第22話

「碧の知ってる親父……おじいちゃんってどんな人?」

「ん?おじいちゃん?」

 俺は何となく気になって、未来の親父の様子について尋ねてみた。

 この程度なら、俺が知ろうと知らなかろうと未来には影響は無いだろう。

「おじいちゃんは、あたしが子供の頃からかわいがってくれたよ?」

「稽古とか付けられた事は?」

 俺の子供の頃の親父との思い出と言えば、道場での稽古だろうか?

 毎朝、冷たい板張り上で裸足で親父に稽古を付けられていた。

「そんなの一回も無かったよ?パパっておじいちゃんに稽古付けられてたの?」

「うん、ほぼ毎日。おじいちゃんはお前をどんな風にかわいがってくれたんだ?」

 俺は碧が何年後に生まれるのか知らないが、親父は今とは雰囲気が違うようだ。

 孫というのは、やっぱりそれだけ可愛いものなのだろうか?

「おじいちゃんはあたしと『ライダーごっこ』とかしてくれたよ」

「マジか!?あの親父がライダーごっこするのか!!?」

 ライダーごっことは、簡単に言えばヒーローごっこ遊びの事だ。

 日曜日に放送されているライダーになりきって遊ぶのだ。

「うん、このベルトもおじいちゃんがあたしの為に作ってくれたの」

「あ、それ親父の手作りだったの!?」

 孫娘のために丹精込めて変身ベルトを作る未来の親父。

 今の親父からは、とても想像できない親父の姿がそこにはあった。

「ただあたしが段々力が強くなり過ぎちゃって、ママから止められたの」

「そりゃそうだろうな。子供は加減しないからな」

 いくら子供でも、相手は吸血鬼の貴族だ。下手したら大けがする。

 ただ、止めたのが息子の俺じゃ無くて妻なのがなんとも言えなかった。

 おそらく俺も止めはしたんだろうけど、この子が聞かなかったのだろう。

「考えてみたら、おじいちゃんには色々と無茶を言ったなぁ……」

「頼むから少しは手加減してやれ」

 父親としてこの子が生まれたら、ちゃんと加減を覚えさせよう。

 じゃないと、子供を叱る事も出来ないダメな父親になってしまう。

「あ!五時だね」

「あ、もうこんな時間だ」

 五時を知らせる『遠き山に日は落ちて』がビルに反射してここまで聞こえてきた。

 姉貴に送る荷物がまだ手元にあるから、郵便局まで行かなくては。

 俺はチェストバッグに財布と荷物を丁寧に入れると、立ち上がった。


「あ!あたしも行くよ」

「二十分もかからないから、別に大丈夫だとは思うけど?」

 俺が出掛けようとしているのを見て、碧が慌てて立ち上がった。

 この子は、一応俺の護衛として来ているから片時も離れたくないのだろう。

「パパじゃ改造人間は倒せないでしょ!?ちょっと、待ってよ!!」

「ちゃんと待ってるよ」

 俺は碧との共同生活自体は全然苦じゃ無い。

 ただ、命を狙われている関係で自由に動き回れないのはこたえた。

「もう、思い出したように急に外に出るんだもん!」

「ゴメン。本当に思いだしたんだから仕方ないだろ?」

 こうして俺は碧と一緒に、近所の郵便局へと向かって歩き出した。

 あんまりボヤボヤしてると、帰宅ラッシュに巻き込まれてしまう。

「どこに行くの?」

「郵便局だよ。姉貴に送る荷物があるんだ」

 碧はいつものように、俺の後ろをピッタリと着いてくる。

 真後ろにピッタリと張り付かれるのも、だんだん慣れてきた。

「歩美さんに?何?お金?」

「あいにくだが、俺は姉貴から金なんか借りてない」

 碧と出会う前の俺には三百万円の借金があったが、今では完済した。

 最初は碧が稼いできたお金に手を出すなんてイヤだったが他に選択肢は無かった。

 ただ、いずれちゃんとこの借りは碧に返すつもりでいる。

「じゃあ、何?歩美さんでしょ?何か調べて貰うの?」

「妙に勘が鋭いな。まあ、未来人の事とか色々だな」

 チェストバッグの中には、いくつかの検体が入っていた。

 その中には、昼間に碧から採取した口内粘膜も入っている。

「色々じゃ分からないよ。何?教えて」

「ダーメ!色々って言ったら色々なの!!」

 俺は初めて会った時から、碧に妹のような妙な親近感を覚えていた。

 そして、本人も俺の実娘だと認めた。

 しかし、あくまでそれは状況証拠に他ならぬ物で物的証拠は何も無い。

 だがこの検体を調べて貰えば、俺も姉貴も碧を認めざるを得ない。

「むむむ~~!ケチ!!」

「お前だって俺に教えられない事の一つや二つ、あるっしょ?」

 郵便局に着くまで、碧は不満げに後ろから俺の尻を蹴り上げてきた。


「これ、速達郵便でお願いします」

