第11話
祥太郎達が神社の境内から姿を消し、月の光が地面を照らし出した頃。
「火口軍曹から戦闘記録を回収しました」
「ご苦労」
二人の男が燃え尽きた狼男のそばに姿を現した。
それは以前、ライオン男を調べていた男達と同じ人物だった。
「……しかし、なぜ火口は一人で挑んだのでしょう?」
「父親の無念を晴らしたかったのだろう」
男達は二人とも黄色い瞳をしていた。それは間違いなく改造人間の証だった。
改造人間達は死んでいった仲間に思いをはせていた。
「父親?火口のですか?」
「清水は火口の実の父親だったんだ。軍に入隊する前に家族を捨てたがな……」
清水とは祥太郎を最初に襲ったライオン男の事だった。
ライオン男の清水は自分の息子に正体を隠したまま、接していた。
「清水は火口を戦わせないために、一人でワトソンに挑んだんだ」
「そうだったのですか。しかし、なぜ火口は父親の事を知ったのですか?」
ライオン男の清水は狼男の火口に水からの素性をひた隠しにしていた。
それなのに、なぜ火口は父親の事を知ったのだろうか?
「私が教えた。清水には悪いが、火口は知るべきだと思ったからだ」
「しかし、そんな事をしたから火口が一人で戦ったのでは?」
佐々木は上官の土屋の軽率さが理解できなかった。
土屋は普段、情に流されない冷静沈着な男だからだ。
「敵が『貴族』を送りつけてきた以上、データは一つでも大いに超したことは無い」
「……つまり、清水と火口を捨て駒にしたと言う事ですか?」
土屋には分かっていた。清水が火口の為に一人で戦う事も。
火口が父親の仇討ちの為に戦いに身を投げる事も。
「そう怖い顔をするな。貴族から人類を解放するのが我々の任務だ」
「……次は私と金子、どちらが行くのですか?」
二千二十五年に送られた改造人間は全部で五人だった。
そして現時点で二人死んでいるから、残りは三人だ。
「次は金子に行って貰う。金子にはワトソンの拠点を見つけて貰う」
「……了解しました」
佐々木は言葉を飲み込んで土屋の指示に従った。
土屋は月を見上げて笑った。
「夏子、お父さんが必ず助けてあげるからね?」
「……」
家で夕食を食べながら、俺は碧の事を見ていた。
目の前で食事をする彼女は俺の出したオムライスを美味しそうに平らげている。
「どうかしたの?祥太郎さん」
「いや、お前の事が少し気になってな」
俺は何気なくそう口にした。
命を助けて貰っているにも関わらず、目の前の女性を俺はあまりにも知らなすぎる。
「……え?あたしが気になるって……まさか!?」
「は?」
碧が急に変な顔をしたものだから、俺は何が何やら訳が分からなかった。
俺、何か変な事を言ったか?
「ダメだよ祥太郎さん!!いくらあたしが魅力的だからって……」
「違うから!別にそう言う意味で言ったんじゃ無い!!」
どうやら碧は俺が自分に恋愛感情を抱いたと勘違いしたらしい。
残念ながら、俺は彼女に対してまったくと言って良いほど恋愛感情を抱かない。
「そうだよね。祥太郎さんがあたしに対して変な気持ちを持つわけが無いよね?」
「ああ。何でだか分からないけど、お前をそんな風に見れない」
別に碧が女性として魅力が無いわけでは無い。
整った顔立ちでプロポーションもかなりの高水準だ。
もし、彼女と道ですれ違う人が居たらほぼ全員が振り返るだろう。
それにも関わらず、俺は碧を一切そう言う目で見られなかった。
「で?あたしの何が気になるの?」
「俺ってお前の事を何も知らないんだなぁって思ったんだ」
碧は俺の事を色々と知っている様子だが、その逆に俺は碧を知らない。
彼女は未来でどのような生活を送っていたのかも知らない。
「あたしの事を教えて欲しいって事?何を知りたいの?」
「お前って、未来でどんな生活をしてたんだ?」
碧から教えられた未来では、人類は核戦争をおっぱじめ半数が死んでしまう。
おそらく、テクノロジーや生活水準だって大きく後退したはずだ。
「……未来でのあたしの生活か……」
「どんな事でも良いんだ。俺にお前の事を教えてくれ!」
碧は何から説明しようか悩んでいる様子だった。
狭い部屋の中で、ファンヒーターの音だけが妙に大きく聞こえた。
心なしか、外から入ってくる音も小さいように感じられた。
「あたしは未来では所謂管理職なの」
「管理職?つまり、どこかの会社に所属してるって事か?」
碧は見た感じ、年齢がわかりにくい女性だが俺と大きくは違わないだろう。
その年で管理職なんて、大したものだ。
「ううん、会社じゃないの。牧場を経営してるの」
「へ?牧場?牧場の管理職って事か?」
俺には碧が牧場で牛や馬、豚の世話をしている様子がイメージ出来なかった。
何の因果で牧場の人が過去に送られるのだろうか?
