄であった。

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消せ・ラ・セラ 黒片大豆 @kuropenn

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