第13話
「……じゃあ、ハグして!」
「ハグ?そんなアメリカ人みたいな……」
そう言えば、碧は有馬記念に行く日も俺にハグを求めてきた。
この人はどうしてそんなにまでハグを求めてくるのだろうか?
「アメリカじゃないよ。イギリスと日本のハーフだよ」
「いや、そんなの俺には区別着かないし……」
アメリカ人とイギリス人にどんな違いがあるのか、正直よく知らない。
ただ、両者を混同すると怒られるのだけは分かっている。
「全然違うんだけどなぁ。まあ良いや、早くハグして!」
「……そう言うのってもっと親しい人とするものじゃ無いのか?」
あっちでハグがどんな感覚で交わされているのか俺は知らない。
しかし、日本では出会って一週間くらいの相手を抱擁したりはしない。
「あたしだって誰とでもハグするわけじゃ無いよ!!」
「そうなのか?じゃあ、何で俺としたがるんだ?」
碧には感謝しているし、信用だってしている。信頼だって寄せている。
しかし、それでも異性を抱擁するというのはちょっと戸惑うものだ。
「負けたくせに言い訳なんかしない!ほら、早く!!」
「……分かったよ」
俺は渋々、目の前の美女を抱きしめる事にした。
美女を抱くなんて、普通だったら羨ましい限りのシチュエーションだ。
しかし、俺はなぜか碧に対して下心が働かなかった。
「ほら、こんな感じか?」
「もっと強く抱いてよ!こんなソフトタッチじゃ全然足りないよ!!」
俺はそう碧に抗議されて、腕に力を込めた。
碧に胸が俺の胸板に押しつけられ、形を変えながら柔らかい感触を伝えてきた。
そして鼻孔に碧の髪から放たれる、フローラルな香りが入ってきた。
「そうそう、この感触が欲しかったの」
「……はぁ」
にも関わらず、俺の身体も心も通常モードのままだった。
おふくろか祖母にでも抱きしめられているような、そんな感覚でさえあった。
「……何も感じない?」
「ごめん、お前に魅力が無いわけじゃないんだ。ただ、何か……妹みたいだなって」
俺は自分の内にある正直な気持ちを碧に伝えた。
これだけ密着して何も感じないなんて、失礼にも程がある話だが。
「ううん、それで良いんだよ。それが当たり前だよ」
「ん?」
俺には彼女の発言の意図が良く分からなかった。
碧はどうしてそんな事を言うのだろうか?
「あたしは祥太郎さんの事が好き!」
「どうしたんだ?いきなり」
なぜか何の脈絡も無く、急に碧から告白されてしまった。
そんな事を言われても、俺には碧の気持ちに応えてあげられない。
「でも、この『好き』はそう言う好きじゃ無いの」
「何が言いたいんだ?訳が分からないんだけど?」
好きだけど好きじゃ無いって何?そんな矛盾した事、言われても理解に苦しむ。
多分、禁則事項だから言えないのだろうが碧は俺に何を伝えたいのだろうか?
「それは祥太郎さんも同じでしょ?あたしの事、好きだけど好きじゃ無いでしょ?」
「……好きだけど好きじゃ無い?」
そこまで言われて、俺には何となく彼女の言いたい事が分かった気がする。
俺が彼女に感じていた親近感や彼女に感じない異性としての感覚。
そして、俺の生き死にが碧に直接関係すると言う事。
「祥太郎さんはあたしが必ず守ってみせるから!大切な人だから」
「……いや、ダメだ。それじゃあ」
碧と出会ってから俺には、ずっと胸の内に渦巻くモヤモヤがあった。
碧は俺の借金を帳消しにして、俺をお金持ちにしてくれた。
そして彼女は未来から来た刺客から俺を守り、俺の孤独を埋めてくれた。
「碧、お前には感謝してるよ。でも、それじゃダメなんだ!」
「ダメってどうして?あたしは祥太郎さんに幸せになって欲しいよ?」
碧は言った。未来の俺は妻から大切にされて安全に暮らしていると。
今の俺は碧に守られ、そして次はまだ見ぬ妻に守られる。
それでは俺はその人たちから『何もするな』と言われているのと同じだ。
「お前や母さんに幸せにして貰ってちゃ、俺はダメなんだ!」
「祥太郎さん?でも、人間の祥太郎さんじゃ……」
俺は求める未来、俺が見たい未来はそんな宝箱の中の宝石のような生活じゃ無い。
俺は自分の能力を認められ、お荷物じゃ無いと証明したいのだ。
「お前や母さんに比べたら俺は非力かも知れない。でも、俺はお飾りじゃ無いんだ」
「あたしの正体が分かるの?」
碧がこの時代に現れてから、少しずつ兆候は見えていた。
碧が現れてから、時折妙なニュースを目にすることがあった。
それは『輸血パック、盗難に遭う』と言うニュースだ。
「……俺、分かったんだ。お前が何なのか」
「いつから気付いたの?」
輸血パックが盗まれたというニュースの一つ二つでは何の問題にもならない。
