第25話
「やったね、パパ!」
「……碧、本当なのか?アイツらが言ってたことは」
俺は駆け寄ってきた碧に意を決して尋ねた。
未来人達は碧たちが未来で人間を家畜のように扱っていると話していた。
「あ~~、え~~っと……」
「本当なんだな?」
碧は以前、俺に対して嘘は言っていないと断言している。
つまりこの子が言葉に詰まると言うことは、言いにくい真実を意味していた。
「まあ、嘘ではないかな?」
「……そうか」
俺は怒るでもなく、悲しむでもなく無感情にそう言った。
未来での人間は、吸血鬼たちの家畜になってしまっているらしい。
「でも、これにはちゃんと訳があって……」
「ちょっと待ってくれ」
俺は手でジェスチャーして、碧との会話を一時中断した。
人目につく場所でする話じゃないし、それよりも優先すべきことがある。
「話はアイツらを調べてからだ」
「アイツらって、あの死体を調べるの?」
俺が指さした先には、さっき俺たちが命を奪った男女がいた。
二人の遺体は青く燃え、いつものように骨も残らないように灰になろうとしていた。
「何が回収されてるのか、今度こそ確かめてやる」
「燃え尽きるまで時間があるね?」
俺と碧はガランとした公園に設置されたブランコに腰掛けた。
ブランコに乗るなんて、いつ以来だろうか?
「……」
「……」
俺も碧も、どうやって話を切り出したら良いか分からずに沈黙していた。
周囲は少しずつ暗くなり、青い炎が際立っていった。
「何か訳があるんだろ?」
「……うん」
このままでは話が進まないと思った俺は、思い切って話を切り出した。
俺はこの子が、人間を自分の利益の為だけに家畜化していると思いたくなかった。
「こうなって以上、全部話してくれないか?」
俺は碧に、ことのあらましを明かすように言った。
「パパに前、話したよね?未来では人間はドームの中に住んでるって」
「ああ、確か放射線から身を守るためだって……」
未来では核戦争のせいで地球の環境が汚染されてしまう。
そして、その中で人が生きていけるのは外界から遮断されたドームだけだ。
「そのドームの通称が『ファーム』なの」
「ドームがファームと呼ばれてる?じゃあ、ドームに住む人間は……」
ドームそのものがファームと呼ばれているなら、その中に生きる人間は?
牧場の中に生きる人間は、全て吸血鬼に管理されているのか?
「全員『家畜』ってことになるね。解放軍の主張では」
「どうしてそんな事をしなくちゃいけないんだ?」
ドームしか人が生きる場所がないなら、人は必然的に家畜になるしかない。
どうして吸血鬼は何十億もの人を家畜にするのか?
「ドームの中に収容できる人間に限りがあるからだよ」
「限りがある?」
限りがあるってどういうことだ?ドームってそんなに狭いのか?
何十億人も収容できるんじゃないのか?
「核戦争のせいで地上で人が住める場所は限られてしまったの」
「その為のドームなんだろ?」
ドームが放射線を完全に遮断できるから人間はその中に生きていける。
ドームさえあれば、全て問題は解決じゃないのか?
