第27話

 祥太郎と碧がそんな会話をしている時、先ほど彼らがいた公園では。

「金子……佐々木……なぜだ?」

 燃え尽きてしまった熊女、金子と虎男佐々木の燃えかすを見ている男が一人居た。

 彼は土屋少佐と言って、過去に送られた改造人間達の指揮官だった。

「なぜワトソンの拠点も突き止めずに死んだんだ!?」

 土屋は悔しさと歯がゆさで、地面の焦げ付きを何度も踏んだ。

 金子は土屋から祥太郎の自宅を突き止めるように命令されていたのだ。

 にも関わらず金子は祥太郎の説得を試み、返り討ちにされてしまった。

「……うっ!?」

 金子の残した焼け焦げを踏んでいた土屋が、苦悶の表情を浮かべた。

 土屋は自分の身体を抱えるように、その場に膝をついた。

「……はぁっ!……はぁっ!!……クソっ!!!」

 疼痛に耐え、呼吸を整えた土屋は金子たちのブラックボックスを探すことにした。

 改造人間達には、戦闘記録をとるためのブラックボックスが埋め込まれていた。

 これを解析することで、敵の能力を測り次の戦闘に役立てるのだ。

「佐々木のブラックボックスがない。誰かに持ち去られたか!?」

 土屋は先に、ブラックボックスが探しやすそうな佐々木の遺体を調べた。

 しかし佐々木のブラックボックスは、祥太郎が持ち帰ってしまったのだ。

「遂に敵に気付かれたか!?あれが無くては『タイタン』が完成せん!!」

 土屋が直接祥太郎と戦おうとしないのには、理由があった。

 それは土屋の身体が病魔に蝕まれ、戦えるような状態ではないからだ。

 ボロボロの土屋が碧と戦うには『タイタン』がどうしても必要だった。

「金子の戦闘記録は残ってるんだろうな?」

 土屋は寒空の下、病をおして金子のブラックボックスを探す羽目になった。

 雪がチラつき、電灯の光だけが頼りの公園で土屋は地面を這いずり回った。

 全てはかつて吸血鬼共に『処分』されてしまった愛娘のためだった。

「夏子、きっとお父さんがお前を助けてあげるからな!?」

 今の土屋を突き動かしているのは、人類を救うという使命感などでは断じてない。

 彼が人類解放軍に入隊したのは、命の続く限り吸血鬼に復讐するためだった。

「もう少し、もう少しなんだ!」

 過去を変えれば夏子を救える。そう思った時、彼は初めて生きていると実感した。

 妻も娘も失った自分が生きているのは、全てこの為だったのだと思った。

「待ってろよ!ワトソン!!」

 それを考えれば、疼痛も冬の寒さも取るに足らない些細な問題だった。


「変えられない!?変えられないってどういう意味だよ!!?」

 夕食を終え、姉貴へと電話をしていた俺の声がひときわ大きく部屋に響いた。

 姉貴に参考までにした質問の回答があまりにも信じられなかったからだ。

「大きな声を出すな。変えられないというのは言葉通りだ。過去は変えられない」

「……ゴメン。変えられないって、タイムマシーンを使っても?」

 俺は科学者の姉貴に試しにタイムマシーンを使って過去改変は出来るかと尋ねた。

 しかし、姉貴はそれは出来ないと突っぱねてみせたのだ。

「タイムマシーンを使ってもだ。過去に行き、人を殺すなんて絶対に無理だ」

「絶対に無理って何でさ!?過去に行けるんだぜ!!?」

 俺にはどうして姉貴がそこまでハッキリと言い切れるのか、分からなかった。

 タイムマシーンを使えば、過去くらい変えられそうな気がするのだが?

「例えば、お前が過去に行って嫌いな奴の先祖を殺すとする」

「……うん」

 姉貴が例としてあげたのは、奇しくも今の俺の状況とほぼ同じだった。

 もうちょっと、別の例をあげてくれよ。

「そうすると、未来ではお前の嫌いな奴は生まれないことになるな?」

「……そうだね?だから……」

 だからタイムマシーンを使えば過去を変えられるのでは?と言いたかった。

 しかし、姉貴の言葉に俺は過去改変の矛盾を知ることになる。

「じゃあ、お前は何のために過去へ行ったんだ?」

「え?何のためって、嫌なヤツを消すためっしょ?」

 嫌なヤツを消すために過去へ行って、その先祖を殺したんだろ?

 姉貴は何を言っているんだろう?

「消したい嫌なヤツなんて、最初から居ないだろう?親が居ないのだから」

「え?あれ?」

 俺は嫌なヤツを消したいから、過去へ行きソイツの先祖を殺す。

 先祖が死んだから、俺の嫌いな奴は生まれなくなる。

 つまり、俺は最初からその嫌な奴と出会わない計算になる。

 最初から存在しない相手を、どうして殺そうと思えるのだろうか?

