第34話

 次の日、俺たちは碧を親父に会わせた。

 あんな子を厳しい親父に会わせたりして大丈夫かと心配だったが、案外平気だった。

 碧は親父になつき親父も普段の顔はどこかへ消え、ちょっと頬を緩ませていた。

「……何か、トントン拍子過ぎない?」

「血は水より濃いと言うからな、父さんも何となく分かったんだろう」

 俺が碧を自分の娘だと認識するまで、結構時間がかかった気がする。

 それなのに、おふくろも親父も割とすんなり碧を孫だと認めた

「それにパパ、この作品は最初からテンポ速かったよ?」

「……メタ発言禁止」

 親父に碧を紹介した俺たちは、病院から出て姉貴の研究所へと向かった。

 いよいよ、別れの時が近付いているのだ。役目を終えた碧は未来へと帰るのだ。

「なあ、姉貴。本当に碧を未来に送り返すことなんて出来るの?」

「ああ、未来から過去へ送るよりも何億倍も簡単だからな」

 時間は本来過去から未来へと一方的に流れている。

 それを遡るのに比べれば、過去から未来へ人を送るなんて簡単だろう。

 十分くらい歩いたら、やけに生活感のある建物に着いた。

「ここが姉貴の研究所?何か、研究所っぽくないような……」

「研究所に泊まり込むこともある。次第にこんな風になった」

 それは分からなくも無いが、研究所に冷蔵庫って……

 黒い家庭内害虫が湧いたりしないのだろうか?

「おい、人の私物をジロジロ見るな」

「……ゴメン。でも、気になっちゃって……」

 俺たちは姉貴に連れられて、研究所の一角に通された。

 部屋の中には、人が入れそうなくらい大きな卵形の容器がドンと置いてあった。

「……ココアだ」

「ほう、やはり碧は既にコイツのことを知っていたか」

 碧は卵を『ココア』と呼んだが、まさかこの機械はそんな名前なのか?

 どう言うネーミングセンスしてんのさ、姉貴!

「……ココアって、まさかこの機械の名前?」

「そうだ。位相欠陥発生装置『ココア』だ」

 姉貴はどや顔で『位相欠陥』なる言葉を口にしたが、何のことだろうか?

 位相って何?欠陥って何のこと?ハッキリ言ってちんぷんかんぷんだった。

「あのさ……『いそうけっかん』って何?」

 俺は恥を忍んで姉貴に疑問をぶつけてみた。


「位相欠陥とは一口に言えば『内部と外部を完全に遮断すること』だ」

「内部と外部を遮断?それと碧と送り返すことに何の関係が?」

 俺はタイムマシーンを想像していたから、少しがっかりしていた。

 こんな機械で、本当に碧を無事に未来に送り届けられるのだろうか?

「大ありだ。位相欠陥のおかげで生卵だって一年保存できた」

「生卵を保存?つまり、この機械は冷蔵庫ってこと?」

 生卵なんか一年も保存して、この人は何をどや顔してるのだろうか?

 確かに凄いが、俺が出して欲しいのはそんな機械では無いのだが?

「コイツは冷蔵庫なんかじゃ無い。もっと革新的な技術だ」

「革新的?何がそんなに凄いの?」

 素人の俺には、姉貴が開発した世紀の発明のすごさがいまいち分からなかった。

 この人は電化製品を一生懸命に開発していたのだろうか?

「このココアは生物だって保存できるんだ」

「生物を保存?ってことはこれの中に碧を入れて未来まで保存するってこと?」

 何と姉貴が用意したのは『凄いタイムカプセル』だった。

 これの中に碧を入れて、三十年間も閉じ込めると言っているのだ。

「心配要らん。外の世界での一年が中では一日で終わる。一ヶ月の我慢だ」

「んな無茶苦茶な!もっとマシな方法は無いの!?」

 いくら中では三十日でも、こんな十二畳くらいの部屋に閉じ込めるだなんて。

 父親として、もう少しまともな方法を提案して欲しかった。

「残念だが、現代の技術ではこれが精一杯だ。許せ」

「……マジか……」

 世界でも指折りの科学者の姉貴が、これ以外方法が無いと言っている。

 それはつまり、世界中探してもこれ以上の手段が無いと言うことだ。

「大丈夫だよパパ。あたし、ここで三十日間我慢するから」

「……碧、でもなぁ……こんな中に一人で……」

 そこまで言いかけて、俺はある考えがひらめいた。

 これなら、少しくらいは碧の三十日間の旅をマシにしてくれるかも知れない。

「ちょっと待ってろ!最後に渡したいものがある!!」

「え?渡したいもの?」

 俺は急いで研究所から出ると、自分の持ち物を漁り『あるもの』を取り出した。

 コイツがあれば碧も寂しさを紛らわせることが出来るかも知れない。

 俺はアルミ製の筒を大事に持ち、研究所へと戻っていった。

 姉貴の研究所には三十日間の旅に必要な物資が運び込まれていた。


「……すごい荷物だなぁ」

「当たり前だろう?いくら一人でも三十日分の荷物だ」

 ココアが設置された部屋には食料やら水やらがどかどかと持ち込まれていた。

 ちなみに、これってトイレとかお風呂ってどうするんだろうか?