「でも、ドームの広さは無限じゃない。水も食料も綺麗な空気も限りがある」
「……そっか」
外の世界が汚染されている以上、水も空気も汚染されている。
人間に無害な水や空気を確保するのだって、きっと楽じゃないだろう。
「その限られた中で一人でも多くの人を生かすには、誰かが管理しなくちゃいけない」
「だからお前達がするのか?」
吸血鬼達は人間を家畜化、つまり完全に管理運営している。
そこにはきっと、一人一人の権利なんてほとんど無いだろう・
「人間の指導者に任せると、依怙贔屓を始めるからね」
「だから人間じゃないお前達がするのか?」
人間から指導者を選べば、きっと不公平や不平等が生まれる。
そうなれば貧富の差が生まれ、ドームの中で物資の奪い合いになってしまう。
「あたし達は人間から一歩退いた存在だからね」
電灯の光が、俺たちだけを照らしていた。
「……燃え尽きたね?」
「そうだな。調べるか」
碧にもう少し未来の事を訊きたかったが、今は未来人を調べる方が先決だ。
俺は地面に焦げ付きだけ残して消えてしまった未来人を調べることにした。
「全身くまなく調べるの?」
「いや、頭部だけだ。前の二人もそこに調べた跡があった」
俺は少尉の頭部が落ちていた場所を調べた。
金子は碧がかかと落として頭を潰したから、調べにくいと思ったのだ。
「何か見つかった?」
「すぐには見つからないよ。少し待ちなさい」
俺は碧に急かされながら、丹念に少尉の燃えかすを調べた。
世闇の中で真っ黒な燃えかすを調べるのは一苦労だが、これで連中の事が分かる。
「あれ?なんだこれ?」
「なに?何が見つかったの?」
俺は黒い燃えかすの中から、黒い箱状の物体を見つけることに成功した。
大きさは薬を入れるカプセルくらいで、ケーブルの類いは付いていなかった。
「これがヤツらの集めてた物か?」
「これ、何だろう?」
俺は持ってきたピンセットでその箱を拾い上げ、半透明の容器に入れた。
これを調べるのは退魔の専門家の俺より、科学の専門家の姉貴の方が適任だ。
「とりあえず、姉貴に送って調べて貰おう」
「おば……歩美さんもあれこれ調べさせられて大変だね?」
確かに碧の言うとおり、俺はこの数日間の間に姉貴にいくつも頼み事をした。
姉貴だって、自分の仕事や受け入れた森保の仲間の世話もあるだろうに。
「でも、仕方が無いっしょ?連中が魔族なら俺でも何とかなるけど……」
「連中もまさかパパのバックに、歩美さんが付いてるなんて思わないだろうしね」
未来人達は俺を旧姓の森保ではなく、ワトソンと呼ぶ。
つまり連中は、俺が元々は森保の跡取り息子だと知らない可能性がある。
「金子の方は……調べるのは難しそうだな」
「頭が派手に潰れちゃってるからね?」
金子の頭は、碧の脚で四方八方に飛散してしまった。
これを調べるのは、なかなか骨が折れる作業になるだろう。
欲しいものは手に入ったし、いつまでも長居するのもリスクがある。
俺たちは金子を調べるのを断念し、ボロアパートに帰ることにした。
「調べなくて良かったの?」
「調べる手間と得られる情報を考えた場合、放置した方が良い」
俺たちは夜道を歩きながら、このあとの事を考えていた。
死体を調べるよりも、しなくてはいけない事があるのだ。
「それに、あそこにいつまでも居るとヤバイ気がする」
「ヤバイ気がする?何かが起きるって事?」
碧はそう尋ねてきたが、俺にはハッキリと説明できる自信が無かった。
理由を求められても、あくまでそんな気がするだけだからだ。
「悪いが上手く説明できない。それよりも碧、お前に訊く事がある」
「……やっぱり、詳しく知りたい?」
碧は未来のことについて、あまり詳しく説明したくない様子だった。
しかし、俺にはそれをどうしても知らなくてはいけなかった。
「ああ、どうしても知りたいんだ」
「……あんまり教えたくないんだけどなぁ……」
碧が後ろに居るから、表情を見る事は俺には出来ないが彼女がどんな顔か分かる。
今の碧は、きっとうなだれて眉を寄せているだろう。
「こうなっちゃった以上、そういう訳には行かないっしょ?」
「……はぁ」
碧には悪いが、俺だってもう何も知らなかったでは済まない状況になっている。
俺の選択が人類をもし不幸にするのならば、その咎を背負わなくてはいけない。
「別にお前を責めようって訳じゃないんだ。ただ、真実を知りたいんだ」
「真実を知ったせいでパパの行動が変わったら?」
碧は俺が未来を知ったせいで俺が未来を変えないかと心配している。
未来から来たこの子にとって、未来が変わるとはそれだけ恐ろしいことなのだ。
「約束は出来ない。でも、お前を裏切るようなまねはしたくない」
「……はぁ」
碧は深く二回目のため息を吐いた。
本当は何も知られないまま事態を収拾したかったのだろう。
「俺を信じちゃくれないか?」
「信じてはいるよ?信じてはいるんだけど……」
碧はそれっきり、部屋に帰り着くまで黙り込んでしまった。
いつもせわしなくしゃべり続けている碧が黙ると、まるで火が消えたようだった。
きっとどう説明するべきかを一生懸命考えているのだろう。
俺も彼女を困らせたいわけではないが、ハッキリさせなくては先に進めない。
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