「分かったか?お前が過去を変えた時点で、お前が過去に行く理由が消えるんだ」

「え?え?過去に行く理由が消える?じゃあ、俺は過去に行かなくなる?」

 過去へ行く理由が消えたから、俺は過去へ行かない。

 その結果、過去は変わらないことになり俺は嫌な奴とで会う。

 そして、俺は過去へ行こうとする。


「過去を変えるために行ったのに、過去を変えると矛盾が生じてしまうんだ」

「これって、いわゆる『タイムパラドックス』ってヤツ?」

 タイムパラドックスとは過去へ行くことで、整合性がとれなくなってしまう現象だ。

 では、俺が過去へ行って過去を変えたらどうなるのだろうか?

「この矛盾を説明するために、色々な説がある。平行宇宙もその一つだ」

「平行宇宙って『パラレルワールド』のこと?」

 パラレルワールドとは『もし、こうだったらどうなるだろうか?』の世界のことだ。

 この場合はもし過去へ行き、人を殺したらどうなるだろうかの世界だ。

「そうだ。しかし、平行宇宙説には問題がある」

「どんな問題?この考え方で問題ないと思うけど?」

 俺が殺された未来と殺されなかった未来があるなら、それで矛盾はないはずだ。

 平行宇宙説が一番無理のない解釈に思えるのだが?

「その人物は確率的に存在するからだ」

「……は?確率的?何のこと?」

 確率的に存在するとは、何のことだろうか?

 俺はここに間違いなく居るし、それは否定できない事実だ。

「人間は細胞、もっと言えば分子や原子で出来ているな?」

「うん。細胞は分子で出来て、分子は原子で出来てるからね」

 いきなり化学の授業が始まってしまった。

 俺、モルとか原子核とか化学の話あんまり好きじゃないんだけどな。

「原子核の周りに電子が存在するが、実は電子は常に動き回ってるんだ」

「うん。原子核の周りをグルグル回ってるんでしょ?」

 そんなの学校の授業で習ったレベルだ。俺にだって分かる。

 しかし、それと確率的に存在するのと何の関係があるのだろうか?

「そう思うだろ?しかし、電子はすぐにどこかへ飛んでいってしまうんだ」

「は?飛んでいく?だって、原子核の周りには常に電子が回ってるって授業で……」

 俺は黒板に描かれた原子の構造を、一生懸命にノートに描いたのを覚えている。

 あれは嘘だったのだろうか?

「ほとんどの人はいつも同じ電子が原子核にくっついてると考えるが、そうじゃない」

「え!?じゃあ、どうなってんの!!?」

「常に電子がとっかえひっかえで原子核の周りを回ってるんだ」

「……ってことは俺は今、常に電子をとっかえひっかえして存在してる?」

 衝撃の事実に俺は驚きを隠せなかった。

 何と一秒前の俺でさえ、今の俺と違う存在なのだ。


「そうだ、電子と原子核の組み合わせは何通りもある。まさに無限な」

「……ってことは平行宇宙も無限にある?」

 電子と原子核の組み合わせが無限にあるなら、宇宙も無限にある。

 俺たちが電話で話している間も、無限に宇宙が生まれ続けている。

「平行宇宙説の説明ではそうなってしまう。しかし、残念だが何事も限界がある」

「無限なんてあり得ないってこと?」

 どんなものにでも、限界がある。無限のものなんて存在し得ない。

 それが選択肢であっても未来の可能性であってもだ。

「もし、仮に無限に宇宙が存在したらそれぞれが干渉し合うことになってしまう」

「……もしそうなったら、どうなるんだ?」

 無限に増え続ける宇宙、その最果てはどうなるのだろうか?

 何だか、恐ろしいことが起きそうな予感がしてきた。

「無限の宇宙が干渉し合った場合、宇宙の法則が乱れて崩壊する」

「宇宙が崩壊する?マジで?」

 姉貴の説明に、とても理解が追いつかなかった。

 たかが可能性が無限にあるだけで、俺たちは消えてしまうと言うのだ。

「……まぁ、あくまで仮説だがな。確認なんて出来ん」

「でも、宇宙がもし無限にあったらそうなるかも知れないってことっしょ?」

 宇宙が無限に存在しないとなったら、平行宇宙は存在しないことになる。

 そうなれば、今度はタイムパラドックスが説明できなくなる。

「平行宇宙が存在しないなら、タイムパラドックスはどうなるんだ?」

「それを説明する一番早い答えが『過去は変えられない』だ」

 姉貴が最初に言った『過去は変えられない』とはこう言う意味だったのか。

 平行宇宙が存在しないと仮定した場合、過去に干渉できないことになる。

 なぜなら、過去に干渉できてしまったら別の未来が生まれてしまうからだ。

 そして、別の未来とは平行宇宙のことだ。

「しかし、この説にも色々と問題がある」

「……今度は何?」

 どうやら、タイムトラベルとは俺が考えている以上に問題が山積みのようだ。

 過去が変えられないのに過去へやって来た解放軍を思うと、複雑な気分だった。

「それは『ラプラスの悪魔』を認めることになるんだ」

「……ラプラスの悪魔?それって魔族か何か?」

 魔族の中には悪魔と呼ばれる魔族が生息している。

 その中の一体だろうか?

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