㊙︎5 『はなさないで』
『はなさないで』
それが鉄則。もしも学内九不思議のおしゃべり人形に遭遇したら、自分の口を縫い付けて
でないと帰って来れなくなるよ
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黄色の花が一面に咲く。一本の樹の下に、大柄の男性が立つ。褪せたマントを羽織り顔に皺が刻まれるが漲る気は威風堂々と。腕に眠る少女を抱えていた。
「わしを恨むか」
目の前で立ち止まった青年に問いかける。
「聞きたいことは山ほどあるだろう。話すべきことは山ほどあった。ついぞ言えずに立ってしまった。ただ最後だけ恐れに克てなかった。息子の英雄でいられなくなることに」
青年は何も言わず両腕を差し出す。ぐっと刹那、老齢の男は離すまいと抱える腕に力を込めたように見えた。しかしやがてゆっくりと、両者は真っ直ぐと相手を見合ったまま、少女は受け渡された。
「ジーク、まだわしを父と呼んでくれるか」
答えずに、青年は背を向けた。踏まれた黄色の花が道を作り、離れて行った。
果てしなくつづく花畑は幻影のように揺らいで消え、現れたくらがりには綻びた人形が置いてあった。
「起こしてくれ」
ジークは人形の口を縫い付ける紐糸を引き抜く。
人形はパカリと裂けた口を大きく開けた。
かわいいおばけだよ!こわいおばけだよ!あのねお話し人形なんだでもうるさいって大きくなったら話すなって黙れないから縫い付けられたのなんでなんで話しちゃだめなのいけない子なのいらない子なの話す子いらない子だからね話す子もらうんだ渡すんだ少し分けてもらえるの魂をあめ玉みたいにいらない子たくさんだからうれしいでもいいないいないる子はいいなねえうるさい?
けたたましい声を塞ぐように、ジークは口に手を被せた。
「レディーレ・戻れ」
すると縫い付けられて唇にあいた穴が消えていく。
「うるさいが、別にいい」
いいの?話していいの?ありがとう!話す子いる子、返してあげる
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学内九不思議。おしゃべり人形に取り憑かれたら唱える魔法の言葉。
『ご主人様が呼んでるよ』
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