第20話
「俺だって怒らせると怖いんだからな?」
「パパよりも歩美さんの方が怒らせると怖いよ?あたし、泣くかと思ったもん」
ダメだこりゃ。俺がどんなに叱っても、碧にはもう全く効果が無い。
俺よりも姉貴やママの方がよっぽど怖いのだから、俺なんか屁でも無い。
俺も親父に叱られたら反省したが、おふくろに叱られても刺さらなかった。
「俺が怖くなくっても、親に叱られたなら少しは反省しなさい!」
「え~~、ちょっとお茶目な娘の可愛いジョークなのに」
昔は『地震雷火事親父』と言うほど、父親は恐れられていた筈なのに何だこれ?
父親よりも母親や伯母の方が恐れられているなんて、俺の立場は何処にあるんだ?
「……未来に希望が持てなくなって来た」
「ダメだよパパ!パパが死んじゃったらあたし、消えちゃうんだよ!?」
俺がポツリと漏らした一言に、碧が激しく動揺している。
どうやら、俺が自殺を考えたと勘違いしたようだ。
「心配しなくても、死なないよ。ただ、未来の自分が情けなくなってきただけ」
「何で?パパのおかげで人間は安定した生活が出来るんだよ?」
え?俺のおかげで人間が安定した生活が出来る?未来の俺は何をしてるの?
ただ、ペット同然に吸血鬼の嫁に飼われてるだけじゃないの?
「今なんか、爆弾発言しなかったか?」
「……ハッ!今のは聞かなかったことにしてね?」
全くの偶然だが、碧から未来の人間の生活について少しだけ聞き出せた。
どう言う経緯かは分からないが、未来の人類は安定した生活をしているらしい。
「どうしよっかなぁ~~。折角、聞いたわけだしな~~」
「お願い、意地悪しないで!ママ達に叱られちゃう!!」
弱みを握られた碧は俺にすがりついてきた。
ママに叱られるからって、結局パパは怖くない訳ね。
「……分かったよ。今、聞いた事は忘れる事にするよ」
「ありがとう、パパ!」
そこまでやりとりしてて、俺は周囲からの視線に気が付いた。
まあ、事情を知らない人から見たら俺は碧にパパとか呼ばせてる人な訳で。
「……早く神社に行こうか?碧」
「え?何で?」
俺は碧の質問にも答えずに、そそくさと逃げるように歩いた。
ただ実娘と一緒に歩いていただけなのに、こんなに恥ずかしいとは。
碧にはタイミングを見て、眼力を使うように言った。
俺たちは逃げるように足早に歩き続けて、すぐに神社に着いた。
神社は相変わらず閑散としていて、あれからほとんど人が来ていないのが分かった。
「ここも結界で調べてみるか」
「結界って、色々と便利なんだね?」
碧がそんな事をしみじみと言うのは、彼女は結界術を使わないからだろう。
魔族の碧にとって、結界術はデメリットもある技だから教わらなかったのだろう。
「碧、結界を張るからもうちょっと離れて」
「うん」
そう言って鳥居の外に碧が出たのを確認した俺は早速、四枚の札を取り出した。
レーザープリンターで印刷された結界札は効果はあるが、安っぽさを感じた。
「……はっ!」
俺が念を送ると、四枚の札から電子回路のような光が放たれ地面を走った。
すると午前中の路地裏とは打って変わり、すぐに結果が得られた。
「やっぱり今度も二人この場所に来てるな」
「足跡の大きさもさっきと同じみたいだね?」
碧がオオカミ男を叩きつけた木に向かって、まっすぐに歩く二人の男。
歩き方も足跡の形状も、間違いなく路地裏に来た男達だ。
「やっぱりオオカミ男とこの二人は別人だったか」
「って事はやっぱり的はあと二人居るって事だね?」
「いいや、そうとは限らない」
確かに路地裏もこの神社も、二人分の足跡だけが残されている。
碧がそう判断するのも頷けるが、そう判断するには材料が少なすぎる。
「もうちょっと手がかりが無いと、判断できないな」
「でも、もしまだ敵が居るとしたらその人はどこに居るの?」
碧の疑問はもっともだ。仲間が二人も殺されているの五人目はどこに居るのだ?
なぜ戦死した仲間の元に姿を現さない?それがあまりにも不自然だった。
「それはちょっと、分からないなぁ。ただ、分かった事もある」
「何が分かったの?」
「やっぱり、ここに来たヤツらは何かを持ち去ったと言うことだ」
俺が指さすと、木の根元部分に小さな痕跡が残されていた。
大きさは四センチくらい、形状は路地裏に残されていたものとほぼ同じだ。
「敵が仲間の死体から、何かを持ち去ったと言うのは確かだ」
だが、何を持ち去ったかまではこの痕跡からは分からなかった。
敵は、仲間から何を集めているのだろうか?もしかして、ドッグタグか?
