第6話

「とにかく、このままじゃヤバい!こんな武器じゃ勝負にならない!!」

 俺はボールペンではこのライオン男の相手は務まらないと判断した。

 雄ライオンの顎の力は四百キロに達すると言われているのだ。

「逃がさんぞ!ワトソン!!」

「だから俺はワトソンじゃ無いって!!」

 俺は何とかこのライオン男をまけないかと考えていた。

 しかし、人間がライオンから走って逃げるなんて絶対に無理だ。

「……ウォォォオオオ!!!」

「もしかして、これってヤバイ!!?」

 ライオン男は祥太郎に突進してきた。絶体絶命のピンチだ。

 俺が諦めかけたその時、黒い影がライオン男に横からぶつかった。

 ライオン男は奇襲を受けて不法投棄されたゴミ袋にぶつかった。

「ふぅ~、危ないところだった」

「……碧!?」

 俺を救ったのはボストンバッグをいくつもぶら下げた碧だったのだ。

 あのボストンバッグは一体何なのだろう?何が入っているのだろうか?

「まさか、こんな早くに特定されるとは思わなかったよ」

「お前、アレを見ても驚かないのか?」

 碧はボストンバッグを降ろしながら、平然とライオン男を見ていた。

 普通、こんな怪人を見たら誰でも驚くと思うのだが?

「説明は後!パ……祥太郎さんはあたしの後ろに隠れてて!!」

「何、言ってんだよ!相手はライオン男なんだぞ!?」

 碧はアレについて何か知っているようだが、勝ち目なんてあるのだろうか?

 例え、一人援軍が増えても状況は大して変わってないぞ?

「……大丈夫、あたしを信じて」

「碧?」

 碧はおもむろに自分の腰に巻かれたベルト状の機械に触れた。

 アレは何だろう?何となく、特撮のヒーローが使ってそうな代物だが?

「『インテイク!』」

 碧がベルトを操作すると、音声合成ソフトのような声が再生された。

「……ふざけやがって!!」

 ライオン男が怒りをあらわにしながら立ち上がった。

「『コンプレッション!!』」

 その間も碧はベルトの操作を続けている。何をする気だ?


「ワァァァトソォォォオオオン!!!」

 ライオン男は碧の後ろに隠れる俺に狙いを定めて突撃してきた。

 何でコイツは目の前の碧を無視して俺に突っ込んでくるの?

「『イグニッション!!!』」

 だが、ライオン男の爪や牙が俺に届く事は無かった。

 碧のベルトがエンジンの様な音を立てると同時に、彼女がハイキックを繰り出した。

 そのまま碧のハイキックをもろに受けたライオン男はビルの壁に叩きつけられた。

「ライダー、キック」

 碧がそう言いながらベルトを操作すると、ベルトがプシュッと言う排気音を出した。

 あのベルトには何か秘密があるのだろうか?

「『……エグゾースト』」

 ベルトが最後にそう言うと、さっきまで光っていたベルトが静かになった。

 ライオン男と戦っていた時は、光ったり音を出したりしていたが。

「大丈夫だった?祥太郎さん」

「……あ、ああ、大丈夫だ。でもお前は一体……」

 俺が碧に正体を尋ねようとした時だった。ライオン男の死体が燃え上がったのだ。

 ただ燃えている訳では無い。青い炎を上げて燃えているのだ。

「何だ?何が起こってるんだ?」

「きっと痕跡が残らないようようにしてるんだよ」

 碧は落ち着いた様子で燃えさかるライオン男を見つめていた。

 やがてライオン男は骨すら残らず燃え尽きてしまった。

 ただ、人型にアスファルトが黒く焦げただけだった。

「……さ、帰ろ?」

「え?帰る?この状況で?」

 この人は何を平然と言ってるの?こう言うのってどこかに連絡しないで良いの?

 例えば警察の怪異対策課とか。

「だって、ここ調べたって何も出ないよ?そう言う風に出来てるんだから」

「お前、コイツの事を知ってるのか?何なんだ?コイツは!?」

 碧はやっぱりコイツについて何か知っている様子だ。

 ここまで巻き込まれたのだから、少しくらい教えて貰わないと困る。

「うん、だからその話も含めて帰ろって言ってるの」

「……また『禁則事項』とか言うなよ?」

 俺は渋々、碧と一緒に住み慣れたボロアパートへ帰る事にした。

 俺は一体、何に巻き込まれてしまったのだろうか?


