㊙︎4 『ささくれ』

Mo 爪の紅はギンシュヂク。私を真似てネイルが流行っているようだけど薄色しかでない花を教えたわ。だって真紅は王族の色だもの


Tu 月の王子に太陽の姫、ね。ちょっとメルヘンだけど悪くないわ。でも星の主人は過分じゃないかしら。臣下になるんだし。騎士と呼ぶにはふてぶてしいのは同意ね。


We ルキウス王子の目は節穴なのかしら。私を素通りしてあんな野暮ったい子を気にかけるなんて。野良猫に餌をやる感覚だろうけど。


Th 星の主人の由来が分かったわ。でもいくら自分の召使でも学校でまで首輪をかけてご主人様と呼ばせるなんて、趣味が最悪。王子はたしなめたそうだからまだましね。


Fr 地上の民のくせに私の忠告を無視するなんてありえない。あの態度の悪さを許すなんて王子も甘いわ。王妃になったら絶対に跪かせて甲を踏んでやる。


Sa 肩を並べてもかりそめの関係に過ぎないのに、愚かね。私は群れない。希望は災厄と知って持つものよ

 

Su お姫様を演じても、王子様は.




====


 一枚羊皮紙がひらひら落ちてきた為に、掴んで止めた。白紙だが《消え現れペン》で書いたような筆跡がある。と、バシュッと空気を破くようような音が鳴り、女生徒が現れた。


「そ、れを渡してくださるかしら――こちらの寮の子のものだと思いますわ。ご機嫌麗しゅう、ローディス卿」


 張り付けた笑みを浮かべる女生徒に、ジーク・ヴァン・ローディスは彼の通常通り冷めた視線のまま紙片を差し出した。彼女が受け取る間際。

「ささくれているな」

「なッ――見、み」

 ぼそりと呟かれた言に心当たりがあるのか女生徒は途端耳を赤らめわなわなと震え出した。スリットドレスの脚、腿のベルトに挟まれた杖に手をかける。

「オブリビシ、忘れよ‼︎」

 ビシュ、と音は地面にぶつかって土を弾いた。

「術が雑だ」至近ながら半身引いただけで躱わしジークは言う。バシッと今度音がしたのは蹴り出された脚をその脇腹で掴んで止めたからだった。

「離せっ!」もはや女生徒は微笑みの跡形なく、ニンフがメデューサの姿を現したような形相で睨んでいた。

「重心軸を狙い放つより即引く意識を持て」

「ご指導乞うた覚えはありませんわ……?」

「――確かに。失礼した。つい」

 パッと手を離しジークは踵を返そうとしたが女生徒の方はそうはいかなかった。

「ああ、思い出しましたわ。そう言えば魔法に脳筋で向かうような馬鹿が太陽寮にもいて……ローディス家の召使いでしたわね。お家芸か知りませんけれど、かの英雄も晩年は老いぼれてろくに魔法も使えなかったとか。噂が本当なら、体術程度しか残せなかったのでしょうね」

「体術程度で十分な世を残した、王族にも」

「――やっぱり教えていただくわ」

 女生徒はスッと杖を持ち直して、対面した。感情の波立ちは鎮まり代わりに空気がひりつく。女生徒の額に赤黒い水晶体が浮き出て鈍く光るのを認め、ジークも片眉を僅か上げ杖を持った、その時。

