第23話
「あなたはどうやらその吸血鬼から何も聞かされてないようですね?」
「……いつから気付いてた?」
コイツら、俺の後ろにいる碧に気付いてる。でも、どうしてバレた?
目に見えないはずの碧にどうして気付けるんだ?
「今から三十年ほど未来では人類のほとんどが『ファーム』と言う施設に住んでます」
「ファーム?牧場?」
碧は俺に世界が汚染されたせいで、人間はドーム型の施設に住んでいると言った。
そのドームの事を『ファーム』だなんて名前で呼んでいるのか?
「はい。簡単に言ってしまえば『人間牧場』です」
「……人間……牧場……?」
人間牧場だなんて、冗談だとしたら悪趣味この上ない。
だが、もし本当のことだったらどうする?人間が家畜同然に扱われる未来?
「ファームの中では人間は吸血鬼に日々を……いいえ、人生を管理されます」
「管理されるってどれくらい?」
碧は俺に人間が生き残るにはドームが必要不可欠だと教えた。
そして、その中で人間は安定した生活をしていると。
「食事も睡眠も衣服もです。彼女たちが決めた物しか手に入りません」
「……何のためにそんな事をするんだ?」
俺には碧たちが意味も無くそんな事をしているとは思えなかった。
この子は少し変わってるが、残忍な子だとは思えなかった。
「安定して血液を手に入れるためです。吸血鬼は人間の血を好みますから」
「……確かに俺が知る吸血鬼も人間の血を好んで飲むよ」
貴族と遭った事は無いが、俺も吸血鬼と戦ったことは何度かある。
彼女たちは他の動物の血より人間の血、特に健康な人間の血を好む。
「その為、彼女たちは健康面に問題がある人間を殺します」
「インフルエンザにかかった鶏を殺すようなものか」
人間が家畜である以上、無用な個体は処分されてしまう。
つまり、吸血鬼達に人間は生き死にさえ管理されてしまったのだ。
「そんなのおかしいとは思いませんか!?人間は自由に生きて良いはずです」
「確かに俺も誰でも自由に生きる権利があって良いと思うよ」
俺だって、吸血鬼に日々を管理されて生きるのは嫌だ。
自分の行きたい場所へ行き、欲しい物を手に入れて、なりたいものになる。
「でも、それと俺が何の関係がある?」
俺にはどうしても明らかにしなくてはいけない疑問があった。
「それはショウタロウさん、あなたが吸血鬼に加担するからです」
「俺一人が手を貸したくらいで何が変わる?」
俺は自分が何故命を狙われるか、本当は知っている。
しかし、それをどうしても目の前の金子から聞きたかった。
「それはあなたの能力が、吸血鬼達に受け継がれてしまうからです」
「俺の能力が吸血鬼を強くしたって言いたいのか?」
碧は森保家の血をひく吸血鬼だ。だから『眼力』が使える。
眼力は森保の遺伝性の特殊な能力だからだ。
「はい、強力な吸血鬼の貴族の前に私たちは敗北しました」
「だから大本である俺を殺そうと?」
俺が死ねば、碧たちは生まれてこない。
つまり、眼力を受け継いだ吸血鬼が生まれてこないという事だ。
「はい、そう言う事なんです。しかし、私はあなたを殺したくありません」
「それはどうして?先の二人は俺を殺そうとしたぞ?」
二度も殺そうとしておいて、今更殺したくないなんてどの口で言ってる?
それとも、二度も失敗したから方針を変えたのか?
