㊙︎6 『トリあえず』
「王子様だったのね、トラヴィス。王都に戻るって聞いたわ……婚姻で和平を結ぶって」
「下位序列の王子なんて、政治に利用されるだけの道具だ。リラリー、僕が愛しているのは君だけだ。一緒に来てほしい」
「あなたがあたしに声を取り戻してくれた……それでも、あたしは鳥籠の中では歌えない」
「君が、君の歌が僕を癒し守るべきものを教えてくれた。君の歌が支えなんだ」
「歌うわ、トラヴィスずっと……会いたくなったらこの手紙を開いて。魔法がとりもどして歌ってくれる」
君へ
なたは らくなって っと見ているから
いたい たいなんて れてしまうよりいい
たしを らばせないのを るいと思わないで
たらしいよを がくのを っと待って
歌うから
トラヴィスは隣国の王女と結婚した。それを機に頭角を現していき遂には国王となり、豊かな国力による統治で戦争をもたらさない平和の国となった。
これでよかったと、あなたと出会った浜辺であたしは歌う。
本当に魔法でその三文字をとってしまえたらと、泣くことはない
-*-*-*-
「『会えず君へ』だね。魔法のしかけがしてあって、それが終わりに浮かんで泣いてしまうと評判だけど、どうだった?」
「読んでいない」
流行りの恋愛小説を片手にジークが歩くのを見かけ、ルキウスは興味深げに声かけた。
「図書館で魔法力学を教えたときにソラが置き忘れていった……お前が渡せ」
ジークはため息まじりにその本を渡す。ルキウスは軽く受け取った。
「彼女に会う口実なら大歓迎だけど――いいのかい?」
「それは何よりだ。手間が減る」
ふいとそっけなく離れるジークに、ルキウスは追いかけるように隣を歩く。
「率直に知りたい。以前の僕の失礼を詫びる。君たちは単純な主従の関係じゃないね。ソラは君をかなり慕っているし、君も彼女をとても大切に思っている」
「……屋敷の者は皆父にそうだったし、父もそうした」
「君がそう言うなら、ジーク。妹のように思っていると、そう取るよ」
ルキウスが立ち止まって言い、ジークも振り返った。紫色の瞳も声も穏やかながら深く、真っ直ぐだった。ジークも向き直る。
「お前が王妃一人を愛し、泣かせることはないと誓うなら、それでいい」
「約束する」
ルキウスは厳かに頷いた。外廊下には明るい木漏れ日が差し込んで、くっきりと同じ背丈の影を描いた。
「君の本心かはとりあえず、僕も本気を伝えたから遠慮はしない。こういうのも初めてだ。友達で――ライバルだね」
「とりあえずその筋違いな名誉は返上奉る、殿下」
「そうかな、ジークは読めないようで読んだ通りのような……ジーク、読んだだろ?」
「読んでいない」
軽やかな笑い声はひとつだが、並んで歩く影にそよそよと葉影も重なって、楽しそうに揺れていた。
――――㊙︎6 『トリあえず』了.
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