「遺品でも持ち帰ったのか?」
「……それは無いと思うなぁ」
俺の推測を碧はあっさりと否定した。何でそんなにハッキリ言えるんだ?
碧はこの連中について、俺より詳しいはずだ。
「なぜそう言えるんだ?」
「敵は痕跡を残さないように細心の注意を払ってるからね。灰になるのもその為」
碧に言われて、俺は未来人達が何故青く燃えるのかが分かった。
彼らは自分たちの遺体から情報が漏れるのを、極端に恐れているのだ。
「そんなヤツらがわざわざ遺品を残すようなヘマはしないでしょ?」
「確かに言われてみればそうだ。だが、だとしたら何を持ち帰ったんだ?」
未来人達は可能な限り、自分たちの情報を残さないように必死だ。
そんなヤツらから持ち帰れる唯一の物。その存在が逆に不気味だった。
「少なくとも、あたしのベルトみたいな思い出の品なんかじゃ無いとは思うよ?」
「……フゥ」
自分が相手にしている連中の事を考えたら、何となくため息が出た。
過去に行くのも死ぬのも、灰になるのも怖くない暗殺者たち。
彼らをそこまで駆り立てる物とは、一体何なのだろうか?
「もしかしてパパ、怖くなっちゃった?」
「命を狙われるのは慣れてるよ。けど、ここまで執拗に狙われたのは初めてかな?」
未来人達を駆り立てているのは、使命感や責任感などでは説明できない。
彼らを突き動かしているのは、もっと重くてドス黒い感情だろう。
執念と言っても、過言では無いだろう。
「次はどうするの?パパ」
「そうだな、次はコイツを遣ってみるか」
俺は長さ二十センチ、太さ二センチくらいのアルミ製の筒を出した。
俺がその筒の口を閉じている栓を開けると、中から狐のような魔物が出た。
「何?それ」
「管狐(くだぎつね)だけど?見るのは初めてか?」
管狐は俺の指示で結界内の足跡に近付くと、臭いを注意深く嗅いだ。
臭いを覚えようとしているのだ。
「あ!どっかに飛んでっちゃった!!」
「足跡の主をアイツに探させるんだ」
俺が出した管狐は追尾用の個体で、壁や屋根を通過できる。
アイツなら足跡の主を突き止められるだろう。
「さてと、帰ってアイツが戻ってくるのを待つか」
「え!?アレ、何だったの!!?」
碧は俺の使役する管狐に興味津々の様子だ。やっぱりこの子は退魔術を知らない。
確かに、退魔術は非力な人間が魔族と戦うために編み出した技だからな。
「アレは管狐と言って、人間が使役できる幽霊みたいな魔族なんだ」
「アレってどこで買うの!?いくら!!?」
俺は家路につきながら、碧に簡単に退魔術を教える事にした。
碧はどうやら、管狐をペットか何かだと思っているようだ。
「どこにも売ってない。アレは自分の霊力で生み出すんだ」
「え!?パパがアレを産んだの!!?経産夫って事!!!?」
俺の言葉足らずな説明のせいで、碧の中に妙なイメージが形成された。
ゴメン、今のはパパが悪かったよ。
「そうじゃない、そうじゃない。管狐が飼い主の霊力を元にして生み出すんだ」
「え?じゃあ、最初の一匹ってどうやって手に入れるの?」
碧の疑問は当たり前と言えば当たり前だ。
管狐が居ないと、管狐は増やせない。じゃあ、最初はどうするの?
「最初の一匹は親の退魔師から一時的に借りた管狐に産ませるんだ」
「へぇ~、親から子に代々受け継がれてるのか」
ちなみに、最古の管狐は野生の魔物を捕獲して使役していたらしい。
しかし、元が野生なだけあって色々と扱いに苦労したらしい。
「そ、俺の管狐は親父の管狐の系統なんだ」
「……あたし、そんな話聞いたの初めてなんだけど?」
俺の説明を聞いていた碧が急に機嫌が悪くなった。
何か今の説明に怒るような部分があっただろうか?
「急にどうした?何でそんな顔するんだ?」
「あたし、パパから管狐なんて貰ってないからね!?」
「お前、吸血鬼っしょ?管狐、要らないっしょ?」
管狐とは非力な人間を補佐する使い魔のような存在だ。
強力な能力を持つ、吸血鬼の貴族には無用の存在だと思うのだが?
「要るとか要らないとかの問題じゃ無いよ!あたしにも頂戴よ!!」
「……何でこんなの欲しがるかな?」
俺には碧が管狐を欲しがる理由が、いまいちピンと来なかった。
この子は管狐なんか飼って、何に遣うのだろうか?
その後も、碧は家に着くまでしつこく俺に管狐をせがんでいた。
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