第35話
それから俺は、親父に頼み込んで国家退魔にもう一度なった。
親父のコネで国家退魔師に戻った俺を、悪く言う人は少なくなかった。
だが、俺にはそんな陰口に付き合っている暇なんてこれっぽっちも無かった。
「祥太郎、何かあったのか?雰囲気変わったぞ?」
「俺、必ず会いたい相手が居るんだ。だから、立ち止まってられないんだ」
学生時代から交友がある退魔師仲間が時々、俺にそんな問いをする。
コイツらは昔の俺を知ってるから、突然俺が変わったのに驚いたのだろう。
「会いたい相手?それって女か?」
「まあ、女と言えば女かな?俺は女扱いしないけど」
俺がそう言う風に答えると、みんな不思議そうな顔をした。
そりゃそうだよな。普通はそんな答えじゃ訳わかんないもんな。
「その女にどうして会いたいんだ?恋愛対象じゃ無いんだろ?」
「会って、どうしても言わなくちゃいけないことがあるんだ」
俺は碧から、詳しい未来のことを教えて貰えなかった。
だから、自分の努力が正しい方向に向かってるかなんて分からない。
でも、少なくともそっちに向かおうとする意思はある。
「何だか分からんが、凄い気迫だなぁ。どんな人なんだろう……」
「いつか紹介するよ。会えたらだけどな」
俺は毎日律儀に仕事に行き、残業をし、無茶なスケジュールの出張をこなした。
上司におべっかを使い、関係各所に愛想を振りまき、部下の愚痴を聞いた。
全てはアイツにもう一度会って、パパと呼んで貰うためだ。
「……もう、三十年か」
必死に生きていたら、三十年なんてあっという間だった。
あれから俺は仕事の関係で『シャーロット・玲奈・ワトソン』さんと出会った。
シャーロットさんは俺がイメージしていた人とは全然違い、滅多に怒らなかった。
物腰が柔らかくて慎み深くて、むしろ日本人より大和撫子していた。
俺はシャーロットさんと二年間の交際を経て、結婚した。
それからは激動の時代がやって来た。
某国が核ミサイルを使用し、それに対抗する形で第三次世界大戦が始まった。
たくさんの人が死に、国というくくりは希薄になっていった。
世界は再び、暴力が支配する世界となってしまったのだ。
日本も世界大戦の煽りを受ける形で、動乱に巻き込まれた。
しかし、俺は姉貴やシャーロットの力を借りて安全な場所を作り上げた。
そして今日は、ココアの中にいるアイツと対面する日だ。
「祥太郎さん、緊張してるんですか?」
「……うん、三十年ぶりだからね。これを開けるのは」
俺とシャーロットと姉貴と親父とおふくろ。そして娘たち。
一同がココアの前に集まって、碧の帰還を待っていた。
「祥太郎さん『案ずるよりも産むが易し』と言います。リラックスしましょう」
「でも、もし中で何かが起こってたらどうする?」
結婚して数年後、俺とシャーロットの間には三女碧が生まれた。
碧は男の子みたいなやんちゃな子で、時折シャーロットに叱られていた。
その碧は先月、タイムマシーン『カフェモカ』で過去へ旅立った。
「信じましょう?わたくしたちの娘を」
「……うん」
シャーロットは優しく俺の手を握ってくれた。
実は俺はシャーロットに出会うまでは碧から聞いたイメージだけで
「恥を知れ!俗物!!」とか
「人間風情が、誰の許しを見てこっちを見ている」
とか言う人なのかと思い込んでいた。本当にごめんなさい。
「いつまでもイチャイチャするな。開けるぞ?」
「イチャイチャなんてしてないっしょ!?」
森保の当主となった姉貴が俺たちを冷やかした。
碧がココアに入った後で分かったが、姉貴は眼力を既に持っていた。
姉貴の眼力は『構造を把握する眼力』だったから気付かれなかったのだ。
世界的に有名な科学者になれたのも、この眼力のおかげらしい。
「……そう緊張するな。今日までやれるだけのことはやっただろ?」
「でも、観測するまで碧が居る状態と居ない状態が重なってるから……」
もし開けたとき、中に碧が居なかったらどうしよう?
俺は固唾を飲んで、ココアが解放されるのを見守った。
「……」
「きっと大丈夫ですよ」
シャーロットはとても落ち着いた様子で、俺に寄り添ってくれた。
こんな素敵な相手と出会えて、本当に俺の人生は
「あ~~っ!何してんのさ!!二人とも!!!人が折角帰ってきたのに!!!!」
とても聞き慣れた声がココアの中から聞こえてきた。
一ヶ月前に聞いた声と、寸分違わぬ我が家の三女の声だ。
三十年前に聞いた声ともまったく同じだった。
ただ、違うところがあった。
それはココアから出て来た碧にはたくさんの管狐がついていた。
「パパ!普通は帰ってきた娘と熱いハグをする場面でしょ!?」
「ゴメン!そのつもりだったんだよ」
碧は不満そうに俺に詰め寄ってきた。一ヶ月間ココアの中に居たのに臭わなかった。
あのココアの中って、本当にどうなってんだろう?
「碧、お父様はこの一ヶ月ずっと貴女を心配してたのですよ?」
「……本当かなぁ?本当は毎日ママとイチャイチャしてたんじゃ無いのかな?」
碧は真紅の目で、不審げに俺の顔をジロジロと見ている。
何で久しぶりに会って、いきなりこんな扱いされなくちゃいけないんだ?
「それよりどうだ?お前が言ってた未来と同じか?」
「あ!誤魔化そうとしてる!!あとでこの件はきっちり話つけるからね?」
碧はそう言うと、研究所の外へと歩き出した。
俺たちはそれについて外の景色が見える場所まで歩いた。
「……空が見える。パパ、ドームは?」
「あそこに見えるだろ?あの半透明の……」
俺は上空にある半透明の膜を指さした。膜は太陽光でシャボン玉のように見えた。
あれはユーラシア大陸を覆う超巨大なドームだ。この中に人は住んでいる。
「えぇぇぇえええ!?全然違うよ!!パパ、過去を変えないでよ!!!」
「いや、変えるつもりは無かったんだ。ただ、頑張り過ぎちゃったんだ」
碧が知ってるドームとはコンクリート製だったらしい。
しかも、もっと狭くてユーラシア大陸全域なんてカバーしていなかった。
「ってことは、他にも何か変えたところがあるんじゃ!?」
「良いじゃ無いですか?碧」
シャーロットが碧を優しく制した。
妻には俺が体験したこと、知ったことを覚えている限りで教えた。
「ママ!?でも、勝手に変えられると……」
「お父様が変えたのは過去ではありません。未来です」
「……」
母親にそう言われて、碧は黙ってしまった。よっぽどシャーロットが怖いのだろう。
だがこれで俺は三十年間、ずっと言いたかったことを娘に伝えられる。
「碧」
「何?パパ」
「俺と出会ってくれて、本当にありがとう」
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