 俺は郵便局の窓口で、検体の入ったゴロゴロコミックくらいの箱を差し出した。

 これが姉貴に送りたかったサンプルで、碧のサンプルも入っている。

「かしこまりました」

 窓口の係員の人は箱の大きさや重さを量ると、シールを郵便に張った。

 俺が料金を支払うと、控えを渡された。これで一安心だ。

「さて、家に帰るとするか」

「……」

 俺はわざとらしく、次の行動を宣言した。後ろの碧に教えるためだ。

 家までは十分足らずで着ける。俺は晩飯の献立を考えながら建物の外に出た。

「ショウタロウ・ワトソンさんですね?」

「……どちら様?」

 しかし、俺たちは外で待っていた若い女性に捕まってしまった。

 俺をワトソンと呼ぶ優しそうな印象を与える女性。間違いなく未来人だ。

「これは失礼しました。私、金子と言う者です」

「金子さん。僕に何かご用ですか?」

 俺も碧も警戒はしていたが、手は出さなかった。と言うより、出せなかった。

 なぜなら郵便局からは絶えず人が出入りし、俺たちの脇を通るからだ。

 こんなところで戦闘なんて、出来るわけが無い。

「そう警戒なさらないで下さい。私は何も争いに来たのではありません」

「二度も命を狙っておいて?」

 俺は嫌みを込めて女性にそう言ってやった。

 人を二度も暗殺しようとしておいて、今更争う気が無いなんて白々しい。

「こんなところで立ち話も何ですし、場所を移しませんか?」

「……良いですよ?僕もこんなところではやりにくいですし」

 後ろにいる碧に、歩き出すタイミングをさりげなく合図した。

 足音で相手に、こちらが二人だとバレたら不利だと思ったからだ。

「あちらの駐車場に行きましょう」

「……さりげなく人気の無い場所へ誘導するんですね?」

 俺は不意打ちを警戒して、金子と名乗る女性の後ろを歩いた。

 未来人なら、この金子も何かに変身するのだろうか?

「私たちはあまり人目に触れない方が良いのです」

「どうしてですか?僕に何の用があるんですか?」

 俺はあえて、相手について何も知らない風を装うことにした。


「私たちは、本来ならこの次代に存在しない人間だからです」

「存在しない?僕が見ているのは幻覚か何かってことですか?」

 この金子と言う人は、間違いなく未来人だろう。

 しかし、俺は何も知らない分からないふりを続けた。

「……私たちは、未来からやって来ました」

「未来?つまり、あなたたちはタイムトラベラーと言う事ですか?」

 俺が睨んだとおり、この金子は未来人だった。

 しかし、妙にあっさりと自分が未来人だとバラしたな。

「私たちは人類を救うためにこの次代へやって来ました」

「人類を救う事と、僕を狙う事と何の関係があるんですか?」

 俺は思い切って、金子に核心を突く質問をしてみた。

 碧も核心部分については、俺に話してはくれない。

「それは貴男の子供達が人類に圧政を強いるからです」

「っ!?」

 俺は自分の後方に立つ男の存在に気が付かなかった。

 この男、他の未来人とは違い気配や殺気の消し方を心得ている。

 俺は人気の無い公園の中央で、金子と男に挟まれてしまった。

「そう警戒なさらないで下さい。中尉が言ったようにこちらに争う気はありません」

「……あんたらは軍人なのか?」

 男は金子を中尉と呼んだ。中尉とは通常、軍人に与えられる階級の一つだ。

 で、あればこの金子や男は未来から来た軍人と言うことになる。

「はい、僕たちは『人類解放軍』と言う吸血鬼から人類を救う為に戦う軍隊です」

「吸血鬼から人類を救う?それと俺に何の関係が?」

 俺は碧、つまり自分の娘が吸血鬼なのを知っている。

 だが、碧は俺に未来について詳しい事を説明したりしない。

「少尉、その話は私からします。ワトソンさん、今からお話しするのは全て本当です」

「何?機械の反乱でも起きるんですかね?」

 俺は軽口を叩いたが、内心では余裕なんてものは無かった。

 吸血鬼が圧政を敷いている聞いて、俺にはイヤな予感がしていたからだ。

「今から数年後、人類は吸血鬼達の襲撃を受け彼女たちの家畜となってしまいます」

「……人間が、吸血鬼の家畜?何があったんだ?」

 以前、碧は俺に対して自分の未来での職業を教えてくれた。

 彼女はその時『牧場主をしている』と俺に間違いなく言った。

 そして、金子は人類が吸血鬼の家畜になったと言っている。それってまさか……

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