第32話

「祥太郎、大丈夫だった?どこも怪我してない?」

「大丈夫、大丈夫だよおふくろ。大した怪我はしてないよ」

 駆け寄ってきた俺と姉貴のお母さんは、何度も何度も俺に確認してきた。

 まさか、新年早々に親をこんなに心配させるだなんて……とんだ親不孝者だ。

「歩美から連絡があったときは、心臓が止まるかと思ったのよ?」

「姉貴、もうちょっと伝え方を工夫してくれない?」

 おふくろの心配の仕方は、ちょっと尋常ではなかった。

 これではまるで、俺が大きな事故か災害にでも巻き込まれたようだ。

「これでも善処した方なんだぞ?だが、母さんが大げさに受け取ってな」

「……そういうことか」

 親というものは、どうしてこうまで子供を心配するのだろうか?

 俺だって、もう子供じゃ無い。一人暮らしも結構長いつもりだ。

「おふくろ、もう全部終わったんだよ。俺も無事に帰ってきたっしょ?」

「本当に心配したんだよ?お父さんたちも入院して、家も壊されて……」

 俺はおふくろの小さな身体を、優しくハグした。

 碧じゃ無いが、ハグすることで少しは安心するかもと思ったからだ。

「誰も死んでないじゃないか。家だって国が補助してくれるし、きっと大丈夫だよ」

「本当に全部、終わったのかい?」

 抱きしめたおふくろの身体は、小刻みに震えていた。

 何せ、解放軍が現れてから一週間くらいしか経っていないのだ。無理もない。

「……ああ、全部終わったよ。何もかも元通りになるよ」

 俺はおふくろに優しく言い聞かせた。

 ひょっとしたら、これは俺自身にも言い聞かせていたのかも知れない。

「森保さん、結果が出ました」

 聞こえてきた看護師の声に俺たち三人は、一斉に声の方向を向いた。

 だって、この場には森保さんが三人も居るのだから仕方ないだろ?

「……えっと、森保歩美さん。精密検査の結果が出ました」

「祥太郎、お前も来い」

 俺と姉貴は、看護師の後について病室に入った。

 そこではモニターがずらりと並び、ここが普通の病室じゃ無いことを物語っていた。

「どうぞ、おかけになって下さい」

「先生、どうなんですか?あの子は大丈夫なんですか?」

「落ち着いて下さい。今からご説明しますので」

 医者は俺を手で制すると、マウスを操作して画像を表示した。


「森保さん、落ち着いて聞いて下さい。どうか、落ち着いて」

「……え?」

 医者が二度も前置きをしたので、俺の全身の血の気が退いていくのが感じられた。

 救急車の中では少し脚が痛いだとか言っていたが、まさか!?

 打ち所が悪くて、どこかに後遺症が残るような傷を負ったのでは!?

「あなたがここへ運んだ吸血鬼ですが、実は……」

「先生、嘘ですよね!?死んだりなんかしませんよね!!?」

 俺は思わず、医者の方を掴み乱暴に揺すってしまった。

 ここまで来て、自分は助かったけど娘は助からなかったなんて認められなかった。

「落ち着いて!落ち着いて下さい!!」

「落ち着け祥太郎!!まだ、何も言ってないだろう!!?」

 俺は姉貴に引き剥がすようにして、座席へと戻された。

 落ち着けってこの状況で、どうやって落ち着くって言うんだ!?

