第24話

「……へぇ、ソイツがあんたの獣化した姿か?」

「グルァァァアアア!!!」

 俺の目の前で、金子は全身黒い毛で覆われた熊へと姿を変えた。

 ライオンにオオカミと来て、次は熊かよ。だったら、後ろの男は何に変身するんだ?

「ワトソォォォオオオン!!!」

「言っとくけど、今の俺は森保だからな?」

 未来人はどいつもこいつも揃って俺の事をワトソンと呼ぶ。

 しかし、今はまだ俺はワトソンではなく森保なのだ。

「ウォォォオオオ!!!ワトソォォォオオオン!!!」

「……まあ、そんな事はあんたらには関係ないか」

 大熊となった金子は俺に突進してきた。流石にあんなのとはまともに戦えない。

 俺は眼力を発動させ、金子の遠近感覚を失わせた。

「グォォォオオオ!!!」

「なっ!?馬鹿な!今のヤツには俺の正確な位置が分からないはず……」

 遠近感覚を失ったはずなのに、大熊は正確に俺を攻撃してくる。

 一瞬でも回避するのが遅れていたら、俺は金子の爪で頭を引き裂かれていた。

「当然でしょう?熊は人間よりも遙かに聴覚も嗅覚も鋭いのです」

「わざわざ解説どうも!!」

 碧と少尉殿はまだ戦闘中だ。碧の援護は受けられそうにない。

 俺の刀には、金子の血がついている。その臭いで位置がバレているのだ。

「オンキリキリジャクバンウンハッタソワカ!!」

「っ!?」

 俺は祝詞を唱え、呪符を一枚金子に投げつけた。

 呪符からロープが飛びだし、まるで意思があるかのように金子に巻き付いた。

 これは相手を捕縛するための呪符なのだ。

「これでどうだ!?」

「グゥゥゥワァァァアアア!!!」

 大熊は激しく暴れ、縄を切ろうとしている。

 だがあの縄は対魔族用に作られた物だから、簡単には切れない。

「……悪いけど、俺も殺される訳にはいかないんだ」

 俺は反魔刀で熊に変身した金子の首をはねようとした。

「パパ!危ない!!」

「え?うわっ!!?」

 しかし、俺は突如として現れた虎に弾き飛ばされてしまった。


「大丈夫!?パパ!!?」

「ああ、擦っただけだ」

 娘にはそう強がりを言ったが、擦った俺の左腕からは赤い血が流れていた。

 もし当たり所が悪かったら、片腕を失うところだった。

「ウォワァァァアアア!!!」

「少尉!!」

 俺を跳ね飛ばした虎は、大熊を縛っている縄に食らいついていた。

 どうやらあの虎は、さっきまで碧と戦っていた男が変身した姿のようだ。

「……前門の熊、後門の虎かよ」

「でも、その虎が熊を助けに行っちゃったけどね?」

 碧の言うとおり、少尉殿が金子を助けに入ったせいで出入り口はがら空きだった。

 少尉は任務よりも、上官を助けることを選んだと言うわけだ。

「少尉、助けてくれたことは礼を言います。しかし、貴男は判断を誤った」

「申し訳ありません。しかし、どうしても中尉を見捨てておけなくて……」

 熊に叱られて虎がへこんでいる。何だか妙な光景だ。しかも日本語で。

 俺はそんな少尉殿を見ていて、何となくあることに気が付いた。

「そのお兄さん、ひょとしたら貴女のことが好きなんじゃないの?」

「なっ!?」

 俺も同じことを考えていたが、碧に先に言われてしまった。

 碧に指摘されて、大きな虎が動揺している。

「何を言う!?私は中尉を尊敬しているだけだ!!個人的な感情など……」

「あなたさっき戦ってる時、おねえさんのことチラチラ見てたでしょ?」

 確かに碧の言うとおり、少尉殿は金子をずっと見ていた。

 その証拠に少尉殿は、口うるさくアドバイスを金子にしていた。

「敬愛する上官を心配するのは、部下として当然のことだ!」

「嘘吐け!絶対におねえさんのことが好きなんだ!!」

 碧、あんまり少尉殿をからかうのはやめてやれ。

 俺が見る限りでは、少尉殿はまだ二十歳になっていない。まだ初心なのだろう。

「言わせておけば……!!!」

「少尉、良いのです。私も薄々気付いていましたから」

 牙を剥き出しにしてこちらを睨む少尉を金子がなだめている。

 しかし、二人とも猛獣に変身しているせいでちっともラブコメに見えない。

 何だろうこの絵面。どこに需要があるのだろうか?

