第19話

 会計を終え、店から出たタイミングで電話が鳴った。

 電話の相手は、以前俺がパパ活女子を部屋に呼んだかと勘違いした姉貴だ。

「もしもし、姉貴?」

「祥太郎、この間は言いそびれたがあの改造人間の件で伝える事がある」

 そう言えば、途中から碧の話題になっちゃってそれっきりだったな。

 あの改造人間が現代の技術ではとても作れないって言う話までしたっけ?

「この間ってどこまで話したっけ?あのサンプルの出所までだっけ?」

「そうだ、そしたらお前の部屋から女の声がしたんだったな」

 ややこしくなるから説明しにくい事を蒸し返さないで欲しいな。

 このままじゃ、また碧の話題になりそうだったから俺は強引に話題を戻した。

「それより、あの改造人間の話っしょ!?あれが何なのさ」

「……まあ良い。今はお前の素行よりも大切な話があるからな」

 かなり強引だったが、何とか本筋に戻せた。

 これで、あの改造人間について情報が手に入る。

「あの改造人間だが、とても正気の沙汰とは思えん」

「何で?現に俺の前に二度も現れたけど?」

 姉貴は一体、なぜ正気の沙汰とは思えないなんて言うのだろうか?

 あの改造人間には、どんな秘密が隠されているのだろうか?

「あんな改造を人間に施したら、ほぼ確実に死ぬ事になるからだ」

「え!?死ぬだって!!?そんな馬鹿な!!!」

 そんな話、二度も改造人間に出くわした俺には到底信じられなかった。

 もし姉貴の説明が本当なら、俺は何と戦ったんだ?

「あんな無茶な改造、百人に一人成功するかしないかだろうな」

「ちょっと待ってくれよ姉貴!じゃあ、アイツらは何なんだ!?」

 成功率1パーセントの改造だなんて、馬鹿げているにもほどがある。

 アイツらは何の為にそんな改造を受けたのだろうか?

「おそらく、運良く成功して生きているだけだろうな。屍の山の上にな」

「……ゴクッ」

 もし俺が成功率1パーセントの手術を提案されたら、絶対に断るだろう。

 姉貴の言葉を借りるなら、そんなの正気の沙汰じゃ無い。

「実際に生きている個体を見れば、もっと多くの事が分かるんだがな」

「でも姉貴、この間は現代の技術じゃ無理だって……」

 姉貴はこの間は、こんな改造は現代の技術では無理だと言った。

 未来の技術なら、もう少し成功率が高まるのでは?


「ああ、現代の技術では成功率1パーセントどころか0パーセントだ」

「え!?それじゃ、成功率1パーセントってどこから出した確率?」

 現代の技術では成功率0パーセントって、それじゃ矛盾してるじゃ無いか。

 姉貴は何を根拠に1パーセントだなんて数字を出したのだろうか?

「あの数字は仮に技術が進歩して技術的、倫理的問題が解決された場合の話だ」

「それってつまり、未来での話って事か?」

 電話越しに姉貴の説明を聞いていた俺の頬を、冷たい汗が一筋流れた。

 あの未来人達はそこまでして俺を殺しに来たってのか?何のために?

「未来……か。まあ、そう解釈しても問題ないだろうな」

「アイツらは何のためにそんな事をしてまで、俺を殺そうとするんだと思う?」

 未来人達は最低でも四人はこの時代に来ていると分かっている。

 つまり、その四人のために単純計算で三百九十六人は犠牲になっている。

「さあな。私は科学的な考証は出来るがその動機まではな……」

「あ、そうだよな。ゴメン」

 姉貴だってそんな事を訊かれたって分かる訳がない。

 その答えを知っているのは、姉貴ではなく碧の方だろう。

「とにかく、相手はそこまでしてお前を殺したいと言う事だけは確かだ」

「……こんなの狂ってる」

 姉貴は正気の沙汰では無いと言ったが、そんな生ぬるい物では無い。

 相手は間違いなく狂気の集団だ。死ぬのなんて怖いとも思わないだろう。

「お前、何をした?何のためにそこまでされなくちゃならん?」

「……詳しくは分からないけど、俺が生きてると面白くない連中らしい」

 碧は俺の子供達、つまり碧やその兄弟姉妹が関係していると言った。

 俺の子供達は人類のために頑張ってるんじゃ無いのか?

「目的も定かじゃ無い連中に弟が命を狙われるなんて」

「大丈夫、姉貴には迷惑かけないよ。全部、こっちで始末……」

「馬鹿かお前は!迷惑とか迷惑じゃ無いとか言ってるんじゃ無い!!」

 電話ごしに聞こえる姉貴の声がボリュームを上げたように大きくなった。

 おかげで、鼓膜が破れるかと思った。

「血を分けた弟が殺されかけてるんだぞ!?そっちに加勢に行きたいくらいだ!!」

「え?姉貴がこっちに来る?親父たちはどうするんだよ?」

 姉貴が怒っているのは俺が面倒事を一族に持ち込んだ事では無かった。

 姉貴は単純に、俺の実姉として弟の危機に怒っていたのだ。

 俺は姉貴に張り合う事ばかり考えてきたのに。


「父さんが勤めを果たせる状態だったら行きたいと言う意味だ」

「そうだよな!姉貴がいきなりこっちに来たら大変だもんな!!」

 森保の家がじゃなくて俺の家が。

 姉貴に碧の事を何て説明したら良いのかも分かってない状態なのに。

「父さんは脚の傷のせいでしばらくは動けん。こっちの事は私に任せろ」

「姉貴、ありがとう。で、もう一つ調べて欲しい事があるんだ」

 俺は姉貴に調べて欲しい事を説明し終えてから電話を切った。

 やっぱり、森保からの増援は望めない。となると、二人で何とかするしか無い。

「おばさ……歩美さん凄い剣幕だったね?」

「まあ、親父が病院送りにされて俺の命まで狙われてるからな」

 森保家も大打撃を受け、姉貴が代役でまとめている状態だ。

 未来人たちめ、狙うなら俺だけを狙えば良いものを。

「で、どうすんの?」

「もちろん最初の予定通り、今度は神社に行くさ。今度はこっちが追い詰めてやる」

 未来人達が何のために俺を狙っているのか、それはまだ分からない。

 だが、こっちだってここまでされて黙っている訳には行かない。

「……と、その前に碧『あーん』しろ!」

「何?あーん?」

 俺はその口の中に細長い綿棒のような棒を素早く入れた。

 そして碧にバレないように綿棒を引き抜くと、ハッカ味の飴を放り込んだ。

「何これ?飴?」

「この時代では外食の後はブレスケアするのがエチケットなんだ」

 本当は焼き肉とかを食べた後にブレスケアするのが一般的だ。

 でも、嘘までは言ってないから問題ないだろう。

「さてと、それじゃあ神社に行くか」

「うん!」

 俺は碧に見つからないように麺棒を細長い半透明の容器にしまった。

 後はこれを姉貴に送りつけて、調べて貰えば良い。

「そう言えば碧。お前、どうして姉貴の事を歩美さんって呼ぶんだ?」

「だってあの人、おばさんって呼ぶと急に機嫌が悪くなるんだもん」

 確かに姉貴ならおばさん呼ばわりされる事に過剰反応するやも知れない。

 以前、あの人がちびっ子におばさんと呼ばれて切れそうになっていたのを覚えてる。

 確かに、子供からしたらアラサーの女はおばさんだが本人はそうは思ってない。

 あの人は切れると、本当に怖い人だからな。


「それじゃあ、行こうか?碧」

「うん!」

 俺たちは飴をなめながら、未来人を調査すべく神社に向けて歩き出した。

 今日は平日だが、昼時の道は車も歩行人も多くやや混雑していた。

「本当に人が多いよね?」

「まあ、この辺りは住宅地だから店も多いんだよ」

 碧は道を行き交う人々を、お上りさんのように物珍しげに眺めていた。

 未来では核戦争の影響で、人口が半数以下になっているらしい。

 だから、こんな風に人が歩き回っているのを見る機会が少ないのだろう。

「未来って人間はどんな生活をしてるんだ?」

「う~~ん、あんまり言っちゃいけないんだけどなぁ……」

 碧は俺の何気ない質問に頭を悩ませていた。

 そうだった。碧は俺にあんまり未来に関する事を教えたらダメだったんだ。

「ゴメン!今のは聞かなかった事にしてくれ!!」

「ちょっとくらいなら良いよ?先っちょだけだからね?」

 この娘は往来で一体、何を言っているのだろうか?

 とりあえず未来で碧が生まれたら、もうちょっと恥じらいのある子に育てよう。

「ざっくりで良いから教えてくれ。あと、誤解を招くような言い方するな」

「パパ乗りが悪いなぁ……流石、ママがいつも乗る側なだけあ……ギャンッ!」

 俺は光の速さで碧の低いひたいにチョップを叩き込んだ。

 変な事を言うなと注意したばかりなのに、下品なネタを言うからだ。

「いい加減にしなさい!最後は怒るぞ!!」

「酷いなぁパパ。あたし『アギャン』とか言っちゃったよ。熊本県民みたい」

 熊本県の皆さん、大変失礼しました。父として娘の発言をお詫びいたします。

 じゃなくって、何の話だったか分からなくなっちゃったよ。

「そうじゃなくって!未来の話っしょ!?」

「な~~んか今ので話す気が無くなっちゃったなぁ~~」

 また始まった。碧は俺が叱ると、すぐにこうやって機嫌が悪くなるのだ。

 未来の俺は、一体どんな子育てをしたのだろうか?

「ママはお前を叱ったりしないのか?」

「するよ?ママは怒らせると怖いんだから。パパの三倍は怖いよ」

 なるほど、だから俺に対してそう言う態度をとるんだな?

 碧にとって俺に叱られるくらい、何でも無いし全く応えてないのだ。

 ママ、つまり俺の未来の妻に叱られる方がよっぽど怖いのだ。

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