「あなたにだって自由に生きる権利はあると思ったからです」
「……なるほど、筋は通ってるな」
この金子と言う女性は、先に二人より人道主義者のようだ。
ある意味、甘いとも言えるがそのおかげで分かった事もある。
「なのでショウタロウさん、これから出会う吸血鬼と一緒にならないで下さい」
「そうすれば俺の命は見逃してくれる?」
人類解放軍が敗北したのは、眼力を持つ吸血鬼のせいだ。
だから、俺が吸血鬼と結婚しなければ未来は変わる筈なのだ。
「はい。あなたの行動が確認され次第、私たちはこの一件から手を引きます」
「……」
碧がぽつりとパパと言ったように聞こえた。
もし断れば、金子と後ろの男が俺を殺そうとするだろう。
挟み撃ちに出来る以上、形勢はあっちに部があるように見える。
「おかしな考えは起こさないで下さい。私たち二人に勝てるとでも?」
「僕たち二人をその吸血鬼一人で止めるなんて、流石に不可能です」
状況的に考えれば、俺にはもう選択肢なんてあってないようなものだった。
ゴメン親父。俺は自分のやりたい事なんて、まだ全然分かってない。
でも自分がやりたくない事、やっちゃいけない事くらいは分かってるつもりだ。
「……残念だが、提案には乗れない」
「何故ですか!?理由を聞かせて下さい!!?」
金子は俺が要求を飲むと思っていたのだろう。すごいうろたえようだ。
対して、後ろの男が急に殺気立つのが肌で感じられた。
「あんた達の言ってる事は、多分本当だろう」
「そうです!吸血鬼は人間の敵です!!なのにどうして!!?」
冷静に考えれば、金子の要求を飲むべきかも知れない。
でも、俺にだって自分がその選択をすればどうなるかくらい分かってる。
「俺は、自分の娘を裏切るような父親にはなりたくないからだ」
「……そう言うことですか」
俺が吸血鬼との縁談を蹴れば、碧は生まれてこないことになる。
碧は俺のために一人で過去に来てくれた。帰れないかも知れないのに。
「親が子供を我が身かわいさに見捨てるなんて、俺には出来ない!」
「……残念です。本当に……」
そう金子が言った瞬間、彼女から殺気が堰を切ったようにあふれてきた。
やっぱり人類解放軍のヤツらは、どこかに狂人めいたところがあるようだ。
「碧!後ろの男を頼むぞ!!?」
「パパはどうするの!?まさか戦う気じゃ!!?」
碧は俺の心配をしたが、そんな事を考えている余裕はなさそうだ。
そして考えたとしても、選択肢なんて最初から無かったのかも知れない。
「……少尉、貴族は任せましたよ?大丈夫です。すぐにカタを付けますから」
「中尉、相手はワトソンです。油断しないで」
金子は一瞬の間に俺との距離を詰めてきた。
一見すると華奢な女性に見えるが、やはり改造人間なのだろう。
「……フッ!!」
金子の風を切るような手刀が、俺の顔面めがけて繰り出された。
とても常人とは思えない身体能力の高さだ。
「パパ!?」
「貴女が気にするべきはそっちでは無いでしょう?」
俺からは見えないが、碧と長身の男の戦闘も始まったようだ。
いつもみたいな碧からの支援は期待できそうに無い。自分の力で何とかしなくては。
「死ね!ワトソン!!」
「誰がこんなところで死ぬか!!?」
金子達は碧ばかり気にしているが、俺にだって切り札くらいある。
「なっ!?」
俺に迫っていた金子が弾かれたように飛び退いた。
金子の額には、浅いが一筋の太刀傷がつき血がにじんでいた。
「流石に低級な魔族とは勝手が違うか」
「……こういう事態になる事を読んでいたのですね?」
俺の右手には、うっすらと金子の血がついた愛用の反魔刀が握られていた。
人間相手にこれを使う羽目になるなんて、思ってもいなかった。
「中尉!大丈夫ですか!?」
「よそ見禁止!!」
俺の後ろでは少尉と碧が戦いの真っ最中だった。
碧も少尉も、とても俺や金子に加勢できる様子ではない。
「少尉は貴族に集中して下さい!私は大丈夫です!!」
「余裕だな?今のは不意打ちだから問題ないって?」
金子達が警戒しているのは、俺ではなく明らかに碧の方だ。
ここまでコケにされると、流石にちょっとムカつくな。
「貴族に比べれば貴男なんて、ちょっと腕に自信のある一般人です」
「……じゃあ、コイツはどうかな!?」
俺は反魔刀で金子の顔面めがけて、突きを繰り出した。
普通だったら、こんな直線的な攻撃はもっての外なのだが俺のはちょっと違う。
「中尉!危ない!!」
「っ!?」
金子は俺の攻撃をすれすれで避けた。いや、正確には少し擦っていた。
金子の左の頬には切り傷が残り、耳は少し切れてしまった。
「今のは『遠近感覚を失わせる眼力』ですね?」
「まさか一発で見破られるとはな……」
俺の眼力は相手の遠近感覚を失わせる能力だ。
地味な能力だが、攻撃にも防御にも使える便利な能力だ。
「中尉『獣化』して下さい!その姿では不利です!!」
「おしゃべり禁止!!」
少尉は碧の攻撃をかわしながら俺たちの戦いの状況をうかがっていた。
どうやら、あくまで金子が俺を殺すまでの時間稼ぎに徹するつもりらしい。
「へぇ、あんたらはアレを『獣化(じゅうか)』って呼んでるのか?」
「……この姿になるのは出来れば避けたかったのですが……」
そう言った途端、金子の身体から黒い毛が湧き上がってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます