第12話
「これか?」
俺は碧に指示されたとおりに小さな取っ手を引っ張ってみた。
「『インテーク!』」
「えっ!?」
取っ手を引っ張ると同時に、ベルトから音声が出て光り出した。
これって碧が必殺技を繰り出すときに出てる音声じゃ!?
「お、おい!これ、大丈夫なのか!?」
「大丈夫だよ。つまみを元に戻してみて」
「こ、こうか!!?」
俺は碧に言われるがまま引っ張り出した取っ手を元に戻した。
「『コンプレッション!!』」
「何だよこれ!?全然大丈夫じゃ無いじゃないか!!?」
「大丈夫だって、次はバックルの上に着いてるボタンを押してみて」
ベルトは重低音を奏でながら次の操作を待っている。
このボタン押して、本当に大丈夫なのだろうか?
「……」
俺は怖々、ボタンを押してみた。
「『イグニッション!!!』」
ボタンを押すとベルトのバックル部分が激しく回転し、強い光を放った。
まるでエンジンのような音をベルトは周囲に振りまいた。
「おぉぉぉおおお!!!???」
「どう?何か変わった?」
碧は平然としたまま、俺に感想を訊いてきた。
そんな事を言われたって、何が何やら訳が分からない。
「……別に何ともないけど?」
俺はかろうじてそれだけ答えた。
ベルトが激しくうなり、光り輝いたにも関わらず俺には何の変化も無かった。
ただ、間抜けな顔をして突っ立っているだけだったのだ。
「そうだろうね。面白かったでしょ?」
「面白いって、このベルトは何なんだ?これが強さの秘密じゃ無いのか?」
俺はベルトを外して碧に返しながら問うた。
ベルトを受け取った碧はベルトを装着しながら、俺に答えた。
「違うよ?これ、ただのおもちゃだもん」
碧が明かした真実に俺は呆気にとられた。
「……おもちゃ?」
俺は予想外の回答に間抜けな顔のままオウム返しをしてしまった。
え?おもちゃ?じゃあ、碧の繰り出してた必殺技って何だったの?
「そ!特撮番組に登場する変身ベルトのおもちゃなの」
「え!?嘘っしょ!!?じゃあ、今までのキックは一体何だったの?」
到底信じられなかった。ベルトに何の力も無いとしたら今までのは何だったんだ?
碧の一撃で相手を即死させるキックはどう言う原理で繰り出されているんだ?
「ただのキックだけど?」
「ただのって……普通のキックって事?」
碧はさも当然のように答えているが、あまりにも信じられない事実だった。
彼女は通常の蹴りで相手を即死させていた事になるからだ。
「そうだよ?このベルトはただテンションをあげるために付けてるの」
「絶対に嘘っしょ!?そんなのあり得るわけないっしょ!!?」
常識的に考えて信じられるわけが無かった。
こんな小柄な女の身であんな強烈な蹴りが繰り出せる筈が無い。
「そんなに信じられないなら、証明して見せようか?」
「証明って……何をする気だ?」
俺は猛烈に嫌な予感がして碧に問いを投げかけた。
まさか、この部屋の中であの蹴りを繰り出す気では無いだろうか。
「……これで勝負しよう」
「腕相撲?」
碧はこたつの上を片付けると、右肘をついて見せた。
その体勢は腕相撲、またの名をアームレスリングと呼ぶ力比べの体勢だ。
「まさかこんな小娘に力比べで負けるなんて事、無いよね?」
「……手加減は無しだぞ?」
俺はそう言って、碧の対面に着くと右肘をこたつの上にのせた。
手加減無しと言ったが、俺は本気を出す気が無かった。
「スタート合図はどうする?」
「祥太郎さんが出して良いよ?」
俺は碧の右手を握ると、ゆっくりと息を吸い込んだ。
碧の手は小さくて、とても鍛えているようには感じられなかった。
「じゃあ、ヨーイ……」
「……」
俺はゆっくりと右手に力を加えていった。
「……ドンっ!」
俺はこの時、碧が動くのを待とうと考えていた。
下手に力を加えて、彼女が怪我をしたら嫌だったからだ。
「……へ?」
「はいっ!あたしの勝ち!!」
しかし、そんな俺の目論見は一瞬ではずれた。
俺の右手の甲はあっけなくこたつに叩きつけられたからだ。
