第33話
親父に紹介する前に、俺たちは仮眠室を借りて少し眠ることにした。
なんせ、タイタンが攻めてきてからずっと寝ないで気を張っていたのだ。
「パパ、本当に一緒に寝ないの?」
「当たり前っしょ?お前は女性用仮眠室に行きなさい」
仮眠室を借りるに当たり、碧は俺と一緒の部屋が良いとだだをこねた。
しかし男性用仮眠室に碧が入るのも、女性用仮眠室で俺が寝るのも良くない。
だから碧は姉貴達に任せて、俺たちは別々の部屋で眠ることにした。
「あおちゃん、私たちと一緒に行きましょう?」
「……うぐぅ」
碧は渋々、おふくろに連れられて女性用仮眠室へと向かった。
そんな捨てられた子犬みたいな目で人を見ない。ただ睡眠とるだけっしょ?
「……ふぅ~」
「随分、大きなため息だな?娘に好かれているのは良いと思うが?」
姉貴は俺と碧のやりとりを見ていて、少し口角が上がっていた。
別に見世物じゃ無いんだけどな……
「別にアイツとのやりとりが疲れたんじゃないよ。大変な一週間だったなと思って」
「まさか、相手が未来人だったとはな……」
そう口では言っているが、姉貴はそんなに驚いてるようには見えなかった。
碧が未来から来たことも、ついさっき知ったばかりの筈なのに。
「あんまり驚いてるようには見えないけど?」
「まあな、お前がタイムトラベルについてやけに訊いてきたからもしやと思ったんだ」
俺は姉貴に『過去を変えられるか?』と言う質問をしたことがあった。
あの時は、小説の話だと嘘を言って上手く誤魔化したつもりだったんだけどな。
「やっぱり、姉貴にはかなわないなぁ……」
「そうでもないさ」
姉貴は自動販売機で買った牛乳を飲みながら、眼鏡をかけ直した。
そんなこと言ったって、そのうち姉貴も眼力が発現すると俺は知っている。
森保は姉貴が引っ張っていく、これがこの先に待つ未来だ。
「そう言えばさ。姉貴は前に『ラプラスの悪魔』の話をしたろ?」
「あ?ああ、そうだったな。それがどうしたんだ?」
ラプラスの悪魔とは、人の運命は決まっていて変えられないとする理論だ。
「結局未来人は過去を帰られなかったんだから、ラプラスの悪魔は正しいのかな?」
「なんだ、運命論の話か。残念だが、その意見には賛成できない」
姉貴は牛乳パックを綺麗にたたむと、ゴミ箱へと捨てた。
「どうしてだよ?結局、運命は変わらなかったんでしょ?」
「お前が生きているからと言って、運命が変わってないという証明にはならない」
姉貴はどうしてそんなことが言えるのだろうか?
俺はこの後、吸血鬼に婿入りして碧たちの父親になる。
その運命は変わらないと思うのだが?
「アイツらは確かに過去を変えられなかった。だが、それは前提が間違ってるからだ」
「……前提?」
前提って何のことだ?解放軍が前提としていたものとは何だ?
前提が正しければ、解放軍は成功していたのだろうか?
「それは『過去を変える』と言う発想だ。前も言ったが、過去は変えられない」
「でも、過去が変えられないなら平行宇宙は無くて運命が決まってるって……」
詳しくは覚えていないが、姉貴は運命がどうとかって言っていた。
運命が決まっているなら、過去だけじゃ無くて未来も変えられないのでは?
「あれはあくまでも『そう言う仮説がある』と言ったまでだ」
「じゃあ、姉貴はそうは思ってないってこと?」
姉貴は過去とか未来とか、どう思っているのだろうか?
俺には、未来も過去も一本の道にしか見えなくなってしまった。
「過去は確定した結果だ。結果は変えられない。だが、未来は未確定だ」
「未来は変えられるってこと?でも、それじゃ碧たちはどうなるのさ?」
仮に未来が未確定なら、碧たちが来た未来も未確定と言える。
では、碧たちはどこから来てどこへ帰るのだろうか?
「確かに、未来が未確定ならお前の娘が居る未来と居ない未来があるはずだ」
「そうだろ?だったら……」
だったら、姉貴の仮説はおかしいことになってしまう。
娘が居る未来が確定しているから、碧は過去へやって来たのだから。
「だから、その未来はお前が確定させるものだ」
「俺が?」
姉貴はどうしてそんな風に言えてしまうのだろうか?
未来は未確定?そんなの、あり得るのだろうか?
「一見するとラプラスの悪魔は完璧に見えてしまう。だが、本当は不完全なんだ」
「不完全?どこが?」
俺にはラプラスの悪魔は完璧に見えるのだが、あねきはそんなことは無いと言う。
運命が決まっているから過去は変えられないし、碧が居るのでは?