 もうちょっと人間部分を残していれば、違和感も緩和されたのだが。


「……中尉!?いつから!!?」

「ごめんなさい。そのお話は後にしましょう。きっと返事をしますから」

 金子は少尉から視線を俺たちに戻した。どうやらお話は終わりらしい。

 まあ、こっちも長々と話し込まれるとどうするべきか迷うからな。

「今は目の前の任務に集中して下さい、少尉!」

「分かりました!!」

 熊と虎が並んで牙をむき、俺たちを睨んでいる。猛獣に睨まれるのは、やはり怖い。

 だが、こっちだって背負う物はある。負けるわけには行かない。

「ねえ、パパ?何かあっちが主人公みたいになってない?」

「メタ発言禁止!集中しなさい!!」

 俺と碧も並んで二人の改造人間と対峙した。

 しかし眼力が無効化されたとなれば、正面から戦うのは得策ではない。

「少尉!相手に考える暇を与えてはいけません!!一気に叩くのです!!!」

「了解!!」

 二人の未来人は俺が策を練っているのに気付いたらしく、突撃してきた。

 獣化した改造人間と正面切って戦えるのは碧だけだ。

「パパ!さっきのロープで二人を!!」

「無理だ!祝詞を唱える時間が無い!!」

 呪符から綱を出すには、どうしても祝詞が必要になる。

 姉貴が短縮する方法を研究しているが、まだ実用段階ではない。

「ワトソォォォオオオン!!!」

「ゴァァァアアア!!!」

 金子達は止まらずに俺たちに突っ込んでくる。

 何か良い方法は無いのか?何か!

「……あっ!あれは……」

「パパ、どうしたの!?」

 悩む俺の視界にある物が入った。

 あれを使えば、ひょっとしたら上手くいくかも知れない。

「碧!俺をあそこに投げろ!!」

「え!?父親を投げる!!?」

 俺のいきなりの指示に碧はかなり戸惑っていた。

 まあ父親を投げるだなんて、良識のあるヤツだったら迷うだろう。

「良いから投げるんだ!!」

「パパ!ごめんなさい!!」


 碧は俺を俺が指定した場所、つまりゴミ置き場に投げた。

 今日はゴミの回収日で、ビニール袋がいくつも積まれていた。

「少尉!追って下さい!!」

「逃がすか!どこに逃げようと臭いで追ってみせる!!」

 熊に指示された虎はゴミ置き場に着地した俺を追って、方向を変えた。

 凄まじいスピードで迫る虎がこっちに来るまで時間が無い。

「早く!早く『アレ』を見つけないと!!」

「パパ!危ない!!」

 碧の声で振り向くと、もう目前に虎男が迫っていた。

 しかしちょうど今、こっちも欲しいものが見つかったところだ。

「死ね!ワトソン!!」

「誰が死ぬか!コイツでも食らえ!!」

 俺は虎男の顔面にゴミ置き場で見つけたトイレ用の消臭剤の中身を投げつけた。

 ついこの間、ネットで噂になったばかりだからきっとあると思っていた。

「うぎゃぁぁぁあああ!?は、鼻が!!?」

「少尉!?」

「どうだ?効くだろう?」

 虎男は鼻を押さえてもんどり打った。

 消臭剤の強烈な臭いで鼻が馬鹿になってしまったのだ。

「な……何だ!?それは!!?」

「消臭剤だよ!臭いが強すぎてトイレ中がメンソール臭くなるって噂のな!!」

 この消臭剤を買ったほとんど人が強すぎる臭いのせいで使用を断念した。

 そして今日はゴミの日だ。きっとここに捨ててあると思ったんだ。

「ぐおぉぉぉおおお!?鼻が!!?鼻が!!!?」

「少尉!!?」

 目ではなく臭いで俺を追う少尉にとって、この臭いはたいそう効いただろう。

 目も鼻も使えないとなっては、もうまともに戦うことなど出来ない。

「よそ見禁止!!」

「……しま……っ!?」

 少尉に一瞬気をとられたのが金子の運の尽きだった。

 碧の強烈なかかと落としを受け、金子の頭部が真っ赤に炸裂した。

「中尉!!!?」

「……悪いな」

 俺の反魔刀により、少尉殿の頭部と胴体が永遠に離れた。

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