第10話
「挟み撃ちにするぞ?」
「……」
俺の意図を理解したのか、碧は俺から離れて行く。
俺自身は前回と同じように、人目につかない場所まで追跡者を案内するつもりだ。
「……」
碧と分かれた俺はエコバッグを持って黙ったまま歩き続けた。
この先に、滅多に参拝客の訪れない寂れた神社があったはずだ。
「そんなに殺気出してたら尾行の意味ないっしょ?」
神社の境内に入った俺は追跡者に声をかけた。
鳥居をくぐる前に簡易的な結界を張ったが、追跡は歯牙にもかけなかった。
「……いつから気付いていた?」
「スーパーを出たところからだよ。お宅らは尾行に向いてないと思うよ?」
フードを深く被った男は黄色い目で俺を睨んでいた。
昨日のライオン男によく似ているが、今回はかなり若いようだ。
「こっちもいくつか訊きたい事があるんだ。お宅らは何で俺を狙うんだ?」
「……お前さえ居なければ……優子も親父も……っ!!」
男はそう言うと、身体を震わせながらうめき声をあげ始めた。
身体は獣毛で覆われ、鋭い爪や牙が備わった。昨日と同じように変身したのだ。
「昨日はライオンで今日はオオカミか……バリエーション豊かだな」
「ウォォォオオオン!!!」
狼男は雄叫びを上げた。空気が振動し、耐えられなかった掲示板のガラスが割れた。
俺もこんな至近距離で雄叫びを聴いたものだから、耳が痛かった。
「……ワトソォォォン!!!」
「だから俺はワトソンじゃ無いって!本物のワトソンは後ろに居る!!」
「っ!?」
狼男は後ろ近付く影に気が付いたがもう遅かった。
狭い空間で挟み撃ちにされてしまって居るのだから、対処のしようが無い。
「碧!今だ!!」
「待ってました!!」
碧は鳥居を飛び越えるとそのまま狼男めがけてドロップキックを繰り出した。
でもドロップキックするんだったら、鳥居をくぐる意味って無かったんじゃ?
「『イグニッション!!!』」
碧のベルトが昨日と同じように電子音を奏でるとバックル部分が回転した。
やっぱり、あのベルトに何か秘密があるらしい。
「ぬんっ!」
しかし、碧の攻撃を狼男は難なく回避して見せた。
碧の事が見えていないはずなのに、どうして彼女の攻撃を避けられるんだ?
「……流石はオオカミの獣人だね。簡単には行かないか」
「碧!ヤツにはお前が見えて無いんじゃないのか!?」
狼男は俺と碧に挟まれたまま俺を睨み続けている。
後ろから飛んでくる碧の蹴りを回避するなんて、不可能じゃ無いか?
「相手はオオカミだからね。臭いや音で分かっちゃうんだよ」
「……そうか、だからコイツらはライオンやオオカミに変身するのか」
一般的に、ライオンやオオカミの持つ嗅覚や聴覚は人間より遙かに鋭い。
これならば、例え目が使えなくとも相手の居場所が分かってしまうのだ。
「でも、それってつまり敵はお前みたいなのが来るって分かってたのか?」
「あたしだけじゃなくて『眼力』全般を警戒してるんだと思う」
碧の言う眼力(がんりき)とは森保の家に代々伝わる特異体質のことだ。
眼力には多種多様な能力者が居るが、全て目に関する能力だ。
俺の能力も、視覚に作用する能力だ。
「……つまり『対眼力用の暗殺者』って事か」
俺はそれでなぜ森保の本家が一夜で壊滅したのか納得が行った。
この獣人は目以外の感覚器官を強化した改造人間なのだ。
だから、そんな奴らにとって目に作用する眼力は効果が薄いのだ。
その結果、切り札を封じられた森保の本家は壊滅したのだ。
「逃がさんぞ!ワトソン!!」
「……まるで追い詰めたみたいな物言いだな。誘い込んだのはこっちっしょ?」
しかし、俺だって何の対策も講じていなかったわけでは無い。
前回のライオン男のようなヤツが来ても大丈夫なようにはしてある。
「コイツでも食らいな」
「!?」
俺はポケットに忍ばせてあった、千円札くらいのお札を取り出した。
この道具は、俺たちが買い物に出掛ける前に用意しておいた道具だ。
俺はそのお札を狼男に向かって投げると祝詞を唱えた。
するとお札から縄が飛び出し、生き物のように狼男に巻き付いた。
「何だ!?何だこれは!!?身体が!!!」
「どうだ、動けないだろう?コイツは退魔の道具の一つだ」
さっきのお札は魔族を拘束するための退魔の道具だ。。
