第21話

「……」

「そんな目で人を見るな!あんなのを何で羨ましがるんだよ!?」

 家に着いてからも、碧は管狐をくれないと人を恨めしそうにじっと見ている。

 お前は別にあんなの無くっても、全然困らないっしょ?

「……」

「俺、ちょっと電話するから静かにしてろよ?」

 俺は碧に背を向けると、入院中の親父に電話する事にした。

 後ろから刺すような視線が送られるが、今はそんな事に構ってる暇は無い。

「何を話そうかな?」

 電話の呼び出し音を聞きながら、俺は親父と話す話題を考えていた。

 正直、傷の具合とか命に別状は無いとか聞けたらもうそれだけで良い。

 しかし電話する以上、何かそれ以外の話題になる事だって考慮するべきだろう。

「……もしもし?森保ですが?」

「あ!親父!?俺、祥太郎だけど?」

 親父が想像以上に早く出たから、もう少しゆっくり電話に出ろよと言いたかった。

 まだ、頭の中で考えがまとまっていなかったからだ。

「祥太郎か、どうした?」

「どうしたじゃないっしょ!?親父が入院したって言うから電話したんっしょ!!?」

 電話の向こうの親父は驚くくらいに平静で、入院しているとはとても思えなかった。

 むしろ、こっちの方が冷静さを失っているくらいだった。

「入院したと言っても、脚の骨を折っただけだ。二ヶ月もすれば退院できる」

「それでも心配するのが家族ってもんっしょ!?」

 親父の声を聞いて俺は安心したような、肩すかしを食らったような気分だった。

 これでもこっちは、少しは心配してたんだからな!?

「私の事は心配要らん。今、問題なのはお前の方だろうが」

「みら……襲撃者の事?」

 親父や姉貴には、俺を狙っているのが未来人だとは伝えていない。

 説明しても信じてはくれないと思うし、上手く説明できる自信も無いからだ。

「連中がなぜお前を狙っているのか、お前心当たりは無いのか?」

「ハッキリとは分からないんだけど、俺が生きていると面白くない連中らしい」

 まさか俺の子供達が原因で命を狙われてるだなんて、誰が説明できよう?

 そんな突拍子も無い話したら、心を病んでいると思われるのがオチだ。

「歩美から聞いたぞ。何でも、相手は魔族ではないらしいな?」

 姉貴、余計な事を親父に教えないでくれ。まさか、碧の事も言ってないだろうな?


「魔族ならまだ分かるが、人間に狙われるとはどう言う事だ?」

「う~~ん、それはこっちでも一応調べてるんだ」

 その事情を知ってるヤツが、後ろから恨めしそうに俺を睨んではいるが。

 碧が全てを話してくれれば、事情を飲み込めるのだが。

「確かに私の事を快く思わない輩は少なくない。その報復かもしれん」

「親父はあんまり関係無いと思うけど?だって狙いは親父じゃないんっしょ?」

 親父は名門、森保の長としてある程度は政財界にも顔が利く。

 そんな親父をやっかむ連中は、多いと聞く。

「歩美が家督を継げない以上、次代の家長はお前だ。お前が死ねば森保は終わりだ」

「……俺は森保を継ぐような器じゃ無いよ」

 親父には悪いが、森保の家督を継ぐのは俺では無く姉貴だ。

 俺はワトソン家という吸血鬼の貴族に、婿入りする事になるらしい。

「勘違いするな。失敗もせずに最初から立派にこなせるとは私も思っていない」

「親父も失敗はあったのか?」

 俺は親父の背中を見て成長してきたが、失敗してるところなんて見た事が無い。

 記憶の中の親父は、いつも堂々としていて立派な巨木のような人物だった。

「当たり前だ。若い頃の私はとりあえず、動いて何とかしようとする男だった」

「どちらかと言えば現場向きだったって事?」

 当主として家を治める以上、現場に出る事なんて滅多にない。

 屋根の下で、書類仕事を日々こなす事の方が圧倒的に多いだろう。

「母さんにも色々と迷惑をかけた。こんな私に着いてきてくれて本当に感謝している」

「おふくろって確か、外の人なんだっけ?」

 俺の母親、つまり親父の妻は森保の関係者では無い。

 と言うより、そもそも退魔師と全く関係ない一般人だった。

「そんな私だから、問題を起こす事も多かった。当主としての才覚を疑われた」

「……まあ、何をしても文句を言う人はいるからね」

 親父には最初、退魔の名門の娘があてがわれる予定だった。

 しかし、親父はその縁談を蹴ってまでおふくろと一緒になる事を選んだのだ。

 そのせいで森保は、その名門の家から睨まれる事となってしまった。

「特に、歩美が眼力を受け継いでいないと分かった時はそら見たことかと責められた」

「……だから俺の時にあんなに喜んでたのか」

 姉貴が眼力を受け継いでいないと診断された時、おふくろは役立たずと言われた。

 姉貴自身も出来損ないと後ろ指を指され、親父はその責任を問われた。

 そんな時、俺が眼力を発現したのだ。その喜びは大きかっただろう。


「でも、ならどうして俺が国家退魔師を辞めたいって言った時に止めなかったんだ?」

 俺は親父やおふくろをはじめとした、森保の期待を背負っていた。

 だったら、当主として俺を国の要職にとどめるのは当然では無いだろうか?

