第29話

 決戦の準備が終わり、歩道に仁王立ちになった俺と碧。

 俺は胸ポケットからスマホを取り出し、SNSを確認した。

「間違いなく、こっちに来てるな」

「SNSって便利だね?」

 SNS上では、相変わらずリアルタイムでタイタンの動向が更新されていた。

 俺は普段はSNSにあまり良い印象を持ってないが、今だけは感心していた。

「……」

「電話?誰に?」

 俺はSNSをチェックするのをやめて、姉貴に電話することにした。

 こんなところで決戦になるならば、森保の力で隠蔽するしかない。

「姉貴だよ。後始末をお願いするんだ」

「ああ、なるほど。ガス漏れのせいにして貰うのか」

 碧は分かったような、分かってないような返事をしてきた。

 ガス漏れって何?なんでこの場でガス漏れが関係あるの?

「……もしもし、森保さんの携帯ですか?」

 俺は端的に今の状況を姉貴に説明し、手はずを整えて貰うことにした。

 森保は国に顔が利くから、こう言う隠蔽は出来る。

「分かった。周辺の住民をどかすから、こっちが指定した場所に相手を誘導しろ」

「ありがとう、姉貴。大晦日にまで仕事させてゴメンな」

 姉貴は、俺たちが戦うための場所を用意してくれるようだ。

 これで被害者も目撃者は減らせるし、戦いに集中できる。

「礼を言うのは全部片付いてからにしろ。そして、ここまで来て直接言え」

「……分かったよ。全部片付けてから、必ずそっちに行くよ!」

 俺は終話するとスマホに送られた座標データを確認した。

 決戦の場所は、この近所にある建替中の中学校だった。

「なるほど。ここならこの時間、ほとんど誰も居ないからな」

「大人しく着いてくるかな?」

 碧の疑問はもっともだが、着いてきてくれると信じる以外ない。

 相手だって、不必要な過去への干渉は避けたいはずだ。

「……敵さんがお出ましのようだな?」

「パパ、あなたは死なないわ。あたしが守るもの」

 どこまでがこの子の本気なのか、未だに俺には掴めずに居た。

 ただ一つだけ言える確かなことは、俺もこの子に死んで欲しくないと言うことだ。

 通行止めになった道路のど真ん中で、俺たちとタイタンは接敵した。


「……」

 俺たちの視線の先にはパワードスーツ・タイタンが立っている。

 無骨なその姿は、スーツと言うよりロボットと呼んだ方が正しい。

「ちょっと、挨拶代わりに一当てするか」

「いきなり逃げるんじゃないんだね?」

 最初から目的地に誘導しても良いが、それでは意図が見え見えだ。

 敵の戦力を測る意味でも、ここは軽く戦っておいた方が良いだろう。

「オンキリキリジャクバンウンハッタソワカ」

「くちなわを使うの?」

 俺は試しに、札を一枚使って綱を一本呼び出した。

 綱は蛇のようにタイタンに巻き付くと、動きを封じ込めた。

「……」

 しかしタイタンは、そんなものは意に介さなかった。

 ブチッと言う音を立てて綱はあっけなく引きちぎられてしまった。

「やっぱり、今までの獣人たちとは訳が違うようだな」

「あたしもタイタンとは何度か戦ったけど、凄い馬鹿力だったよ」

 相手が人間である以上、ほとんどの退魔の術は効果が無い。

 しかも、相手はカメラ越しにこっちを見るから眼力も無力だろう。

「……」

 俺がどう対処しようか考えていたら、タイタンがこっちに歩き出した。

 来ないならこっちから行くという意味だろう。

「コイツを試してみるか。でやっ!」

 俺は目くらましのために、煙玉をタイタンめがけて投げつけた。

 タイタンにぶつかった煙玉は、大量の黒煙を吐きながら炸裂した。

「碧、今のうちに逃げるぞ!」

「え?う、うん!」

 俺は黒煙が晴れないうちに、中学校へ走り出した。

 碧はワンテンポ遅れて、俺の後に付いてきた。

「何で逃げるの?目くらまししたらな、攻めれば良いんじゃ?」

「何の工夫も無しに背中みせて逃げたら怪しいっしょ?」

 この場で下手に攻撃すると、人様の家を壊す恐れがあった。

 とりあえず、相手が馬鹿力なのは分かったしもう一つ分かったことがある。

 それは、相手は煙玉くらいではこちらを見失わないということだ。

