第16話
碧は少し不機嫌だが、彼女と機嫌と俺の用事は関係ない。
俺はヨレヨレのジャンパーを身にまとい、部屋の外へ出た。
「何の用事なの?」
「未来人とケリを付ける準備さ」
外は登校中の学生や、通勤中のサラリーマンが歩いていた。
この人達の生活は、後数年で大きく変わってしまうのだろうか?
「未来人とケリを付けるって、戦うって事?」
「戦うかどうかは分からない。けど、こっちは相手の事を知らなすぎる」
退魔師として仕事をしている俺には、戦いの基本が根付いている。
戦いとはどれだけ相手の正確な情報を集められたかで勝負が決まるのだ。
「相手の事を調べるのと、外に出るのと何の関係があるの?」
「相手は幽霊じゃ無い、生きた人間だ。痕跡を残さずに生きるなんて無理だ」
未来人達がこの町に潜んでいるのはまず間違いないだろう。
だとしたら、彼らが現れる前と後とで変わったものが必ずあるはずだ。
「その痕跡を探すんだね?何か探偵みたいで楽しそう!」
「お前、結構余裕だな?」
俺自身はいたって真面目だが、碧は遊び感覚のように見える。
これは相手に悟られないようにしなくてはいけないのだが、分かってるのだろうか?
「狩りなんて久しぶりだからワクワクして来ちゃった」
「……それは『人間狩り』って事か?」
碧は未来から来た吸血鬼だ。
吸血鬼は人間より強靱な種族だから、狐感覚で人間を狩るのだろうか?
「あ、勘違いしないでね?ちゃんと分別はあるよ?」
「そのフンベツとやらを信じるか」
俺は碧を連れて、歩き慣れた町を散策し始めた。
碧は眼力を使っていつものように見えないようにしていた。
「まずはどこに行くの?」
「最初はライオン男が現れた路地裏だ」
俺が未来人と初めて交戦した場所、そこに何かの痕跡があるかも知れない。
ライオン男自身は青く燃えて消えてしまったが、何かは残ってるかも。
「夜見るのと、昼間見るのとじゃ印象が違うね?」
「まあ、そんなモンだろうな。碧は一人で出歩かないからな」
碧は俺を守るために未来から現代へ来ている。
だから彼女はほとんどの時間、俺と一緒に居なくちゃ行けない。
「そう言えばさ、パパはどうしてフリーランスをしてるの?」
「何だ?いきなり」
路地裏を目指して歩く俺に後ろから碧が問いかけてきた。
振り返ると不自然に見えるから、俺はそのままで応対した。
「パパって森保家の跡取り息子だよね?国家退魔師になれば良かったんじゃ無い?」
「最初は周りからもそうすすめられたよ。けど、何か違うと思ったんだ」
森保は平安時代から続く由緒正しい退魔師の一族だ。
もちろん、国にも顔が利くし国家退魔師になれば生活も安定する。
「お役所仕事ってヤツが嫌だったの?」
「そうじゃない。森保の跡取り息子として見られるのが嫌だったんだ」
国家退魔師になった俺を待っていたのは現場の仕事とはほど遠い事務仕事だった。
毎日、書類を片付ける日々で簡単に言えば『エリートコース』だったのだ。
そこには森保祥太郎としての俺は居なくて、森保の跡取りとして俺が居た。
「……どう言う事?パパは森保の長男でしょ?」
「皆、俺がいずれ偉い人になるって分かってたから取り入ろうとするって事」
簡単に言えば『俺を出世の道具』と思って気に入られようとすると言う事だ。
チャンスさえあれば胡麻をすり、自分を売り込もうとする奴ばかりだった。
「……ふぅん」
「何だよ?俺は本当の事を言ってるだけだろ!?」
俺の説明を聞いた碧が意味ありげな反応をしている。
この子は俺の娘だから俺の事を色々と知っているのだ。
「嘘までは言ってないけど、本当の事も言ってないよね?」
「本当の事って何だよ!?俺が何を隠してるって言いたいんだよ!!?」
碧はどこまで俺を見透かしているのだろうか?
こんなに見透かされた気分になったのはいつ以来だろうか?
「本当はおば……歩美さんが関係してるんでしょ?」
「姉貴?どうして俺の仕事と姉貴が関係するんだよ?」
姉貴は退魔師では無い。あの人は科学者だ。
その畑違いの姉貴と俺がどうしてここで関係するのだろうか?
「歩美さんが科学者として頭角を現して成り上がったから羨ましかったんでしょ?」
「……え?姉貴が羨ましい?俺が?」
この娘はいきなり何を言い出しているのだろうか?
