第14話
「う~~ん、遂にって言う言い方は正確じゃ無いけど。でも、良いニュースだよ」
「何だよ?もったいぶらずに教えてくれたって良いじゃ無いか!?」
落伍者となってしまった俺にとって、姉貴の眼力は気になるものだ。
姉貴が森保を継いでくれたら、親父もおふくろも安心するからだ。
「パパ、焦ったらダメだよ?急いで結果を得ようとすると失敗するよ?」
「それはお前が未来を知ってるから言えるだけだろ?」
碧が今から何年後の未来から来たのかは詳しく知らない。
しかし、この子がある程度の未来を知っているのは間違いない事実だった。
誰だって、結果が分かっているのなら焦ったりはしない。
「でも、焦って結果を知ったせいで未来が変わる事だってあるよ?」
「え?そんな事ってあり得るのか?」
未来を知ったせいで未来が変わるなんて、そんな事があるのだろうか?
知っていようが知らなかろうが、結果は変わらないと思うのだが?
「例えばの話をするよ?もし、祥太郎さんが明日死ぬと知ったらどうする?」
「その時はそうならないように気をつけるに決まってるだろ?」
誰だって、死ぬと分かっていたらその未来を回避したいに決まっている。
もしくは、やり残したことが無いように努めるだろう。
「そうだね。普通は誰だってそうなるよね?」
「それと姉貴に何の関係があるんだ?姉貴は死なないんだろ?」
碧の話では姉貴は未来の森保を担う重要人物になっている。
決して死ぬわけでは無いのに、どうして未来を知ってはいけないのだろう?
「おば……歩美さんは今、必死なんだよ。森保に認められるために」
「それが何だよ?姉貴がようやく名実共に認められるんだぞ?」
俺には碧の言いたい事がいまいちピンと来なかった。
姉貴にとっては何よりも知りたい未来の筈だ。それの何がいけないのだろうか?
「歩美さんが未来を知ったら、歩美さんは今やってる研究を止めるかも知れない」
「……あっ!そうか」
そこまで言われて俺には碧の言っている意味がようやく理解できた。
姉貴は眼力が無いというコンプレックスがあるから研究に励んでいるのだ。
それなのに、そのコンプレックスが取り除かれると知ったらどうなるだろうか?
姉貴が研究を止めてしまったら、未来が変わってしまうかも知れないのだ。
「本当はあんまりパパに未来の事を教えちゃダメだってお姉ちゃんに言われてるの」
「え?お前、姉が居るの?お前、次女なの?」
碧がポロッと漏らした一言がものすごく気になった。
「あ~、一番言っちゃいけない事を言ったかも……」
「え?家族構成って言ったらいけない事なの?別に良いんじゃ?」
碧は未来から来た俺の娘なのは確かだろう。
しかし、なぜ未来の家族構成を俺が知ってはいけないのだろうか?
「家族構成を知ったら、パパはそれを意識しちゃうでしょ?それがマズいんだよ」
「……未来って、案外簡単な事で変わっちゃうんだな」
俺は未来とか運命とかは簡単には変えられないものだと勝手に思っていた。
しかし、碧の話を聞く限りでは本当に些細なことで未来は変わるようだ。
「あたしがやってるのはパパたちにあたしが見た絵を描かせるようなものだからね」
「しかも、その絵を描かせたくない奴らの妨害に遭いながらか?」
碧がやっている事の難しさと重大さを今更ながら思い知った気がした。
彼女は未来で見た自分だけが知っている風景を何も知らない俺たちに作らせている。
しかも、可能な限り寸分違わぬ風景を作らなくてはいけないのだ。
「……ちょっと、お話が過ぎちゃったかな?あたし、お風呂に入ってくるね」
「ああ……ゆっくりしておいで」
俺はこのままで本当に良いのだろうか?そう思わずには居られなかった。
未来から来た娘に頼りきりで自分たちは何も知らないまま、分からないまま。
未来とは本来、俺たちが自分たちの手で築き上げるものでは無いのか?
