第17話

 この結界は、結界を張った範囲の生き物の痕跡を調べられるのだ。

「でも、これじゃどれが知りたい足跡か分からないよ?」

「大丈夫だ。時間的な範囲を狭められるようになってる」

 俺は結界内に表示される痕跡を、ライオン男が死んでから半日以内に絞った。

 不要な足跡が順番に消えていき、いくつかの足跡が残った。

「この足跡かな?」

「いや、それじゃ無い。それは通行人の足跡だろう」

 碧はフラフラとライオン男の痕跡に近付く足跡を指さした。

 しかし俺が見たところ、それは明らかな千鳥足でライオン男を一度通り過ぎている。

 これはこの路地を利用する酔っ払いの足跡だろう。

「こっちの足跡が俺たちこそが欲しかった足跡だろうな」

「……二人居るね?」

 そこに表示されていたのは二人分の足跡だった。

 サイズから推測するに、大人の男が二人でライオン男を調べたのだろう。

「二人って事は敵は残り一人って事?この間、一人倒したし」

「そうとは限らない。オオカミ男とは違うヤツが二人居ると考えた方が良いだろうな」

 足跡は二人分ある。つまりライオン男を含めれば、未来人は三人居るとなる。

 そして、俺たちは未来人を既に二人倒している。

「どうして?」

「この二人のうち、一人はかなり大柄な男だ」

 靴のサイズから察するに身長百九十センチ以上ある大柄な男だろう。

 この間、俺を襲ったオオカミ男はどう見ても身長百八十センチがせいぜいだ。

「じゃあ、もう一つの方がオオカミ男だったんじゃ無いの?」

「それも無いだろうな。もう一つの方は結構歳をとった男だ」

 俺は警察関係者では無いが、退魔師としてこれくらいは調べられる。

 もう一つの足跡は、若くても五十代くらいの男の歩幅だ。

 あのオオカミ男は、どう見ても二十代がせいぜいだ。

「って事は敵は残り二人居るって事だね?」

「正確には二人以上居るって考えた方が良いだろうな」

 確かに、この場には二人分の痕跡しか残されていない。

 しかし、だからと言って敵が残り二人だと決めつけるには情報が少ない。

「……案外、冷静だね?」

「姉貴に『しっかりしないと死ぬぞ』って言われたからな」

 俺だってむざむざ殺されてやる程、ボーッとはしてない。


「……何だ?これ」

「パパどうかしたの?」

 俺は一つだけ残された奇妙な痕跡が気になった。

 あまりにも痕跡が小さすぎて、危うく見逃すくらい小さなそれは足跡では無い。

「碧、これを見ろ」

「何?これ」

 痕跡はライオン男の燃えかすに直径四センチくらいの筋状に着いていた。

 この痕跡を俺は何度か見た事がある。

「これは多分、指の後だ。燃えかすから指で何かをつまんでとったんだ」

「何をとったの?」

「……残念だが、それまでは分からない」

 何を燃えかすから回収したのかは俺たちには判断できない。

 しかし、未来人が死んだ仲間から何かを回収したという事実だけは分かった。

「大きさは二センチから三センチくらいだな。よし!碧、行くぞ?」

「どこに行くの?」

「オオカミ男と戦った神社に決まってるっしょ?」

 ライオン男の周辺から、いくらかの情報が得られた。

 次のオオカミ男からも何らかの手がかりが得られるかも知れない。

「……と、思ったけど昼飯にしよう」

 太陽は南に登り、昼時を告げていた。

 朝食がいつもより少し早かったせいか、腹が減っていた。

「あたし、うどんが食べたい!」

「うどん?そんな物が食べたいのか?」

 うどんなんて未来では食べられないのだろうか?

 もしかして、食糧危機に陥っているとか?

「釜揚げうどんって言うのに興味があったの!!」

「いや、どうって事の無い普通のうどんだけど?」

 俺はそう言ったが本人の強い要望で俺は釜揚げうどんの店に入る事にした

 この辺りで釜揚げのうどんが食べられる店ってどこにあったっけ?

「ここがこの辺りで一番評判が良い店だ」

「おお~、うどんのお店ってこんな感じなのか……」

 碧は物珍しそうにうどん屋のたたずまいを観察していた。

 俺からしたら見慣れた光景だが、やっぱり未来にはこう言う景色は珍しいようだ。

 碧を引き連れて、俺はうどん屋の『のれん』をくぐった。


「……碧、ここでは眼力を使うのを止めよう?」

「どうして?」

 俺は店員に勧められて、テーブル席へと着いた。

 店員には変な顔をされたが『もう一人来ます』と言って通して貰ったのだ。

「だって考えて見ろ。お前は盲点に入れるかも知れないが、俺は違うだろ?」

「うん、そうだね。だから?」

 碧は俺の説明にいまいちピンと来ていない様子だった。

 碧が眼力を使ったまま食事をすると、奇妙な事が起こるのだ。

「俺がうどんをすすってるそばで、見えないヤツが座ってるんだぞ?変っしょ?」

「気にしすぎでしょっしょ?」

 俺は説明するが碧は意に介さない。って言うかコイツ、人の口まねなんかしたぞ。

 しかも、使い方間違えてるし。

「『でしょっしょ』はおかしいっしょ!?でしょの略なんだから!!」

「別にどうでも良いよっしょ?」

 コイツ、わざと間違えてやがるな?人が反応するから面白がってやってる。

 今のは『別にどうでも良いっしょ?』が正しいっしょ!!

「とにかく、人の口まねしない!あと、姿を消さない!!」

「え~~、面白いのに……」

 碧はメニューを持ったまま、不満そうに抗議してくる。

 面白いってどっちが?口まねが?姿を消すのが?

「見えないヤツがうどん食べてたら怖いでしょ!?」

「あ!今、パパ努めて『でしょ』って言ったっしょ?」

「良いから普通にしなさい!!注文しないぞ!?」

 俺に叱られて碧は渋々姿を現した。

 案の定だが、アニメのコスプレのような格好をした彼女は周囲から目立っていた。

「……これで良いっしょ?」

「口まねはするんだな?まあ、良いや。何を注文しようかな?」

 俺たちはメニューをめくってうどんを品定めした。

 こんな感じに家族で外食をするなんて、いつ以来だろうか?

「あたし、これが良い!!」

「『店長オススメ!デラックストッピングうどん』?」

 そこに載っていたのはかき揚げやらエビ天やらゴテゴテ乗った豪華なうどんだった。

 お値段もデラックスで、かけうどんの倍は優に超えている。

 しかも、盛りもデラックスで小柄な女が食べきれるとは思えなかった。


「これ、食べきれるか?結構盛りが良いぞ?」

「大丈夫だよ!あたし、食べきれるよ!!」

 碧は自信満々で俺にデラックスうどんを催促してくる。

 まあ、お金に関してはコイツが稼いできたわけだし文句は言えないけど……

「仕方ないなぁ……」

「あ!ボタンはあたしが押したい!!」

 俺がウェイターを呼ぶためのボタンに手を伸ばしたところ、碧がそれを止めた。

 ボタンを押したいだなんて、まるで小学生のようだ。

「ほら、一回だけだぞ?」

「……」

 黙って俺からボタンを受け取った碧を見て、嫌な予感がした。

 もしかしてコイツ、何回もボタンを押す気なんじゃ無いだろうか?

「碧、ちょっと待……」

 そう言って碧からボタンを取り上げようとしたが、もう遅かった。

 彼女は十六連打でおなじみの高橋名人のようにボタンを小刻みに押した。

 ピンポーン!

 だがしかし、碧の連打に対してボタンは無情にも一回鳴るだけだった。

「……これ、一回しか鳴らないよ?」

「当たり前っしょ!?そう言うボタンじゃ無いんだから!!」

「ツマンネェ~~……」

 碧は不満たらたらの表情で、興味を失ったようにボタンを定位置に戻した。

 本当に十六回もピンポンが鳴ったら、どうするつもりだったのだろうか?

「お待たせしました!ご注文をお伺いします!!」

 ボタンが鳴って、二分くらいしたらウェイターがやって来た。

 碧が何を注文するかは分かっていたから、俺がまとめて注文した。

「『デラックストッピングうどん』と『きつねうどん』お願いします」

「はい『店長おすすめ!デラックストッピングうどん』と『きつねうどん』ですね?」

 まさか『店長おすすめ!』までが名前に含まれていたのか。

 ウェイターは注文を確認すると、伝票に書き込んで厨房へと消えた。

「……さっきの娘、怪我してるみたいだったね?」

「え?どうしてそんな事が分かるんだ?」

 俺はウェイターが怪我をしてるだなんて、全く気が付かなかった。

 この子はどこでそれを感じ取ったのだろうか?

「息に少しだけ血の臭いが混じってた。多分、親知らずを抜いたんだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る