「ちょっと君たち!」

 上空から白銀のグリフォンが降り立ち間に入る。ルキウス王子だった。

「休みの日まで熱心だけど、授業外の魔法決闘は申請がいるよ」

「これは殿下、ご機嫌麗しゅう。決闘だなんて。秀抜と名高いローディス卿に偶然お会いしたものですからご指南賜ろうとしただけですのよ」

 女生徒は一転にっこりと柔和に微笑んだ。縦の目のように開いた額の水晶も肌下に減り込んで塞がる。

「ところで、殿下まで見えられるなんて、太陽寮になにかご用事ですの?」

「ああ、僕は通りがかりなんだけど大図書館が今日は太陽寮付近に出没しているから、勉強熱心な彼女も来ているかなと思って。もしかして、ジークも?」

「調べたい魔術書があるだけだ」

 王子の前でも変わらず無骨なジークを横目で見咎めながら、女生徒は一歩前へ出る。


「私もご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか? 殿下。天空はまだ知らないことばかりで」

「勿論、レディ。僕も地上や君たちのことを教えてほしい」

 そういってルキウスは宮廷式の挨拶をして手を取る。その指先に目を留めた。

「綺麗な紅だね。君によく似合う」

「光栄です、これは祖国に咲く花を調合してーー」

 あっ、と彼女は手を引っ込めた。ささくれを見つけ手指を隠すように丸める。

「日々鍛錬しているんだね、君の実力の表れだ」

「加減を知らないから爪が割れる」

「うるさい! 本当に目障りな男――ッ……! いえ殿下、これはローディス卿に先刻から酷い非礼を受けて、」

「ジークの言い方のまずさは分かるよ。でもだからか、こちらも取り繕わず素になれるよね」

「わたくしは、素では。指も普段は手入れしていますのに、急に紙が」

 毅然とした普段の姿とは打って変わってしどろもどろする様子にルキウスは茶目っ気な顔を向ける。

「さぁ君に起きた妖精のいたずらは道中聞きたいな」

「いいえ、もうお二方とも送って差し上げますわ――今、すぐにここから、、、、、、、、、

 女生徒はヤケのように両腕を差し伸ばすとぎゅっと二人のその片腕ずつを掴んだ。爪が沈むほど。

「まさかヴィヴィ、いくら君でも二人同時には」

 ルキウスは冗談めいて笑うが、ズッと女生徒の額から、一度溜めた紅い魔力がとぐろ巻くように滲み出る。

「ルキウス!」

 最後鋭い声を残して二人は消えた。




 先、ドサっと硬い床に落ちる。人はなく薄暗いが棚が立ち並んでいた。

「ここは……倉庫? すごいな場所はズレたにしても二人を同時転移させるなんて」

「――いや、ブロックを掛けなければどこかしら体がばらけていた。あの女は頭がおかしい」

「彼女、意外と苛烈だったね」ジークが顔を顰める一方ルキウスは呑気にくすくす笑う。 

「でも、感謝しないと。ようやく君に、ルキウスと呼んでもらえた」

「咄嗟に殿下と呼ぶほどの忠誠はないだけだ」

「その方がいいさ。名目を盾に呼び出してしまったけど、僕は君と友達になりたいんだ」

「断る。退けろ」

 ジークは正面から見上げる。石敷きの床の上、ルキウス王子の下敷きになっていた。

「“咄嗟”が守ることなのが、君だとも知れた」

 ルキウスは半身起こしながらジークの腕を引く。と、かちゃりギィと錆びれた音と共に光が差し込んだ。


「ゴーストかな? すごいラップ音が……あ」


 緑の大きなリボンに顔半分以上を覆うメガネ、の女生徒が現れしばし固まる。震え出すと悲鳴を上げて駆けて出て行った。



「キャ―――ッ!!!???」



 バタン! と太陽寮談話室の扉が大きく開く。

「ど、どうしましたのキャロル嬢、また新作が降りてきまして⁉︎」   

「そうだけどそうじゃなくっ……い、いま、閉架書庫で、鍵をかけて、お二人が、床に……本当にっ」

「落ち着いて、落ち着いてくださいまし」

「ロロロロ ローディス卿が、でした……」

 カクリ、と事切れたように女生徒はソファに倒れ気を失う。

「えぇーーーっ」

 ダイイングメッセージを一瞬に解したかのように集まった複数が天を仰ぎあるいは地に伏せる。

「……参りましょう」「ええ」「キャロル嬢を独りで尊死させませんわ」

 内輪の派閥もあったがそうして瞬く間になにかしらの一致団結を得て、女生徒たちはバタバタと出て行った。


 ぴくん、と少し遠くで猫耳のような頭頂の癖っ毛が跳ねる。

 ダイニングテーブルの定位置でソラは箒の手入れ、オタクは古文書の解読に勤しんでいた。

「最近騒がしいよね、あの界隈。いいとこのご令嬢たちだと思うんだけど」

「うん……でも、ちょっと分かるかも」ソラは口ごもる。

「ルキウス様もご主人様もいずれ婚姻されるだろうから、学内のうちは誰とも、というか」

「うん? ちょっと飛躍がある気がするけど……ソラがこの間変なこと言ってたのもあの影響受けてる?」

「領館には同年代の子がいなかったの。人も滅多に来なくて。だから人付き合いが著しく下手だけど、ルキウス様がご主人さまの初めての友達になってくれたら。あたしじゃできなかった、背中を任せられるような」

「文脈的にどういう感情になったらいいか落ち着かないけど、とりあえず、ソラは図書館行かないの?」

「ん、もうちょっとツルツルにしてから。道具の手入れを通して己の不足を知る!」

 ソラは箒の柄にまた一つ小さなささくれを見つけて、やすりをかけ出した。



――――㊙︎4 『ささくれ』了.

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