第8話

 とにもかくにもその日から俺の日常は大きく変わってしまった。

 何処に行くにも碧が着いて回る事になり、目立つ事はするなと言われてしまった。

「……って言っても無職の俺が目立つ事なんてできないんだけどな」

「何言ってるのさ。昨日、十億円あげたじゃん!?」

 朝食のハムエッグを作りながらぼやく俺に、碧が抗議してきた。

 結局、ボストンバッグの中は全て札束で彼女は本当に競馬で勝ったらしい。

「あのな、いきなり十億円手に入れても派手に使うような度胸は無いんだよ!」

「……だから未来でもあんなのなのか……」

 碧が何か言ったような気がしたが、ハムが焼ける音で良く聞こえなかった。

 かろうじて『未来で』と言ったのだけは聞き取れたが聞き直すのは止めた。

 彼女は未来の事柄を俺にひた隠しにしようとしているからだ。

「で?俺はこれからどうすれば良いんだ?」

「……そうだなぁ。とりあえず……」

 俺は碧の前にインスタントコーヒーとトーストとハムエッグを並べながら訊いた。

 碧が発する言葉を、俺は聞き逃さないように集中していた。

「……とりあえず、食べ物を買わないとね」

「昨日と大して変わらないような気がするんだが?」

 碧が俺に提案したのは、ただの食料品の買い出しだった。

 何か今後への対策を聞けるのかと思っていた俺は肩すかしを食らってしまった。

「まあまあ、焦っても仕方が無いよ。長丁場だからね」

「……本家に相談した方が良いか?」

 碧に任せていて大丈夫か不安になった俺は本家、つまり実家に頼る事を考えた。

 本家には腕利きの退魔師が常に詰めているし、建物も堅牢だ。

 少なくとも、こんなボロアパートに居るよりかは安全だろう。

「あたし、それは止めといた方が良いと思うな」

「何でだよ?」

 俺が碧に理由を問おうとしたその時、スマホに着信があった。

 スマホの画面にはおふくろの名前が表示されていた。

 つまり、本家から俺に電話がかかってきているのだ。

「もしもし?おふくろ?」

「あ!祥太郎!?無事だったのね!!?」

 電話の向こうのおふくろは随分と不安そうな様子だった。

 その声を聞いた俺はただ事では無いと察すると共に、碧を見ていた。

 碧は『ほらね?』と俺に目で言っていた。


「おふくろ、何かあったのか?」

 俺は碧を横目で見ながら電話の応対を続ける事にした。

 何か胸騒ぎがして、とても嫌な予感がしたのだ。

「昨日の晩に魔族の襲撃があって、もうこっちは滅茶苦茶なの!!」

「え!?魔族!!?結界が張ってあったんじゃ無いのか!!?」

 森保の本家には強力な破魔の結界が常に張ってある。

 それが破られるなんて、相当凶悪な妖怪か何かが現れたと言う事だ。

「それが結界が全然効かなかったの!すり抜けられたらしいの!!」

「ハァ!?そんな事ってあるのか!!?」

 破魔の結界は魔族に対して強力な障壁となる。

 あの結界の中に入るには中から入れて貰うしか無い。

「本当なのよ!それでお父さんも大怪我して……」

「おふくろ、分かった!俺も急いでそっちに行くから……」

 本家が襲撃されたとなっては、一族にとっての大問題だ。

 例え俺のような落伍者であっても、力になれる事はあるはずだ。

「……止めといた方が良いと思うなぁ……」

「え?」

 こたつに脚を突っ込んで、ミカンをむきながら碧がそう言った。

 本家の襲撃をコイツは何か知ってるのか?

「祥太郎はどこかに隠れなさい!絶対に戻ってきてはダメよ!!?」

「え?本家の一大事じゃ無いのか!?」

 電話の向こうで、おふくろも俺に帰ってくるなと言っている。

 何だ?何が起こっているんだ?何が起ころうとしているんだ?