「結論から申し上げますね?検査の結果……」

「……ゴクッ!」

 俺は手で膝を強く握っていた。後で見たら、ズボンに大きな汗染みが出来ていた。

 まるで自分のことのように、次の言葉を聞くのが怖かった。

「……異常はどこにも見られませんでした」

「はぁ?異常がどこにも無い?だって本人が脚にひびが入ったって……」

 碧はあの時、立てないと俺に確かに訴えてきた。

 あの言葉が嘘だったとは俺には思えない。嘘を吐く意味が無いからだ。

 かといって、この病院の設備で骨折の一つや二つが見つからないとも思えない。

「全身くまなく検査しましたが、一切の異常は見られませんでした。健康体です」

「じゃあ、本人は今はどうしてるんで……」

「だーれだ!?」

 医者と話していた俺の視界が、急に手で遮られた。

 若干声色は変えているが、こんなアホなことをするヤツは俺は一人しか知らない。

「……碧、医者を巻き込んで下らないことをしない!!」

「あれ?あたしがお医者さんに頼んだって何で分かったの?」

 医者が何でこんなもったいつけたような言い方をしたのか分かった。

 この人は、俺のアホな娘にムチャブリされて付き合わされただけなのだ。

「本当にすみません。後でちゃんと言っておきますので……」

「いえいえ、お気になさらず」

 俺は碧の手をどかしながら、苦笑いを浮かべる医者に謝った。


「まったく、嘘吐いて人を心配させるだなんて!」

「嘘なんか吐いてないよ!あの時は本当に立てないくらい足が痛かったんだよ!!」

 あの時は立てなくて、今はこんなふざける余裕があるだなんてどんな足だ。

 俺は胡乱げな目で碧を見ていた。

「回復したんだろうな。吸血鬼の貴族ともなれば、ひびくらいすぐに治るだろう」

「……姉貴は何でそんなに吸血鬼の貴族について詳しいの?って言うか信じるの?」

 俺の隣に座っていた姉貴は、碧の主張を特に怪しんだりはしなかった。

 まさかの方角から碧を援護する人物が現れてしまった。

「退魔師を辞めても研究自体は続けてる。現場のことは分からんが、知識はある」

「ほら、おばさ……歩美さんもこう言ってるよ!!」

 今、碧が姉貴のことを『おばさん』と呼ぼうとした時、姉貴の眉間にしわが寄った。

 この人、よっぽど自分の歳のことを気にしてるぞ?

「じゃあ、お前は救急車で運ばれて検査されてる間に治っちゃったってことか?」

「救急車で運ばれてる間にほとんど治ったかな?」

 目の前の碧は、嫌になるくらい元気いっぱいで飄々としている。

 でも、嫌な気持ちよりも何ともないと分かって安心した方が大きかった。

「祥太郎、随分と騒がしい娘だな?お前はどんな教育をしたんだ?」

「ゴメン姉貴。俺も未来の自分がどんな風にこの子を育てたのか、知りたいんだ」

 未来でこの子が生まれたら、もうちょっと大人しい子に育てようと改めて思った。

 そもそも、この子は何番目の子供なのだろうか?

「……はっ!済みません、すぐに出ますね?」

「いえ、お構いなく。ただ、もう少し院内ではお静かに願います」

 碧が無事で安心したせいで喜んでいたが、今は午前五時だ。しかも、大病院の中。

 こんなところで騒ぐのは、他の入院患者の迷惑になってしまう。

「……本当にすみません」

「だらしのない父親ですみません」

 俺は何も言わずに、碧の頭を掴むとそのまま下げさせた。

 誰のおかげで、こんな夜中に大騒ぎしてると思ってんだ!

 俺たちは深々と頭を下げながら病室を後にし、待合室へと向かった。

「祥太郎、何のお話だったんだい?それから……その子は?」

「おふくろ、この子は……」

「はじめまして、おばあちゃん。あたしはパパが十六の時に……ギャン!?」

 絶対に変なことを言うだろうと予想していたので、間髪入れずに黙らせた。

 なんだか、段々この子の行動パターンが分かってきた気がする。


 俺はおふくろに誤解されないように、かいつまんで説明した。

「……って言うことなんだ」

「つまり、この子は祥太郎の未来の娘で私の孫娘ってことかい?」

「祥太郎から送られてきたサンプルで、コイツがうちの血縁だと証明されてる」

 姉貴に碧の唾液のサンプルを送っておいて、本当に良かったと思った。

 そのおかげで、科学的に碧が俺の娘だと証明して貰えた。

「……信じられないか?おふくろ」

「う~ん。未来がどうとかは良く分からないけど、確かに祥太郎に似てるね?」

 おふくろは碧の顔をまじまじと見つめながら、そう言った。

 俺はあまり自覚が無いが、やっぱり碧と俺は似てるのだろうか?

「そんなに似てるか?あんまり似てる気がしないけど……」

「確かに目鼻立ちは似てないけど、眉とか口元とかはあんたによく似てるよ?」

 おふくろには碧が俺と似ているように見えるらしい。

 俺、あんな眉してるか?後で鏡でよく見てみよう。

「それに、チャカチャカしてるところは子供の頃のあんたそっくりよ?」

「チャカチャカしてる?子供の頃の俺ってそんなんだったっけ?」

 俺には子供の頃、こんなに騒がしくしてた記憶が全くない。

 確かに、好奇心旺盛であっちこっちに行ってた記憶はあるけど。

「あんたってちょっと目を離すと、すぐにどっかに行っちゃってたから……」

「……そうだったかな?」

 そんなに甚だしく、あっちこっちへ行ってただろうか?

 割と落ち着いた子供だったつもりなのに……

「じゃあ、あたしがこんなんなのはパパからの遺伝のせいだね?」

「……さりげなく自分のしたことを人のせいにしようとしない!」

 昔の俺って、本当にこんなのだったのだろうか?

 自分ではもっとふんべつがあって、大人の言うことを聞く子供のつもりだった。

「……」

「おふくろ、どうした?」

 おふくろが黙ってしまったので、俺は心配になって尋ねた。

 やっぱり、碧を会わせない方が良かっただろうか?

「……お父さんにも紹介しなくちゃいけないね?」

「え?親父に紹介?碧を?」

 確かに親父もこの病院に入院しているが、本気で言ってるのだろうか?

 こんな落ち着きの無い子を親父に会わせて、大丈夫だろうか?

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