第30話

「碧、お前だったらタイタンをあそこまで蹴り込めるか?」

「あそこまで?う~ん、屋上からなら多分……」

 その答えを聞いて、俺の中にかすかだが希望がわいてきた。

 あそこに運べれば、タイタンの中の人の息の根を止められるかも知れない。

「よしっ!屋上まで走るぞ!?」

「本気でやるの!?おばさんに怒られるよ!!?」

 確かに碧の言うとおり、あそこにタイタンを叩き込んだら姉貴に怒られるかも。

 なぜなら、俺が指し示したのは学校の敷地外だからだ。

「姉貴には俺から謝っとく。お前は何も心配しなくて良い」

「……良いのかなぁ。パパが言うならやるけど……」

 俺たちが床から立ち上がり教室の入り口に走り出した時、モーター音が聞こえた。

 急いで止まると、引き戸を破壊してタイタンが姿を現した。

「くっそ!走れないくせに案外早かったな!?」

「パパどいて!そいつ殺せない!」

 俺の前に立ち塞がったタイタンめがけて、碧がドロップキックした。

 この一撃はライオン男を即死させる威力がある。

「え!?」

「碧!!?離れろ!!」

 しかし、碧のドロップキックをタイタンは難なく受け止めてしまった。

 まるで、碧の動きがあらかじめ分かっていたかのような反応だった。

「……」

 碧の脚を掴んだタイタンはそのまま碧を窓に叩きつけた。

 窓ガラスが割れ、破片と一緒に鮮血が廊下に飛び散った。

「……っかは!?」

 碧の口から声にならない声が漏れたが、タイタンはそんなのお構いなしだ。

 碧の脚を持ったまま、廊下の床やらコンクリの壁やらに俺の娘を叩きつけた。

「やめろぉぉぉおおお!!!」

 俺は反魔刀をタイタンの喉に突き込んだが、タイタンは刀を寄せ付けなかった。

 愛刀は折れ、長さが三分の二くらいになってしまった。

「……」

 タイタンは碧を雑に放り出すと、俺の根元に鋼の指を伸ばしてきた。

 これに捕まれれば、間違いなく俺は首の骨を折られてしまう。

「縛鉄線!!」

 俺はとっさにピアノ線なみの強度を持つ特殊な鉄線でタイタンの手を封じた。


「使いたくは無かったんだがなっ!」

 この鉄線はくちなわより遙かに値が張る代物なので、とっておきだった。

 俺はタイタンの腕をとっさに、天井に固定して屋上まで走った。

「……」

 タイタンは鉄線ごと腕を振り抜くと、俺を追ってきた。

 鉄線は強力でも、天井の強度はタイタンの剛力に耐えられなかったようだ。

「……そうだ、そのまま俺を追ってこい」

 タイタンが俺を追ってきてくれて、内心安心していた。

 ヤツが俺を追ってくれば、碧から引き剥がせるからだ。

「……パパ」

 碧は顔から血を流し、遠ざかる俺を見つめていた。

 大丈夫だ。それくらいの傷なら、きっと痕は残らないから。

「身体が重すぎるんじゃ無いのか!?走らないと逃げちまうぞ!!?」

 俺は折れた刀を持ったまま、屋上までタイタンを誘導した。

 後はどうやってあの鉄の塊をあの場所まで運ぶかだ。

「……」

 重低音を響かせながら、ロボットスーツが階段を踏みしめて登ってきた。

 俺は積まれていた机や椅子を崩して、タイタンにぶつけた。

「これでも食らえ!!」

 こんな物でダメージを与えられるとは、こっちも思ってない。

 ただ、あからさまに相手を誘導していると気付かれたくないだけだ。

「……」

 相変わらずタイタンは何も言わずに階段を登って来た。

 本当にあの中に、人間が入っているのだろうかと疑いたくなる。

「さて、ここまでは予定通りだが……」

 俺は屋上で風向きや目的地までの距離を測っていた。

 百メートルも飛ばせば、あの野郎を殺せるだろう。

「問題はどうやってヤツを飛ばすかだ」

 それを考えていたとき、屋上の扉が破壊され鋼鉄の鎧が入ってきた。

 いや、正確には出て来たと言うべきだろう。

「案外早かったな。でも、これはどうかな?」

 そう言うと俺は念を送って貯水タンクに施した仕掛けを動かした。

 貯水タンクはタイタンめがけて、まっすぐに落ちてきた。

 重さで殺そうとしているのでは無い。溺死させようとしているのだ。


「どうだっ!?いくら頑丈でも酸素ボンベは着いてないんだろ!!?」