姉貴が活躍してるのが羨ましい?だから俺はフリーランスになっただって?
そんな事、あるわけが無い。
「パパは本当は自分の実力で上を目指したかったんじゃ無いの?」
「……自分の実力?」
碧は俺の心を見透かしているかのような口ぶりだった。
自分の実力で上を目指すってそんな子供じゃあるまいし。
「歩美さんに眼力が無いって分かった時、パパはどこかで喜んでたんじゃ無いの?」
「何、言ってんだよ!姉貴の事をかわいそうだと思ったよ!!」
俺は覚えている。俺に眼力が発言した時の家族の反応を。
親父とおふくろは喜び、姉貴はどこか居心地が悪そうだった。
「やっぱり優越感に浸ってたんじゃん」
「何でだよ!?どうしてそうなるんだよ!!?」
いくら実の娘と言えども、碧に何が分かると言うのだろうか?
あの時の俺の居心地の悪さが、この子にどうして否定出来るのだろうか?
「だってパパ、今言ったよ?かわいそうだって」
「姉をかわいそうだって言って何が悪いんだよ!?」
長女として生まれたのに一族に期待されない姉。
その姉が哀れに見えるのは、不思議でも何でも無いはずだ。
「かわいそうって相手を自分より下だと思ってるときの感情だよ?」
「……なっ!?」
何だと。俺があの時、姉貴を下に見ているとこの娘は言いたいのか?
俺は無意識のうちに姉貴を自分より劣った存在だと捉えていたのか?
「パパは眼力が発現して歩美さんを押しのけて森保の期待の星になった」
「……違う……」
違う。そんな事、一度だって考えていなかったはずだ。
あの時の俺は姉貴の事を本気で心配してたはずだ。
「けど歩美さんは努力して、世界的に有名な科学者になって見せた」
「違う!俺はそんな事を考えてたんじゃ無い!!」
俺がもし無意識のうちに姉貴を下に見ていたのだとしたら、俺は安心していたのだ。
ところが姉貴が科学者として頭角を現し、一族に期待されるようになった。
「だから歩美さんに対抗したかったんじゃないの?自分の力で」
「俺は……そんな事……」
考えてないと言いたかったが口から言葉が出てこなかった。
エリート街道を蹴ってまで俺がしたかった事は姉貴への対抗だったからだ。
森保の跡取りとしてでは無く、祥太郎として実力を示して認められたかったのだ。
姉貴が自分の力だけで今の地位に上り詰めたように。
「……ここだね?」
それから俺は口数も少なく歩き続け、目的地に着いてしまった。
碧に告げられた俺の中に渦巻いていた感情はそれだけ俺にとってショックだった。
俺は今までの人生の選択を、ただ姉に対する対抗意識だけで決めていたのだ。
「綺麗に人の形に焼け焦げてるね?」
「……そうだな」
俺は気の居ない返事をすると、人型に焦げたアスファルトを調べ始めた。
気持ちが落ち込んでいても、やるべき事はやらなくてはいけない。
「こんなのから何か分かるの?」
「まあ、見てろって」
俺は持ってきたナップサックからいくつかの道具を取り出した。
俺は筆で燃えかすとなったライオン男を丁寧になぞった。
「何してるの?」
「燃えかすを採取しているのさ。姉貴なら何か分かるかも知れない」
俺は退魔師だから、専門は魔族だ。
しかし、今調べているのは改造人間だから俺の専門外という事になる。
「燃えかすなんか調べられるの?」
「いくら焼死体でも、何かくらいは残ってるかも知れないだろ?」
目には見えなくても、微量の組織が残っている可能性はある。
俺は筆に付着した燃えかすをガラス製の試験官に似た容器に入れた。
「次は何をするの?」
「ここに誰か来たか調べる」
俺はライオン男の燃えかすを中心に五メートル四方くらいに持って来た札を張った。
これは退魔師の術だから、俺の十八番だ。
「碧、結界を張るから外に出ろ」
「結界なんて張ってどうするの?」
碧は不思議そうな顔をしながら俺の言ったとおりに距離をとった。
俺は札念を送り、結界を起動させた。
「……はっ!」
俺の念を受けて、札がアスファルトの表面に回路のような結界を張った。
この結界は外からの侵入を阻む結界では無く調べるための結界なのだ。
「あ!パパ、何か見えてきた!!」
「よし!未来人でもこの結界なら効果あるみたいだな」
結界の中にはたくさんの足跡が光っていた。
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