第3話

「……ところでさ、ワトソンさんの事なんだけど……」

「あ・お・い!」

 ワトソンさんは、相変わらず俺に呼び捨てを要求してくる。

 このままじゃ平行線なので、とりあえず彼女の要求を飲む事にした。

「え~~っと、じゃあ碧?」

「何?」

 俺が彼女をミドルネームで呼ぶと彼女はあっさり返事をしてくれた。

 普通、親しくも無い相手を呼び捨てにしたら良くないと思うのだが?

「まず、君はどこから来たの?」

「う~ん、それは多分『禁則事項』だね」

「禁則事項?君はどこかの団体に所属してるって事?」

 禁則事項だなんて物々しい表現だ。一体、何を隠して居るのだろうか?

 俺はただ、出身地を尋ねただけなのに。

「うん、そうだよ。でも、どんな組織かは訊かないでね?答えられないから」

「え~っと、じゃあどんな質問だったら答えられる?」

 これは俺の勘だが、彼女は秘密の多い人だ。

 それだったら、何気ない事から訊いて推測するしか無い。

「スリーサイズだったら答えられるよ?まず、上から九十三、五十……」

「答えなくて良い!」

 俺は大慌てで彼女を制止した。隣に聞こえたらどうする?

 下手したら、女の子を買ったのかと思われてしまう。

「え~~、あたしのスリーサイズに興味ないの?ロリ巨乳なのに」

「全くない!そうじゃなくて君が何の為に俺に会いに来たのかとか……」

 俺は彼女と面識が無い筈だ。だが、彼女を俺を良く知っている様子だ。

 少なくとも、俺の顔と住所くらいは知っている。

「あたしが来た理由?祥太郎さんを助けに来たんだよ?」

「俺を助けに来た?何から助けに来たの?」

 彼女は確かに助けに来たと口にしたが、助けると言っても色々ある。

 この人は、俺をどうやって助けるつもりなのだろうか?

「……そうだなぁ、色々あるけど……とりあえずお金貸して!」

「はぁっ!」

 彼女は出し抜けに俺に、金を要求してきた。

 え?どう言う事?俺、もしかして騙されてる?何で金が要るの?

 困惑する俺の目の前で碧は、無邪気な笑顔を浮かべている。


「祥太郎さんって今、お金に困ってるんでしょ?」

「……そうだよ。今は借金が三百万くらいあって困ってるんだ」

 何で彼女は俺の借金の事まで知ってるんだ?どこで知ったの?

 あと、どうして借金がある俺からお金を借りようとするの?