 タイタンは落ちてきた貯水タンクの中でもがいていた。

 やはりどんなに物理攻撃に強くても、水中では無力のようだ。

「そうだ!そのまま溺れちまえ!!」

 タイタンは必死に貯水タンクを破壊しようとして、穴を開けていた。

 穴からは大量の水が漏れ、屋上を水浸しにしていく。

「……」

 俺は足下をぬらしながら、うごめく貯水タンクを見つめていた。

 このまま、中の人が死んでくれれば御の字だった。

「やっぱり無理だったか」

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 タイタンは貯水タンクを両腕でこじ開け、脱出してしまった。

 解放軍の執念を考えれば、これぐらいは想定しておくべきだろう。

「……」

 しかし、脱出したと言ってもやはりダメージはあるようだ。

 タイタンは肩で息をし、呼吸を整えようとしている。

「たいそうな執念だな?そこまでして俺を殺したいのか?」

 タイタンはゼーゼーと言う呼吸音を奏でながら、こっちに歩き出した。

 息は苦しそうなのに、妙に足取りがしっかりしているのが不気味だった。

「だがな、俺もこんなところで殺される訳にはいかないんだ。そうだろ?碧」

「『インテイク!』」

「……っ!?」

 タイタンは自分の背後から聞こえた、変身ベルトの音に気が付いた。

 しかし、気付くのがわずかに遅かった。

「でやぁぁぁあああ!!」

「『コンプレッション!!』」

 碧は振り返ろうとするタイタンを空中に蹴り上げ、そのまま蹴り続けた。

 空中では振り返ることも、受け身をとることは出来ない。

 タイタンは碧の連撃を受け、弧を描いて学校外にあるガソリンスタンドまで飛んだ。

 そこにはスタンドまでガソリンを運んでいた車が停車してあった。

「タンクローリーだっ!!!」

「『イグニッション!!!』」

 碧の空中かかと落としを食らって、タイタンはタンクローリーに叩きつけられた。

 タイタンとタンクの火花で、ガソリンが爆発炎上した。


「碧っ!」

 タイタンをタンクローリーに叩きつけた碧は、少し離れた場所に落下した。

 着地したのではなく、落下したところを見るとどこか怪我をしたのだろうか?

 俺は屋上からロープで下りると、倒れている碧に駆け寄った。

「……痛ったぁ」

「碧!大丈夫か!!?」

 俺は息を切らせながら、娘に駆け寄った。

 碧は意識はあるようだが、相変わらずアスファルトにへたり込んでいる。

「パパ、脚にひびが入ったみたい。ちょっと立てそうに無い」

「大丈夫だ。すぐに姉貴に連絡して手配して貰うから」

 吸血鬼の碧を、普通の救急車に乗せる訳にはいかない。

 森保の息のかかったところに搬送するのが、一番良いだろう。

「アイツ、死んだかな?」

「流石に死んだだろ?この炎の中で生きてられるとは思えない」

 タンクローリーは激しく炎上し、赤々と炎を上げている。

 この灼熱の地獄の中で装着者を保護できる仕様になっているようには見えなかった。

「……パパ、あたし達これからどうなるのかな?」

「心配するな。お前はちゃんと未来に送り返してやる」

 俺はスマホを引っ張り出し、電話帳を呼び出していた。

 スマホの画面には一月一日の零時二十三分と表示されていた。

 どうやら、日付が変わってしまっていたらしい。

「……姉貴、早く出ろよ!」

「……」

 俺は何度も耳の中に響く呼び出し音を、イライラしながら聞いていた。

 碧は呆然と燃えさかるタンクローリーを見つめていた。

「……ああ、祥太郎か!?どうした!!?」

「姉貴!?悪いんだけど、こっちに救急車を一台寄越して欲しいんだ」

 姉貴が出るまで、多分そんなに時間はかかってなかったと思う。

 しかし、この時の俺にはその数秒が異常に長く感じられた。

「救急車!?お前、怪我でもしたのか!!?敵はどうなった!!!?」

「え~っと、敵は倒したよ?ただ……」

「パパ!アレ見て!!」

 碧が急に大きな声で叫んだから、俺は彼女の指す方向を見た。

 そこには炎の中から黒金の鎧が出てくる様子があった。

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