「確かにお前が国家退魔師として出世すれば、森保は安泰だ」

「そうだろ?なのに、どうして?」

 俺は自分の姉貴への対抗心から、勝手な道を選んでしまった。

 それはたくさんの人の期待を裏切る行為だと、分かっていた筈なのに。

「それは私たち夫婦が、お前にもチャンスを与えるべきだと思ったからだ」

「チャンス?」

 親父は何の事を言っているのだろうか?今、親父は『お前にも』と言った。

 つまり、俺以外にもチャンスとやらを与えられた人がいると言う事だ。

「歩美に眼力が無いと分かった時、私たち夫婦はあの子について相談した」

「姉貴について?」

 姉貴は眼力が無いと判断されてから、退魔師の道を諦めた。

 そしてその悔しさをバネに、今は世界的に有名な科学者とのし上がって見せた。

「眼力が無い事を一番気にしていたのは、私たち夫婦ではなく歩美本人だったからだ」

「……ああ、なるほど」

 そこまで言われて、俺は親父達が何について相談したのか良く分かった。

 親父達は姉貴に『退魔師じゃなくても、輝ける場所はある』と教えたかったのだ。

「私たちは歩美に、自分が夢中になれるものを探すチャンスを与えた」

「その結果、姉貴は今みたいになれたって訳か」

 かつて姉貴を出来損ないだと笑った連中は、今は姉貴が開発した道具を使っている。

 姉貴は科学と退魔術を融合させた、新しい退魔道具を開発したからだ。

「しかし、私たちはお前にはレールの上を行かせようとした」

「……それは、仕方が無いんじゃないかな?」

 家督を継げるのが俺しかいない以上、全ての期待が俺に向けられるのは当然だ。

 それは森保を守る上で、仕方が無い選択な筈だ。

「私自身は縁談を押し切って母さんを選び、歩美には好きな事をさせている」

「だから、俺にも何か自由に選ばせてやろうって?」

「そう、歩美に言われた」

「え?姉貴が?」

 俺が今、好き勝手しているのは姉貴が背中を押してくれたからだった。

 でも、普段俺と話をする時はそんな感じじゃ無いんだけどな?

 俺はフラフラと遊び歩く落伍者だと、そう姉貴から見られていると思っていた。


「今はフラフラとしているが、いつか必ず自分のしたい事を見つけると信じている」

「でも、それじゃ森保はどうなるんだ?」

 俺がもし自分の本当にやりたい事を見つけた場合、森保は誰が守るのだろうか?

 一応、碧が言うには森保は眼力が開眼した姉貴がまとめるらしいが。

「国家退魔師だけが、森保を守る方法ではない。道はいくらでもある」

「……道はいくらでもある」

 親父が言っているのは、嘘なんかじゃないような気がした。

 姉貴が科学者として成功を収め、森保に貢献しているのだから。

「俺が心配して電話した筈なのに、何か逆に励まされちゃったな」

「気にするな。家族とはそう言うものだ」

 電話越しだから、相手の表情はこっちには伝わらない筈だ。

 だがそれでも、俺には親父が笑っているのが目に浮かぶようだった。

「親父、ありがとう。こっちの事は俺に任せてくれ。自分で決着付けるから」

「何かあったら、すぐに連絡しろ。私じゃ無くても、母さんでも歩美でも良い」

 脚を折ったのは自分っしょ?何でこっちの心配してんだよ?

 俺はどっちが心配されてるのか、分からなくなって苦笑した。

「ああ!親父も早く脚を治せよ?」

「正月には顔を出せよ?私は入院しているが、母さんはお前に会いたがっていた」

「ああ、約束するよ」

 俺はそう言って、電話を切った。

 電話する前はあんなに気が重かったのに、今は晴れがましい気分だった。

「……約束するよ!」

 俺は自分のスマートフォンに向かって誓うようにそう言った。

 もう終話しているから、相手には俺の言葉は届かないにも関わらず言いたかった。

「今の電話の相手っておじいちゃん?」

「おじ……まあ、お前からしたらそうなるだろうな。続柄的に」

 碧は俺の未来の娘だ。つまり親父の未来の孫娘と言う事になる。

 あの厳しい親父は、この孫娘にどんな接し方をしているのだろうか?

「あたしもちょっと話したかったな。若い頃のおじいちゃんってどんなのだろ?」

「話してもお前が孫娘だなんて分からないっしょ?」

 碧の反応を見る限り、未来の親父は少なくとも孫には避けられてないようだ。

 俺と姉貴の姉弟は、親父から厳しく育てられたからちょっと苦手だ。

 だから、電話する時も何を言われるかと思ったら緊張した。

 しかし電話の親父は俺を叱るどころか、励ましてさえくれた。

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