「どう?あたしの力、分かった?」
「ちょっと待て。もう一回やろう!」
俺はあまりの出来事に、たまらず碧にリターンマッチを申し込んだ。
さっきは力加減を間違えたんだ。今度はちゃんとやろう。
「ふふん。何回やっても同じだと思うけど?」
碧は不適な笑みを浮かべながら強者の余裕を見せつけてきた。
彼女の上がった口角から、犬歯が二本顔を覗かせていた。
「こんなの納得できるわけ無いっしょ!?」
「仕方が無いなぁ……もう一回だけだからね?」
碧は余裕の笑みを見せながらもう一度、こたつに右肘をついて見せた。
俺は邪魔くさい上着を脱ぐと、両膝をカーペットに着いた。
今度は絶対にまけない!俺は右肘をこたつの上についた。
「今度も祥太郎さんが合図して良いよ?」
「……用意……」
俺は全身の力を右腕に総動員させた。
左手でこたつの端をがっちり掴むと、全体重を乗せられるようにした。
大人げないとは思ったが、負けるわけには行かなかった。
「……ドンっ!!!」
俺は合図すると同時に、己の持つ全ての膂力を右腕に集約させた。
こんなに本気で腕相撲なんかしたのは、大学の飲み会以来だ。
「ぬぉぉぉおおお!!!」
「あれあれ?おかしいぞ~~~。全然動かないぞ~~~」
俺は間違いなく、全ての筋力を碧にぶつけているはずだった。
にもかかわらず、碧の腕はまるで石像の腕のように全く動かないのだ。
「……うそ……だろ……!?」
こんな華奢な細腕の何処にこんな腕力が秘められているのか理解できなかった。
そして、俺の右手の甲は再びこたつに付けられてしまった。
「はい!やっぱり今度もあたしの勝ちだったね?」
「どうなってんだ?これ」
俺には何が何やらさっぱり分からなかった。いや、一つだけ分かった事がある。
碧は何かで自分をパワーアップさせているのでは無く、素で強いのだ。
「じゃあ、何のお願いを聞いて貰おうかなぁ……」
「ちょっと待て!そんな話、無かったっしょ!?」
碧は知らぬ間に『負けた側は勝った側の願いをきく』と言うルールを追加していた。
しかし、そんなルール変更が認められるわけが無い。
「え~~!最初に言ったじゃん!!何でも言うことをきくって」
「いつ言ったよ!そんな台詞!!デタラメ言うんじゃありません!!!」
俺の台詞中にそんな台詞は、一度として登場していない。
いくら碧が強くとも、そんな一方的な要求を認めるわけには行かなかった。
「プロット段階では書いてあるよ!」
「変な事を言うんじゃありません!!しかも本文には書いてないっしょ!?」
一応、確認したが本文のどこにも一度もそんな文章は無い。
完全なるデタラメだ。
「むむむ……」
「何がむむむだ!」
碧は頬を膨らませて俺に抗議してくるが、俺は断固として願いを聞く気が無い。
この人は未来では一体、どんな態度で生活しているのだろうか?
「……何か急に色々教えてあげるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃったなぁ……」
「あっ!お前、そんな子供みたいな!!」
碧は親から叱られた子供のようにすねてしまった。
一体、親はこの人をどう教育したのだろうか?俺とそんなに歳、違わないだろ?
「あ~~あ、SNSでジョン・タイターの真似でもするか」
「分かったよ!何でもじゃないけど一つくらい言うこときいてやるよ!!」
俺は仕方なく、交わしてない約束を守ることにした。
俺にもし、娘が出来たら絶対にこんな女にならないように育てようと誓った。
「……本当?嘘つかない?」
「良識の範囲でならだぞ?」
俺には碧がどんなお願いをしてくるのか、予測不可能だった。
未来人の碧には現代人の常識が通用しない節がある。
とんでもないお願いをされる可能性は、充分にあった。
俺は固唾を飲んで、碧の言葉を待った。
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