「……アレはどこに仕舞ったかな?錆びてなきゃ良いけど……」
俺はマグカップのぬるくなった緑茶を飲み干すと、おもむろに立ち上がった。
そして、ベッドを改造して付けた隠し収納スペースを調べた。
碧は脱衣場で服を脱いでいたから、俺の動きには気付かないだろう。
「……久しぶりだな?また、力を貸して貰うぜ?相棒」
俺が確認した感じではどこも壊れたり、錆びたりはしていなかった。
使い込まれて年季の入った俺の商売道具は最後に見た姿のままだった。
まさか、これを人間相手に使う日が来るとは考えても見なかった。
「何かガチャガチャ聞こえるけど何してるの?」
「仕事の準備さ!」
「仕事?パパ、仕事なんてしなくても良いでしょ?」
脱衣場で碧がそんな事を言っていた、俺にだってやるべき仕事くらいある。
碧が俺を守ってくれたように、俺だって碧が来た未来を守ってやりたい。
あの子がママやお姉ちゃんから怒られないようにしなくちゃいけない。
「祥太郎、しっかりしろ。一世一代の大仕事だぞ?」
俺は目を閉じて自分に言い聞かせた。未来は与えて貰うものでは無いのだと。
祥太郎が決意を固めている頃。
「……以上が土屋少佐からの指示です」
「そうですか。分かりました」
佐々木から任務の内容を聞いた金子恵はうなずいた。
金子に下された命令は『祥太郎・ワトソンの拠点を見つける事』だ。
「作戦はいつ決行ですか?」
「土屋少佐は『確実に敵の拠点を見つけ出せ』との事です」
「つまり、私の裁量に任せる……と?」
土屋を含め、この時代にやって来た未来人は最初五人だった。
しかし、碧の戦力を測るために二人が殉職したので今では三人しか居ない。
戦力を無駄遣いする余裕はどこにも無かった。
「はい!金子中尉に一任するとのことです。しかし……」
「分かっています。時間はあまりないのでしょう?」
時間が無いとは祥太郎が未来の妻と出会うまでの時間が無いと言う事だ。
祥太郎が貴族の館に囲われてしまったら、この戦力では手出しできない。
しかも、未来人達はその正確な時期を誰も知らないのだ。
「正直、自分はなぜ金子中尉にこのような任務が出されたのか理解に苦しみます」
「それは私が衛生兵だからですか?」
実は金子は戦闘員などでは無かった。彼女は衛生兵だった。
衛生兵である彼女は偶然、遺伝子改造手術に成功したからここに居るのだ。
「金子中尉だって、何も分からないワトソンを殺すのは気が進まないのでは?」
「確かに私には一般人であるワトソンさんと一戦交えるのは抵抗があります」
ワトソン、つまり祥太郎は軍人でも軍属でも無い。
ただ、彼が吸血鬼の貴族に眼力を提供した事が問題なだけだった。
それを殺すのは心優しい金子にとって、納得の行くものでは無い。
「やはり、少佐に進言して金子中尉は……」
「佐々木少尉、いくら衛生兵でも私も立派な軍人です。覚悟は出来てます」
金子は自分の右手を左手で強く握った。それを見た佐々木はやるせない気持ちだ。
金子が無理をして気丈に振る舞っているのは明らかだった。
「少尉は私の記録をしっかりと残して下さい。お願いしますね?」
「……それは、誓って」
佐々木にはそれ以上は言えなかった。
自分たちにはもう、後が無いのだと分かっていたからだ。
自分たちがしくじれば、人類の未来は闇に閉ざされてしまう。
翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた。
こんな気持ちで朝を迎えたのは、高校受験の日以来だろうか?
「……」
俺はカーペットの上から、ベッドで眠っている碧を横目で見た。
彼女の枕元では、どこかの病院からくすねてきた輸血パックが空になっていた。
「人間から直接血を吸うなんて、そんな下品な事しないよ!!」
と碧が昨夜言っていたのを思い出した。吸血にも上品下品があるのだな。
彼女が言うには人間から直接吸血するのは山羊から直接乳を飲むくらい下品らしい。
「そんな事するの、ペーターくらいだよ!!」
と彼女は顔を真っ赤にしながら怒っていた。そんなに恥ずかしい行為らしい。
人間の俺にはいまいち理解できない感覚だったが、ちょっと悪いことをしたな。
「……朝飯でも作るか」
俺は起き上がるとキッチンの方へと歩き出した。
昨日までほとんど空だった冷蔵庫は今では、隙間無く食料品が入っている。
今年が終わるまで残り数日しかないから、競馬の賞金を使って多めに買ったのだ。
「俺が作る朝飯も未来に影響するんだろうか?」
そんな事をふと思ったが、考えても答えは出なかった。
俺は卵と切れてるベーコンと冷凍ほうれん草を引っ張り出した。
「……もうちょっと、何か工夫した方が良いのかな?」
「別に良いと思うよ?未来でもパパはしょっちゅうそれ作ってたし」
卵を割る俺の後ろから碧の声が聞こえた。どうやら起こしてしまったらしい。
それとも、碧も不思議と早起きしただけだろうか?
「すまん、起こしたか?」
「ううん、普通に起きただけだから大丈夫だよ」
碧は俺から借りているパジャマを脱ぐと、一張羅に着替えた。
彼女と俺が初めて出会った日から着ている黒いウエディングドレスみたいなヤツだ。
「パパこそ今日は早いね?何かあったの?」
「ちょっと、気持ちの持ちようが変わっただけだよ」
本当はそれすら未来に影響を与えるかも知れない事柄だ。
未来から来た碧としてはあまり嬉しい出来事では無いだろう。
「ふ~~ん、気持ちの持ちよう……ねぇ」
「そんな事より碧お前、それどうすんだよ!?」
俺は彼女の枕元にある空の輸血パックをフライ返しで指し示した。
あんなもの、何ゴミに出せば良いんだよ。って言うか普通に捨てて良いのか?
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