「お前は一体何者なんだ?あのライオン男と何の関係があるんだ?」

 碧と一緒にボロアパートに戻った俺はドアを閉めると同時に切り出した。

 吉田さんは今日、娘さんの家に行くと言っていたから聞かれる心配は無い。

「話せる範囲で話すけど……その前に……」

「何だ?その前に?」

 碧は何か言いにくそうにしているがどうしたのだろうか?

 顔を赤らめたままモジモジしているが、俺に何を言うつもりなのだろうか?

「……お昼から何も食べてないんだけど……」

「そう言う事か。分かった、用意するから少し待ってろ」

 俺は自分の右腕にぶら下げた食材を台所に運びながら碧にそう言い聞かせた。

 その時、俺はふと碧が持ち帰った大量のボストンバッグを思い出した。

「……そう言えば、そのバッグの中身は何だ?」

「何って、言ったじゃん!お金を増やして返すって」

 碧は俺を睨んで頬を膨れさせながら俺に抗議した。

 ああ、そう言えばお金を増やすから貸してくれって言われてたな。

「……え?」

 ちょっと待てよ。お金を増やすって、いくらに増やしてきたの?

 碧が持ち帰ったボストンバッグはざっと見ただけでも五個か六個ある。

 あれのどれかにお金が入ってるって解釈で良いのだろうか?

「どうかしたの?人の方をジロジロ見て。あ、もしかしてあたしの身体に……」

「ち、が、い、ま、す!!どのバッグにお金が入ってるんだろうって思ったんです!」

 まったく、この娘は少しの間でも真面目な話が出来ないのか?

 下手したら、あのライオン男についてもまともな説明は期待できないかも。

「……どれって、全部だよ」

「え?全部?全部ってどう言う意味?」

 まさか、全部のボストンバッグにお金が入っているなんて事は無いだろう。

 そんな大金、銀行強盗でもしない限り手に入らない。

「全部のボストンバッグにお金が入ってるって意味だよ?」

「そんな筈無いだろ?お前、どうやって金を手に入れたんだ?まさか……」

 俺の脳裏には碧が銀行の受付を脅している状況がイメージできた。

 あのベルトの力を使えば、それくらい出来そうな気がする。

「簡単だったよ?三連単を二、三回当てたらあっという間に十億円になった」

「三連単!?お前、競馬に行ったのか!!?」

 碧から語られたのは、俺の想像を超えた驚異の方法だった。


「うん。今日、中山競馬場に行ってきたの」

「……本気で言ってるのか!?お前」

 とても信じられない供述だった。有馬記念で十万円を一万倍にするなんて。

 しかも彼女は三連単を二、三回当てたと言っている。

「証拠見せようか?ほれ」

 そう言うと彼女はボストンバッグの中身を絨毯の上にあけて見せた。

 ボストンバッグからは百万円の束がいくつもいくつも出て来た。

「……」

 俺はその様子を言葉を失ってただ見ているしか出来なかった。

 だって信じられないだろ?自分が一生かかっても稼げないような金額だぞ?

「他のバッグも開けて見せようか?」

「いや!良い!!もう、充分だから!!!」

 俺は目の前の現実から逃げるように料理を続けた。理解が追いつかなかった。

 目の前にいきなり十億円なんか出されても、リアクションに困るだけだ。

「そうだ、碧!風呂入れてくれないか?」

「お風呂?良いよ。昨日はシャワーだけだったからね」

 そう言うと、碧は脱衣場の方へと歩き出した。

 碧の姿が見えなくなったのを確認した俺はスマホで『強盗事件』と検索した。

 いくら今日が有馬記念の開催される日だったとしても、信じられる訳がない。

「……ヒット無しか」

 しかし、俺の心配をあざ笑うかのように今日は強盗事件が起こっていないようだ。

 代わりに『輸血パック、盗まれる』と出ただけだった。

「ねぇ、これってどうやって湯加減調節するの?」

「左右の蛇口で調節するんだよ!ちょっと待ってろ!!」

 碧が風呂場で呼ぶ声がしたので俺は手を止めて脱衣場へと向かった。

 彼女は我が家の昔ながらのお風呂の入れ方を知らない様子だった。

「水が出るつまみとお湯が出るつまみが分かれてるなんてローテクだね?」

「今じゃあんなのは少なくなったからな」

 俺は碧という人物をいまいち掴めないで居た。この人は何者なのだろう?

 お金を全く持っていないと思ったら、ある日突然大金を持って帰る。

 何だか良く分からないベルトを持っていると思ったらポリステ5を持っていない。

「……お前、本当に一体どこから来たんだ?」

「それはご飯食べてから教えるね」

 心配な俺の顔を見て、碧は悪戯っぽく笑って見せた。

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