 俺たちは適度に距離を保ちながら、走れないタイタンを中学校まで誘導した。


「一応、中学校まで誘導したがどうやって倒せば良いんだ?」

 相手はロープを簡単に切れるほどの怪力だ。

 対してこっちは、敵にどうやったらダメージを与えられるかも分からない。

「校舎の下敷きにしたら?」

「そんな校舎を壊せるほどの爆薬は持ってないよ」

 退魔師は基本的に爆薬みたいな道具は使わない。

 清められて魔族に効果がある『聖水』と呼ばれる水は頻繁に使うが。

「あ、来たよ!?」

「何か、何か使えそうな物は無いのか?」

 俺は広いグランドを見回したがグランドの中にはゴールがあるくらいだった。

 試しにアレを投げつけてみるか?

「碧、アレをアイツに投げられるか?」

「アレってあのサッカーゴール?投げられるよ」

 碧は俺が呼び指したサッカーゴールに駆け寄ると、真ん中付近に手をかけた。

 普段は生徒が何人も集まって動かすゴールが、碧一人の手で動き出した。

「ぬぉぉぉおおお……お、重い……」

「……凄げぇ……」

 普通だったら重いなんて言いながら持ち上げるレベルじゃ無い。

 あの子が本気を出したらあんなロボット、イチコロなんじゃ?

「そぉい!!」

 碧は持ち上げたサッカーゴールをタイタンめがけて、まっすぐに投げた。

 あんな物を投げつけられたら、ライオンだろうが熊だろうが虎だろうが死ぬはずだ。

「……!!」

 ゴールを受け止めようとしたタイタンだったが、この質量差だ。

 タイタンはゴールもろとも飛んでいき、校風が刻まれた碑文に激突した。

「よしっ!!」

 碑文は粉々に砕け、ゴールはひしゃげてしまった。

 今のだけで、被害総額はいくらになってしまうのだろうか?

「パパ!あたしこれでもレディなんだけど!?」

「そんなこと、言ってる場合か!?校舎を爆破しろとか言ったくせに!!」

 俺たちはタイタンが死んだと思い込み、そんなやりとりをしていた。

 しかし、そんなおしゃべりはすぐに中断することとなった。

「……」

 モーターの駆動音と共にゴールがどかされ、タイタンが姿を現したからだ。


「……うそ……だろ……!?」

 サッカーゴールを投げつけられて生きていられるだ何て、到底信じられ無かった。

 こんなヤツ、倒す手段なんてあるのか?

「パパ!敵が向かってくるよ!?」

「……ハッ!一旦距離をとるぞ!?」

 碧の言葉で我に返った俺は、タイタンから逃げることにした。

 打撃で倒せないなら、それ以外の方法を考えるしか無い。

「とりあえず、校舎の中に逃げるぞ!?」

「校舎の中に逃げてどうすんの?」

 碧の質問に、その時の俺は答えられなかった。

 校舎に逃げた後のことなんて、何も考えていなかったからだ。

 廊下を走り、階段を上り、教室の一角で俺は腰を下ろした。

「……ハァッ!……ハァッ!!」

「……」

 肩で息をする俺を、碧は黙って見つめていた。

 タイタンは俺の想像を遙かに超えた化け物で、どうしたら良いか分からなかった。

「……パパ、ちょっと良い?」

「何だ?こんな時に」

 この差し迫った状況で、碧は何をしようというのだろうか?

 碧は腰を下ろし、俺に目の高さを合わせてかおあ告げた。

「パパは逃げて。アイツはあたしが何とかするから」

「……はぁ?」

 何を言ってるんだコイツは?逃げるだって?そんなこと出来るわけ無いだろう?

「パパが生きてれば、あたしは未来で生まれて来れるから」

「……」

 俺は何も言わずに、碧の額にチョップを叩き込んだ。

「きゃん!?」

「未来で生まれて、その後この時代に来て死ぬだけだろ?それくらい分かる」

 碧が言う通り、俺が生きていればこの子は未来で生まれるだろう。

 だがそれだけだ。この子がここで死ぬ未来は変わらない。

「お前を見捨てるくらいだったら、金子達とあった時に見捨ててる」

「でも、このままじゃパパは殺されちゃうよ?どうすんのさ!?」

 俺は何となく、教室の窓から外の夜景を見た。

 そんな俺の視界に、ある物が入った。アレだったら倒せるかも知れない。

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