俺は姉貴の次の言葉を待った。
「ラプラスの悪魔が考えられたのは、今から三百年以上前だ」
「三百年……ってことは十八世紀くらい?」
今は二十一世紀だ。そこから三百年遡れば、十八世紀だ。
「いいや、十七世紀だ。その頃は古典的な物理学が発展した時代だ」
「そんなに昔から運命について考えられてたのか」
昔の人も今の人も『自分の未来』について知りたいと考えているのか。
科学やテクノロジーは進歩しても、人の関心事は変わっていなかった。
「そんな古い時代に考えられたから、今となっては時代遅れな部分があるんだ」
「どんなところさ?」
古い時代に考えられた概念が科学の発展と共に時代遅れになるのは良くあることだ。
昔では常識だったことが、科学の発展で覆るのは珍しくない。
「ラプラスの悪魔は『どんなものにも法則性がある』と言う前提がある」
「……普通じゃない?法則性のない現象なんて存在しないっしょ?」
人類の科学で未解明な現象だって、必ず法則性があるはずだ。
科学とは、法則を知るための学問なのだから。
「ところがそうじゃないんだ。世界には完全に法則性が無い現象がある」
「マジで?それもただ解明されてないだけじゃないの?」
「そう思うだろ?だが、本当に法則性が無いと証明されてるんだ」
姉貴は意地悪な笑みを浮かべて、俺に説明を続けた。
科学について語るとき、この人はさも楽しそうにしゃべる。
「それらの現象のせいで『未来は未確定だ』と結論づけられている」
「それじゃ、碧はどうなるんだ?未来が未確定なら、アイツは……」
未来が変わってしまえば、碧はこの世に生まれて来ないことになる。
折角、出会えたのに消えてしまうかも知れないなんて悲しすぎる。
「だから、お前が頑張って未来を確定させる必要があるんだ」
「……俺が……頑張る?」
俺が頑張れば、また碧と未来で出会えるのか?
俺は放っておいても、その内に運命に導かれて出会えると思っていた。
「祥太郎、碧がお前の前に現れたのは『きっかけ』なんじゃないか?」
「きっかけ?」
碧が俺の前に現れたのは、俺を解放軍から守るためだろ?
それ以上でもそれ以下でも無いだろ。何のきっかけだよ?
薄暗い病院の仮眠室の前で、姉貴は俺に何を言いたいのだろう?
俺にとって、碧とは一体何なのだろうか?
「以前のお前は、自分が何をしたいのかどこへ行きたいのか決められずにいた」
「……うん、まあ」
俺が雇い止めにあったのも借金を抱えたのも、全部自分で決めなかったせいだ。
何となく国家退魔師を辞め、何となく資産運用に手を出した。
「しかし碧と出会って、今のお前には目標が出来たんじゃ無いのか?」
「目標?俺の目標……」
確かに姉貴の言うとおり、今の俺には目標のようなものが出来つつある。
正しくは『こうなって欲しい』では無く『こうならないで欲しい』だが。
「祥太郎、お前の目標は何だ?お前はこの先、どうしたい?」
「俺は……碧とまた会いたい。たった一週間だったけど、俺はあの子が大好きだ」
俺は碧が居ない未来なんて、来て欲しくないと考えている。
あの子に未来で出会って、ちゃんとお礼を言いたい。それが俺の目標だ。
「だったら、やるべきことがあるんじゃ無いか?未来はまだ決まってないぞ?」
「姉貴は俺が努力すれば、碧とまた出会えると思う?」
碧がこの世に生まれてくる確率なんて、限りなくゼロだ。
少しでもタイミングがズレれば、その時点で碧は生まれてこなくなる。
「可能性は充分あると思うぞ?現にあの子はお前の前に現れたのだから」
「……そっか。だったら俺……」
俺が今から努力して、どれくらい碧が来た未来に近づけるか分からない。
でも過去を変えられない以上、今からでも行動するしかない。
そう思って、決意表明をしようとした時だった。
「ああ~~っ!!二人して何の話してるの!!?」
仮眠室のドアが開き、愛娘の声が廊下中に響き渡った。
「しーっ!今は夜中っしょ!?他の人の迷惑を考えなさい!!」
「……むむむ……何の話をしてたの?」
碧は俺に注意されて、声のトーンを下げた。
まったく、身体は大人のくせに子供みたいなことばっかりして。
「祥太郎のこれからについて話してたんだ」
「パパはママと結婚するんだよ?勝手に未来を変えないでね?」
「分かってるよ。ちゃんとお前が生まれてくるようにするから」
俺にはまだ具体的に何がしたいとか、何になりたいとかは分からない。
でも一つだけ言えるとしたら、俺はこの子を裏切りたくないと思っている。
この非常識で子供っぽくて若干ウザい吸血鬼の笑顔をまた見たい。
俺たちはその後、それぞれの仮眠室で眠った。
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