「魔族は祥太郎を探してるみたいなの。蔵書が滅茶苦茶にされてたわ」

「……俺?」

 昨日俺がライオン男に殺されかけ、同時に本家が襲撃され壊滅した。

 とてもただの偶然とは思えなかった。この二つは関連しているとしか思えなかった。

「お母さんたちは歩美のところにしばらく居ようと思うの」

「姉貴は無事なのか!?」

 歩美とは俺の姉の名前で、今は世界的な科学者をしている。

 姉貴は本家とは少し離れた場所で新しい研究をしているらしい。

「歩美にも連絡を取ったけど、あの子のところには何も来てないみたいなの」

「俺は狙うのに姉貴は無事?」

 森保の一族にとって、重要なのは俺では無く明らかに姉貴の方だった。


「……何で姉貴は無事なんだ?」

「おば……歩美さんに何かあると相手も困るからね」

 碧は俺とおふくろの会話が聞こえているらしく、意味深な事を言っている。

 何が何でも彼女から情報を聞き出さなくてはいけなかった。

「おふくろ、分かったよ。俺はしばらく隠れとくよ」

「何かあったら歩美の方に連絡しなさい。こっちは手一杯で何もしてあげられないの」

「……うん、分かったよ。こっちで何とかするから。おふくろも気をつけて」

 俺は終話ボタンを押すと、碧の方に向き直った。

 碧は食べ終わったミカンを脇にどけ、俺をニヤニヤと見ていた。

「教えてくれないか?俺の周りで一体、何が起こってるのか」

「まずは座ったら?」

 俺は碧にすすめられてこたつに脚をおさめ、彼女と対面に座った。

 こたつの家には緑茶が注がれたマグカップが二つ、湯気を立てていた。

「前も説明したと思うけど、祥太郎さんは命を狙われてるの」

「俺が未来で活躍するからそれを未然に防ごうって話だよな?」

 碧は以前、俺に自分が未来から俺を守るためにやって来たと説明した。

 未来の俺はとても重要な人物らしく、そのおかげで人類は勝利すると。

「そう。この時代にタイムマシーンを使って暗殺者を送り込んできたの」

「そいつらが俺の実家を襲撃したのか?」

 森保の本家は昨夜、謎の敵に襲撃され壊滅状態となってしまった。

 あの要塞のような神社を攻撃するなんて、相当の戦力だ。

「実際に見たわけじゃ無いけど、まあそうとしか考えられないよね?」

「どうして結界が効かなかったんだ?相手は魔族なんだろ?」

 森保の本家は強固な結界が二重三重に張ってある。

 それを無効化するなんて、どんな手段を使ったのだろうか?

「……違うよ。あたし『相手は魔族だ』なんて言ってないよ?」

「え?それってつまり……」

 相手は魔族では無い。それはつまり答えは一つしか無いと言う事だ。

 魔族以外でこんな事が出来る種族は一つしか無い。

「祥太郎さん、相手は未来人だよ」

「……何がどうなってんだ?未来での戦争って何なんだ?」

 俺は碧からの説明を勝手に解釈して、自分に都合の良いように考えていた。

 俺が描いていた未来では魔族と人間が戦争すると言うシナリオだった。

 だが、それは俺の大きな勘違いらしい。


「……本当は言っちゃダメなんだけど、特別に教えてあげるね?」

「頼む!!」

 俺は固唾を飲んで碧から未来の姿を聞く事にした。

 未来での人類は、一体どうなっているのだろうか?

「今から五年位したら、第三次世界大戦が始まるの」

「第三次世界大戦だって!?核戦争って事か!!?」

 小説や映画では『第三次世界大戦』なんて聞き慣れたワードだった。

 だが、それが後五年もしたら始まるだなんて到底信じられなかった。

「核兵器も使われたよ。それで人類は人口の約半分を失うの」

「そんなに人が死ぬのか!?その後はどうなるんだ?」

 人口の約半分と言う事は俺が知っている人は半分が死ぬと考えて良い。

 家族も友人も知人も親戚も吉田さんもたくさんの人が死ぬと言う事だ。

「その後、人類は放射線を避けるためにドーム状の建物に住む事になるの」

「……嘘だろ?そんな未来が俺たちに待ってるなんて……」

 到底信じられないし、信じたくも無い未来図だった。

 そんな世界で人類に幸福なんてものがあるのだろうか?

「そのドーム状の建物には森保博士の技術が必要なの」

「……だから連中は姉貴には手出しできないって事か?」

 姉貴の研究に『容器の外と中を完全に遮断する技術』があった。

 それが無ければ人類は将来、住む場所を失い絶滅してしまう。

「でも、どうして連中は俺の事を狙うんだ?戦争と俺に何の関係があるんだ?」

「……それは、祥太郎さんの子供達が関係するの」

 碧は俺に教えられる範囲の事を教えてくれた。

 彼女としてもリスクを冒して俺に教えてくれているのだろう。

 それを聞き逃すまいと、俺は知らず知らずのうちに正座して聞いていた。

「絶滅に瀕した人類は祥太郎さんの子供達が導いて行く事になるの」

「俺の子供達?何でそこでいきなり俺の子供が出てくるんだ?」

 そんなジョン・コナーじゃあるまいし、どうしてそんな事になるのだろうか?

 あまりにも突飛すぎて質問せずに居られなかった。

「それは祥太郎さんの奥さんが関係してるんだよ。奥さんが強い力を持ってるの」

「……つまり、政財界の大物って事か?俺の嫁は」

 碧は数年後に俺は未来の嫁と出会うと教えてくれた。

 つまり、その奥さんの影響力で子供達が人類を導くと言う意味だろう。

 しかし、それでは腑に落ちない点がある。

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