しかし、それ以外の事を総合的に見ていくとある可能性が示されてくる。
「最初に怪しいと思ったのはお前が夜道で俺の顔をハッキリと認識してたところだ」
「つまり、最初の辺りってことか」
街灯もろくに灯ってない夜道で人の顔をハッキリと区別するのは視力が要る。
つまり、碧には暗闇でもハッキリとものを見る目があるのだ。
「次に変だと思ったのはお前が現れてから輸血パックが盗まれるようになった事だ」
「……出来るだけ控えようとは思ってたんだけどねぇ」
輸血パックなんて、滅多に盗まれるような代物では無い。
それが、碧が俺の前に現れてから急にあちこちの病院から盗まれるようになった。
「そして、俺がコイツは人間じゃ無いと確信したのは結界を避けた事だ」
「格好良くジャンプして誤魔化したつもりだったんだけどなぁ」
碧は先日、狼男と戦うときに不自然な動きを俺に見せている。
彼女は俺が鳥居に張った結界をすり抜けず、ジャンプして回避したのだ。
「これらの条件を満たし、しかも高い身体能力を持つ種族は限られる」
「……バレちゃったんなら、仕方ないね」
俺は一瞬ためらったが、自分の中の答えを口に出すことにした。
それを聞いた碧が何をするかは、全く予想がつかなかった。
「お前は吸血鬼の『貴族』だな?」
「そうだよ。あたしは吸血鬼族の貴族だよ」
碧はあっさりと認めた。そして、それ以外は特に何もしなかった。
口封じをしようともしないし、記憶を消そうともしない。
「何もしないのか?正体がバレたんだぞ?」
「例え正体がバレても、あたしにとって祥太郎さんが大切なのは変わらないからね」
目の前の吸血鬼族の貴族はいたって穏やかな口調で受け答えしている。
ちなみに『貴族』とは吸血鬼族の上位の個体の事で非常に高い戦闘能力を持つ。
「お前の母親、つまり俺の妻も貴族なんだな?」
「な~~んだ、そこまで分かってたなら隠す必要は無いね?」
吸血鬼は命をつなぐために、人間の雄の協力が必要不可欠らしい。
つまり、俺と碧は実の親子と言うことになる。
「お前は俺が死ぬと自分は特に困ると言ったが、あれは自分が生まれなくなるからだ」
「そう、祥太郎さん……パパが死んじゃったらあたし消えちゃうの」
目の前に居る自分の娘がどうして俺に対して良くしてくれるのか、全て納得した。
俺だって、自分の先祖や親が消されそうになっていたら助けに行くからだ。
「俺がお前に何のやましい気持ちも抱かなかったのも……」
「父親が娘に反応してたらそれはマズいでしょ?」
碧は俺が自分を一人の女性と見ない事をあらかじめ分かっていたのだ。
俺が彼女に感じていた『妹のような感覚』は勘違いなどでは無かったのだ。
この子と俺は、血のつながった紛れもない実の親子だからだ。
「……お前は『眼力(がんりき)』が使えるのか?」
「うん。あたしは森保から眼力を受け継いでるよ」
碧の真紅の目が俺の黒い目を見つめ返していた。
そうか、吸血鬼でも眼力は受け継がれるんだな。俺は不思議な気分だった。
「あたしの『盲点に入る能力』はあたしの眼力の能力だよ」
「そうか、だからどこかで聞いた事があるわけだ」
盲点に入る眼力は実は何代も前に森保の家に確認されているのだ。
しかし、眼力は非常に多岐にわたるため俺も全部は記憶しておけないのだ。
「あの未来人達が俺の事をワトソンって呼ぶのは?」
「パパはワトソン家に婿入りして『祥太郎・ワトソン』になるからだよ」
どうやらワトソン家と言うのが俺の妻となる吸血鬼の家らしい。
吸血鬼の貴族は退魔師も手を焼く凶悪な魔族だと言う。
夫婦喧嘩したら殺されたりしないだろうか?
「待てよ。それじゃあ森保の家は誰が守るんだ?」
森保の家の現在の当主は俺の父親だ。そして、親父の子供で眼力を持つのは俺だけ。
つまり、本来であるならば俺が次代の森保の当主にならなくてはいけないのだ。
「森保の家はおば……歩美さんが守っていくよ?」
「姉貴が!?姉貴には眼力が無いんだぞ?どうやって守るんだ?」
森保の家を守ると言う事は眼力を次の世代に継承させていくと言う事だ。
しかし、姉貴には受け継がせる眼力が無いのだ。家を守るなんて無理だ。
「う~~ん。それは今、ネタバレするより後の楽しみにとっておいた方が良いかな?」
「後の楽しみ?姉貴に遂に眼力が発言するのか?」
兄貴が眼力を発言するのならば、それは森保にとって大きなニュースだ。
おふくろもおやじも、親戚筋だってきっと喜んでくれるはずだ。
それをお預けするなんて、この娘は誰に似たのだろうか?
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