「そう、牧場の管理をしてるの」
「……って言う事は経営者って事か!?てっきり中間管理職のことかと……」
どうやら、俺の想像は大きく外れていたらしい。
碧は中間管理職では無く、牧場の経営者をしているらしい。
だったら管理職なんて言わないで経営者って言えば良いのに。
「ああ、そうか。この時代じゃ管理職って言うとそういう意味になるのか」
「未来じゃ経営者の事を管理職って言うのか?」
時代と共に、習慣や言葉の意味は少しずつ変わっていくものだ。
しかし経営者を管理職と呼ぶだなんて、妙な話だ。
だったら、中間管理職は何と呼ぶのだろうか?
「う~ん、未来じゃこの時代みたいな『株式会社』って無いんだよねぇ……」
「そうか、戦争で政治も経済も滅茶苦茶になるから言葉の意味も変わったのか!」
株式が存在しない世界と言う事は今のような経営体制では居られない。
その結果『管理職』と言う言葉が持つ意味さえも変わってしまったのだ。
「まぁ、そんなところだね。あたしは未来で牧場主をやってるの」
「牧場主って儲かるのか?」
すごく勝手なイメージだが、牧場の経営者ってあまり儲からなそうな気がする。
もちろん、上手く行っている牧場もあるとは思うけど。
「未来じゃ『儲かる』って考え方はあんまりしないんだよね。必要な分だけ作るから」
「そう言えば前に『必要なものを必要な分だけ作る』って言ってたな」
どうやら未来では『資本主義経済』は破綻してしまったらしい。
その結果、皆に均等に資本が行き届く『共産主義経済』が台頭しているのだろう。
「うん。あたしの牧場でも必要以上に増えないように常に管理してるの」
「なるほど。つまり碧は家畜を管理する『管理職』と言うわけか」
その説明で、なぜ経営者の事を『管理職』だなんて呼ぶのか納得が行った。
未来はエネルギーも食料も全て『管理』しているからだ。
「その牧場主がどうして過去なんかに送られたんだ?」
碧が未来の世界でそれなりの地位に居ることは何となく分かった。
しかし、それがどうして過去へやって来なくてはいけないのだろうか?
「それは、過去を守る事があたしを守る事につながるからね」
「でも、それって未来に居る人全員に言えることじゃないのか?」
確かに碧の言うとおり、未来人の手によって俺が殺されれば未来は変わる。
しかし、それは何も碧だけに限った事では無いはずだ。
「う~ん、説明出来る範囲だけで説明すると過去が変わるとあたしは特に困るの」
「……それってあんまり説明になってないような気がするぞ?」
碧には未来に関する守秘義務がある。俺にあまり多くの事を教えられないのだ。
しかし今の説明ではとても納得できないし、何も分からない。
「あたしには過去に行ってでも守りたいものがある。それだけだよ」
「守りたいもの?」
碧の守りたいものって何だろうか?碧は何のために戦っているのだろうか?
もし、俺が過去に行くとしたら何のために行くだろうか?
「あとはあたしは強いし、人目に触れにくいからね」
「お前の強さの秘密ってあのベルトにあるのか?」
碧は戦うとき、決まって腰に巻いたベルトを操作しながら戦う。
ベルトには何やら機械や器具がごちゃごちゃ取り付けられている。
あのベルトは未来の技術で作られた補助装置のようなものなのだろうか?
「これ?付けてみる?」
「え?良いの?」
碧は自分の腰に巻いていたベルトを取り外すとそのまま俺によこした。
ベルトを持つ指は細くて白くて、爪がやたら長い点を除けば綺麗な指だった。
「ベルトを腰に当てながら両端の金具をはめるんだよ?」
「こうかな?」
俺は碧に言われた通りにベルトを装着してみた。
ベルトはあっけなく俺の胴体に巻き付き、落ち着いている。
「どう?」
「どうって言われても、何も感じないけど?」
碧から借りたベルトを装着しても、俺の身体には何の変化も無かった。
ただ、若干の重みを腰に感じるだけだった。
「その右の方に着いてる取っ手を引っ張ってみて?」
碧はベルトのバックル部分に着いている取っ手を指さした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます