第9話

「俺の子供が関係しているのは分かったけど、どうして妻じゃ無くて俺なんだ?」

 碧の説明では未来の人類を俺の子供が率いるから俺を殺そうとしている。

 しかし、それだったら俺じゃ無くて母親の方を殺せば良いのでは?

 母親が強い力を持っているから、俺の子供も強い力を持っているらしいし。

「……それは多分無理だよ。マ……奥さんは何重にも警備されてるし」

「でも、俺が死んだってその人は他の男と結婚するだけじゃ無いのか?」

 どうして未来人が俺にこだわるのか、いまいち分からなかった。

 俺を始末したって、代わりなんていくらでも居るだろうに。

「それがそうじゃないんだな。誰とでも子供を作れるわけじゃ無いから」

「ん?俺の奥さんは何か特別な事情があるのか?」

 碧が言うように、誰とでも子供が作れる訳じゃ無いなら説明はつく。

 俺の奥さんは妊娠しにくい体質なのかも知れない。

 それなら、俺を始末すれば奥さんは子供が作れなくなってしまう。

「う~ん、これ以上は流石に教えられないかな?未来が変わるかも知れないし」

「……その秘密を知ったら、俺がその人と結婚しないかも知れないって事か?」

 どうやら、俺の奥さんはよほどの秘密を隠しているらしい。

 少なくとも、秘密がバレたら俺がその人を避けるくらいには。

「心配しなくても祥太郎さんはちゃんと幸せになれるよ?」

「……」

 碧は俺は幸せになれると言ってくれたが、どうにも納得できなかった。

 そんな重大な秘密を持った人と、本当に上手くやっていけるか心配だった。

「……一つだけ訊いて良いか?」

「何?」

 俺は碧にどうしても確認しなくちゃいけない事があった。

 それを教えて貰えない事には、未来人と戦う決心がつかなかった。

「未来での人類は幸せに生きてるか?」

「う~ん、難しい質問だね。幸せって一言に言っても色々あるからね」

 碧は顎に手を当てて俺の質問への回答を考えていた。

 核戦争の後なのに人類が幸せに生きていける筈は無いのだが。

「少なくとも飢えたり住む場所が無かったり貧困にあえぐ人は居ないかな?」

「……そうなのか?戦争の後だろ?」

「それだけ祥太郎さんの子供達が頑張ってるんだよ」

 碧は俺に屈託の居ない笑みを浮かべて見せた。

 根拠ゼロだが、俺はその笑顔を信じてみようと思った。


 碧から未来の事を少しだけ教えて貰った俺は出掛ける事にした。

 目的は今日食べる食材の買い出しだ。

 しかし碧に忠告された通り、目立つまねはしない様に気をつけた。

「……のどかだなぁ」

 スーパーマーケットへ向かう道を歩きながら、俺はそう漏らした。

 道ですれ違う人たちは、正月の準備に忙しくてたまらないという様子だ。

 とても昨夜ライオン男が殺され、森保の本家が襲撃されたとは思えなかった。

「仕方ないよ。一般人には森保家の事とか未来人とか関係ないからね」

「それはそうなんだろうけどさぁ……数年後に戦争が始まるんだろ?」

 碧がやって来た未来では五年くらいしたら、核戦争が始まるらしい。

 つまり、こうやって居られる時間は残り少ないと言う事だ。

「祥太郎さん、日本は今は平和だけど世界レベルで見たら戦争は続いてるんだよ?」

「……いつ世界大戦が始まってもおかしくないって言いたいのか?」

 確かに碧の言うとおり、世界のどこかでは戦争の真っ最中だ。

 俺たちはそれを都合良く見ないようにしているだけなのかも知れない。

「こうやって平和を享受できるって、実は幸せな事なんだよ?」

「その影で人類の未来を左右する戦いが起きててもか?」

 碧は俺の後ろにぴったりとくっついて歩きながら話していた。

 なぜ彼女は俺の隣に並ばないのだろうか?

「何だってそうだよ。知らないから平穏で居られるんだよ」

「知らない事が幸せな事だって言いたいのか?」

 世の中には知れば驚くような真実が無数に隠されている。

 しかし、俺たちはそれを知らないから日常を送っていられるのだろう。

 例え、それが後数年で人類の半数が死ぬとしても。

「ところでさ、何でさっきからお前は俺の後ろをついて回るんだ?話しにくいだろ?」

「う~ん、あたしが祥太郎さんの隣に並ぶと通行人とぶつかるかも知れないからね」

 碧は何を言っているのだろうか?通行人とぶつかる?何で?

 確かに皆、忙しそうに歩いているがこんなに目立つ女とはぶつからないだろ?

「そんなわけないだろ?皆ちゃんと避けてくれるって」

「多分、祥太郎さんにしかあたしの姿は見えてないと思うよ?」

「え?」

 碧は俺にしか見えてない?何でそんな事が言えるんだ?

 もしかして俺は『イマジナリーフレンド』でも見ているのか?

 しかし、それではあの十億円の説明がつかない。


「あたしは人から見えなくなる能力があるの」

「……姿を消す能力か?」

 俺には碧の持つ、姿を消すがにわかには信じられなかった。

 姿を消す能力と言うのは、非常に珍しい能力だからだ。

「ちょっと違うかな?あたしの能力は『盲点に入る能力』なの」

「盲点?って事はお前の能力は目に関する能力なのか?」

 人間の目には『盲点』と呼ばれる見えない場所がある。

 盲点なんて普段は全然意識していないし、常に視線は動くから問題にならない。

「……その話はまた今度にしよっか?」

「いきなり話題を終わらせたな。それも『禁則事項』なのか?」

 碧が不自然に話題を終わらせようとしてきたので、俺には察しがついた。

 彼女の能力は所謂『切り札』と言うヤツなのだろう。

「そんな事よりもこの時代のお正月ってどんなのなの!?」

「……この時代のお正月か?そうだな日本じゃ……」

 碧はこれ以上自分の能力に関する話題をする気が無いらしく、強引に話題を変えた。

 追求する事も出来ず、俺は仕方なしにお正月の話題に切り替えた。

 でも盲点に関する能力って、昔に聴いた事があるような気がする。

「何でおもちの上にミカンなんか乗せるの?」

「ミカンじゃ無いよ、橙(だいだい)だよ。子孫が繁栄するようにって願掛けなんだ」

 碧は鏡餅の上に乗ったプラスチック製の橙を見て俺に尋ねた。

 スーパーマーケットには鏡餅が山のように積み重ねられていたのだ。

「その家が代々続きますようにって事?親父ギャグみたい」

「韻を踏んでるだけっしょ!?日本にはこう言う言葉遊びが結構あるんだよ」

 碧はスーパーマーケットの中を物珍しそうに見て回っていた。

 やっぱり、彼女の来た未来にはこう言う光景は無いのだろう。

「何か目移りしちゃうね?こんな風に食べ物とかが並べてあるの初めて見た」

「……未来じゃこんな景色は無いのか?」

 こんな風に買い物客や商品がごった返しているのは、俺からしたら見慣れた光景だ。

 しかし、未来ではそんな光景は見られない物らしく、少し寂しさを感じた。

「未来じゃ必要な物が必要な分だけした置いて無いからね。過不足が無いように」

「……」

 俺はその言葉を聞いて、何となく未来の姿が見えた気がした。

 未来では残った人類が平等に資源を分け合う管理社会なのかも知れない。

 だから飢える人も家が無い人も居ないのだろう。


「祥太郎さん、どうかしたの?」

「……未来の生活って楽しいか?」

 俺は何気なく碧にそう尋ねていた。別に彼女がどんな生活を送っていても関係ない。

 その筈なのだが、俺は彼女には楽しい人生を送っていて欲しかった。

「うん、仕事は忙しいけどそこそこ楽しいよ?あたしにはペットも居るし」

「ペット?ペットなんて飼う余裕があるのか?」

 俺が予想していた未来図は荒廃した世界で人々が細々と生きる世界だ。

 しかし、ペットなんて飼う余裕があるなら以外と豊かな世界なのかも?

「皆がじゃ無いよ?あたしみたいな特権階級だけが飼えるの」

「え?お前、特権階級だったのか?なのに何で過去になんて来たんだ?」

 助けて貰っている俺が言うのも何だが、この任務はキツい仕事だと思う。

 そのキツい仕事をどうして特権階級がするのだろうか?

「他の連中には任せられない仕事だったからね。あたしに直接関係ある事だし」

「お前に直接関係ある事?何だよそれ?」

 俺はセルフレジに並びながら碧と会話を続けていた。

 幸い、他の客は自分の用事に忙しいらしく俺たちの会話には気付いていないようだ。

 見えない碧と会話する俺は、端から見たらかなり怪しい事だろう。

「禁則事項です!」

「……またそれかよ」

 俺はおもちやかまぼこ等の食材をマイバッグに収めると歩き出した。

 煙に巻かれた気分だが、碧がそこそこ幸せなのが分かって良かったと思っていた。

「!?」

「……祥太郎さん」

 しかし、スーパーから出た俺たちは自分たちに向けられる視線に気付いた。

 俺たちはその視線に気付かないふりをしながら、視線の主を探した。

「……相手からはお前の事って見えてるのか?」

「目で見るのは無理だと思う。耳や鼻はごまかせないけど……」

 俺たちはわざと家とは逆方向に歩きながらひそひそと会話を続けた。

 幸いにも俺はマスクをしていたから、口の動きを読まれる事は無いはずだ。

「祥太郎さん、お客さんが着いてきてるよ。フードを被ってる」

「昨日のヤツもだけど、あいつらって尾行の仕方を知らないのか?」

「あれは本来、隠密じゃ無いからね」

 後ろから着いて来る未来人は殺気を丸出しで歩いている。

 あんなのこっちに気付いてくれと言っているような物だ。

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