「あたしにお金を預けてくれたらその借金、チャラにしてあげる」

「本当にそんな事、出来るのか?」

 俺が三百万もの借金を抱える原因になったのは、仮想通貨で失敗したからだ。

 借金までして買った仮想通貨が、大暴落してしまったのだ。

「うん!あたしだったら絶対に増やせるから」

「……」

 正直、怪しさ満点のもうけ話だ。普通だったら誰も信じてはくれない。

 しかも俺はついこの間、女の子に騙されて仮想通貨を買ったばかりだ。

 断った方が無難だし、それが正しい判断だとは思う。

「……十万でも良い?」

「うん!それだけあれば充分だよ!!」

 しかし、俺は目の前の女の子になけなしの十万円を渡してしまった。

 これが帰ってこなかったら、俺は住む場所を失う事になる。

「明日は日曜日だよね?ちょっと出かけてくるね?」

「……うん」

「ありがとう!祥太郎さん!!」

 俺にはなぜ碧にお金を貸そうと思ったのか、自分でも良く分からない。

 ただ、俺はこの人がお金が必要だと言うなら工面してあげたいと思った。

 この人に対して俺は心のどこかで他人とは思えない何かを感じていた。

「……そう言えば、晩ご飯まだかな?」

「うん!お腹空いちゃった!!」

 俺は冷蔵庫の中をあさって夕飯の支度をする事にした。

 俺自身は屋台で済ませたから、実際は碧の分だけ用意するつもりだ。

「シャワー浴びてきても良い?」

「ああ、良いよ。シャワーの使い方、分かる?」

 俺は碧がシャワーを浴びている間に、簡単な料理を手早くこしらえた。

 普通、若い女がシャワーを浴びていたら少しはドキドキするものだ。

 しかしその時の俺はまったくと言って良いほど何も感じなかった。

「あ、そう言えばアレルギーとは訊くの忘れたな」

 むしろ俺はそんな事さえ考えられるくらい冷静だった。


「はぁ~さっぱりした」

「……服くらい着て来なさい!」

 俺はバスタオル一枚で脱衣場から出て来た碧に注意した。

 こたつには一人用のミニ鍋が用意され、ぐつぐつと煮立っていた。

「だってパジャマ用意して来なかったんだもん!」

「……じゃあ、俺のを貸してあげるから」

 俺はタンスから男用のパジャマを引っ張り出すと碧に手渡した。

 彼女はそれを受け取ると、まじまじとそれを見つめてから言った。

「ワイシャツじゃ無いの?こう言う場合って?」

「何処の世界にパジャマ代わりにワイシャツを着せるヤツが居るんだよ!?」

 確かに世の中には『裸ワイシャツ』と言うシチュエーションがあるにはある。

 だが、この状況でそんな気分にはとてもなれなかった。

「ぶかぶかのワイシャツを着た女の子って良いと思わない?」

「思わない!馬鹿な事、言ってないで早く着なさい!!湯冷めするっしょ!?」

 何なんだろう、この娘は。どんな育ち方をしたんだろう?

 一度で良いから親の顔を見てみたい。

「あっ!鍋にしたんだ!?良いね」

「ほら、早くしないと煮えすぎになるっしょ?」

「いただきます!」

 俺はパジャマを着た碧を座らせると鍋をすすめた。

 碧は俺が作ったごった煮をおいしそうに食べ始めた。

「そう言えば、アレルギーとかは?」

「無いよ?あ、でも一つだけあるかな?」

「何?」

 アレルギーがあるなら、もしかしたら食べられない物を鍋に入れたかも知れない。

 俺は碧に何のアレルギー持ちなのかを尋ねてみた。

「あたし、貧乳アレルギーなの」

「お前、今すさまじい数の敵を作ったぞ?」

 この人はどこからが本気でどこまでが冗談なのか分かりにくい。

 俺は鍋と白米を平らげる彼女とそんな話をしながら明日の事を考えていた。

 この人は俺から預かった十万円をどうやって増やすつもりなのだろうか?

 そもそも、お金は帰ってくるのだろうか?

 サンタさんも悪趣味なプレゼントをくれたものだとしみじみ思った。

 とりあえず、俺は目の前の女の子を信じてみる事にした。


「……」

 食事の後、俺は俺のベッドで横になる碧を横目で見ながら考えていた。

 ちなみに、俺はカーペットの上に布団を敷いて横になっている。

 よくよく見ると、彼女は童顔だが整った顔立ちでとても美人だった。

 そして本人も言ったが胸やお尻も大きく、ウエストは細い。

 正直言って、俺が出会った女性の中でもとびきり魅力的な女性だ。

 だが、俺は彼女に対して不気味なくらいに反応しなかった。

「……この人は一体何者なんだろう?」

 俺が彼女に抱いている感情は姉に抱く感情に似ていた。

 俺の姉は中身はともかく、見た目は間違いなく美人だ。

 だが、俺がそんな姉に恋愛感情を抱く事は無い。普通に考えてそんな訳がない。

 そして、俺は寝息を立てている碧にそれと似た感情を抱いている。

「何か、変な人だなぁ……」

 碧は俺の名前も顔も住所も知っていて、図々しくも俺の部屋に転がり込んだ。

 そして、まるで親戚か何かの部屋にでも来たかのようにくつろいでいた。

 挙げ句の果てに俺に対してお金を貸してくれと要求までしてきた。

「……変なのは俺もか」

 しかし、俺はそんな彼女の図々しさが別に嫌では無かった。

 もちろん好ましい感情は抱いていないが、仕方ないなぁくらいの気持ちだ。

 その証拠に、俺はタンスの中にしまっておいた十万円を彼女に渡してしまった。

 この子は俺にそうさせるだけの何かを持っていた。

「普通だったら騙されてるって思うんだけどなぁ……」

 俺はなぜ碧をここまで信用しているのか、自分でもさっぱり分からなかった。

 ただ、俺は彼女を他人だととても思えない。それだけは確かだった。

 それが気のせいだったら、俺はただのマヌケだと言うことになってしまうが。

「……明日になれば全部ハッキリするか」

 俺は考えても答えが出ないから、諦めて寝る事にした。

 天井のエルイーディーを眺めながら俺はゆっくりと夢の世界に落ちていった。

 朝になったら全部夢で、俺は酔い潰れて眠っていただけだったりして。

 どうせ夢を見るなら、こんな訳の分からない夢じゃ無くてもっと楽しい夢が良い。

「……明日の結果って何だったっけ?」

 俺が意識を失う瞬間、碧がそんな事を言ったような気がした。

 だが俺が意識を浮上させる事は無く、間もなく俺は眠った。

 明日の結果って何の事だろうか?

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