「血はちゃんとある?」

「血?ああ、そうか。吸血鬼だものな、持ってこさせよう」

 姉貴は手近な場所にいた職員に指示を出して、血を取りに行かせた。

 その間に俺には姉貴に教えてほしいことがあった。

「……ところでさ、姉貴。あの、パワードスーツのことなんだけど……」

「そろそろ訊いてくるころだと思ってた。あれは着用者の脳波で動くスーツだ」

 身体を流れる電気信号で動く義手の話は聞いたことがある。

 つまり、あれはそれをさらに発展させた代物ということだろうか?

「あのスーツ、まるで葵の動きが分かってたみたいに動いたんだけど?」

「だろうな。なにせあれには葵の戦闘データが組み込まれていた」

 戦闘データが組み込まれていた?つまり、エーアイが組み込まれてる?

 でも、そんなことしたら着用者はどうなるのだろうか?

「……それってスーツが勝手に動くってこと?そんなことして大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないだろうな。機械が身体を強制的に動かすのだから」

 おそらく、あの最後の未来人は苦痛に耐えながら戦っていたのだろう。

 しかし、俺をあと少しのところまで追い詰めてどうして死んだんだろう?

「あのスーツの負荷に耐えられなくなって、未来人は死んだの?」

「いや、解剖の結果全身が悪性腫瘍の巣になってた。そのせいで力尽きたのだろう」

 あの未来人からはひときわ強い執念を感じたが、奴は何のために戦ったのだろうか?

 それを知る方法は、もう何処にも無いのだが。

「さてと、おしゃべりはここまでだ。準備が完了した」

「そんなに急がなくても良いんじゃない?もう、全部終わったんだし」

 姉貴はやけに葵を未来に返したがっているように見えるが、なぜだろう?

 せっかくなんだから、少しくらいこの時代を見せてあげても良いんじゃ?

「バカ者、葵は本来はこの時間に存在しない。あの子はこの時間に居るべきじゃない」

「……わかったよ」

 姉貴のいうことはきっと正しいのだろう。葵はこれ以上、ここに居るべきじゃない。

 あの子の存在は、この時代にとって悪影響を及ぼす可能性があるのだ。

 しかし、それが頭でわかっていても心では納得できなかった。

 命を張って俺を助けたあの子に、何か感謝を伝えたかった。


「碧、コイツを持っていけ」

「これは、管狐?くれるの!?」

 俺が碧のために持ってきたのは管狐の『いなり』だった。

 碧は以前、俺に管狐をせがんだことがある。あの時は渡さなかったが。

「あげない、貸すだけだ。三十年後、俺に返せ」

「……そっか……パパから貸して貰った管狐か」

 碧は冷たいアルミ製の筒を、愛おしそうに自分の頬に当てた。

 俺も親父から管狐を貸して貰ったとき、無性に嬉しかったっけ?

「もし、お前に霊力があるなら勝手に子供が生まれてくる。子供はこれに入れろ」

「こんなにたくさん筒が居るの?すだれみたい」

 碧に渡した管狐の巣は、アルミ製の筒が並んで確かにすだれのように見える。

 だが、これが一番邪魔にならずに管狐を飼える道具なのだ。

「ねずみ算式に増えるからな。そのうち、名前を考えるのが面倒くさくなる」

「あたし、パパや歩美さんみたいに適当な名前つけないもん!」

「ココアは適当な名前じゃ無い!可愛いだろうが!!」

 いきなり自分のネーミングセンスをディスられて、姉貴が抗議してきた。

 本人はそうは言ってるが、やっぱり変な名前だと思うぞ?

「……ちなみに歩美さんってタイムマシーンに『カフェモカ』って名付けるの」

「おい!何をコソコソと話してる!!」

 碧は俺にだけ聞こえるように耳打ちした。

 姉貴が未来で名前を変えることを恐れてのことだと思う。

「お前が管狐たちに何て名前つけるのか楽しみにしてるよ」

「パパが驚くようなセンスをみせてあげるよ?」

 碧は両腕を広げて、俺にハグを求めてきた。

 最初は抵抗があったハグだが、今となってはその抵抗も少なくなった。

「未来で待ってるからな。碧」

「あたしも未来で待ってる」

 俺とハグを交わした碧は、親父やおふくろ、姉貴ともハグを交わした。

 この景色を過去のものにしない為に、これから俺の戦いが始まる。

 三十年後、このこと再び会うために出来る限りのことをしなくては。

「……三十年後、あたしと握手!」

「お前は戦隊ヒーローか!」

 そして碧は、ココアの中へと消えた。

 ココアは内部と外部を完全に切り離し、音も伝えなかった。

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