あのお札の中には『くちなわ』と言うロープが封じ込められている。
攻撃力はないけど、動きを奪ってしまえばあとは何とでもできる。。
「くそっ!?くそっ!!?身体がぁ!!!」
「碧!今だ!!」
魔族の中にはとても力が強い魔族も珍しくない。
しかし、くちなわは女性の髪で作られた特殊な縄でちょっとやそっとでは切れない。
青いばかりを警戒して、俺を甘く見ていたせいで反応が遅れたのだ。
「『インテイク!』」
碧はさっきと同じようにベルトを操作し始めた。
ベルトを操作したという事は、必殺キックを出すと言う事だろう。
「『コンプレッション!!』」
「っ!?」
狼男は碧のベルトの音に気が付いたようだが、碧の所在を掴めずに居る。
なぜなら視界は奪われ、縄で動きを奪われたせいで対処できる状態では無いからだ。
「『イグニッション!!!』」
「……ライダー、キック」
碧は狼男めがけて強烈なドロップキックをたたき込んだ。
ドロップキックをもろに受けた狼男は境内の大きな銀杏の木に打ちつけられた。
肋骨は陥没し、背骨も折れ曲がっている。アレは絶対に死んだに違いない。
「……」
そんな事を冷静に観察していると、狼男の身体が青く燃え始めた。
昨夜のライオン男と言い、コイツらは死亡すると青く炎上するようだ。
「やったな、碧」
「パ……祥太郎さん、結界なんて張らないでよ!」
碧は俺に文句を言いながらベルトを操作した。
ベルトが『エグゾースト』と言いながらパシュッと排気音を奏でた。
「本当に結界が効かないのか確かめたかったんだ」
「効くわけ無いでしょ?改造してあっても人間なんだから」
俺たち退魔師は破魔の結界を操る事が出来る。
これを使って、魔族を閉じ込めたり魔族から身を守ったりする。
「改造人間なのか?コイツらは」
「そうだよ?未来で遺伝子をイジられた改造人間なんだよ」
俺はてっきり呪術や魔術の類いで変身しているのかと思った。
俺は職業柄、遺伝子工学よりもそっちの方が親しいからだ。
「コイツらから何か情報とか得られないかな?」
「それは難しいと思うよ?それを防ぐために燃えてるんだから」
俺たちは燃えている狼男を見ながらそんな事を言っていた。
どんな小さな手がかりでも良い、コイツらの事を知りたかった。
「……」
「ちょっと、祥太郎さん!」
俺は燃えている狼男に近付くと口の中に手を突っ込んだ。
そしてその手を素早く引き、目的のものを採取した。
「何を採ったの?」
「唾液だ。科学者の姉貴なら何か調べられるかも知れない」
コイツらがどんな原理で燃えているのかは分からないが、唾液なら残せるだろう。
姉貴なら、唾液から血液型くらいなら突き止められるかも知れない。
「歩美さんに頼るの?」
「ああ、俺の知り合いで科学に一番詳しいのは姉貴だけだ」
姉貴は自分に眼力が備わっていないと知ってから、退魔師の道を捨てた。
科学をひたすら探求し、今では世界的な科学者となって見せた。
「さて、やるべき事はやった。碧、急いで帰ろう」
「そうだね。ここに居たら次の敵が来ちゃうからね」
俺たちは目立たないように、その場を後にした。
残りの敵が何人居るか知らないが、一人ずつ対処する以外に無かった。
「……今日のご飯は何?」
「今日は焼き餃子と中華スープだ。餃子が溶けてないと良いけど……」
俺は自分の左腕にぶら下げたエコバッグの中身を心配しながら碧と歩いた。
死闘を演じた割に平然としているのは、いつもこんな仕事をしているからだろう。
「あたし餃子は断然、酢と胡椒派だから!」
「おっさんみたいな趣味だな!?お前」
俺たちは西に傾いた太陽の元、ボロアパートへの帰路についた。
森保の本家が頼れない以上、あそこが俺たちの最終防衛拠点だった。
「……どうかしたの?祥太郎さん?」
「いや、かなりヤバイ状況なのに俺たちってのんきだなと思って」
自分でも不思議なくらいに俺には危機感が無かった。
この変な女の人と一緒だったら、何とかなるような気がしていた。
そう言えば俺って碧の事、ほとんど知らないような気がする。
碧って一体、何者なんだろう?
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