第2話

「大将、俺どうすれば良いんすか?」

 おでん屋の屋台で安酒を煽りながら、髪を緑色に染めた男が愚痴を漏らした。

 男の名は『森保 祥太郎』と言い、所謂フリーランスだった。

「お客さん、やっちまったもんはどうしようも無いですよ」

「だって、こんな風になるなんて思わないっしょ!?」

 俺は対象がサービスでくれた『がんもどき』をかじるながら文句を言った。

 実は俺は先日雇い止めに会い、働き口を失ったばかりだった。

 しかもSNSで知り合った女の子に進められて買った仮想通貨も大暴落した。

 今の俺に残されたのは三百万円の借金だけだった。

「お客さん、生きてさえ居れば必ず良い事がありますって」

「とてもそんな風には思えない。俺の人生ってこれで終わりなのかなぁ……」

 正直、ここから人生が上向いていくイメージが思い描けない。

 このまま進んだら、住んでるボロアパートも追い出されそうだ。

「姉貴はなんだかんだ言いながら上手く行ってるし何処で差がついたのさ!?」

「お姉さんは何をしてるんですか?」

 大将は空いた俺のプラスチック製のコップに水を注いだ。

 俺には三つ年上の姉が居るがその人はこの間、世界的な発明をした。

「姉貴はこの間、テレビにも出た森保博士だよ」

「何でしたっけ?何か難しい言葉がいっぱいで良く分かりませんでした」

 まあ、普通の人からしたら姉貴の研究なんて意味不明だろう。

 俺の理解も曖昧でちゃんとは説明できないし。

「簡単に言うと容れ物の外と中とを完全に遮断する研究だよ」

「それって何の役に立つんですか?」

 大将は俺の説明を聞いても、いまいちピンと来ていないらしい。

 そう言う俺も、それがどれだけ凄い研究か良く分かっていない。

「何か物を保存したりする時に役に立つらしい」

「ああ、要するに凄い魔法瓶みたいな物ですね?」

「まあ、そんな感じかな?」

 俺は水をグビグビ飲み干すとお勘定を済ませた。

 軽かった財布が更に軽くなり、懐に寒風が吹き込んできた。

「どっかに金のなる木は無いかなぁ……」

 俺は非現実的な事をつぶやくと、住み慣れたボロアパートへと帰る事にした。

 世間はクリスマスムードで楽しそうなのに、俺はそんな気にはなれなかった。

 このままでは、歳を越せるかも怪しい。


「……っくし!」

 俺はくしゃみをしながら街灯に照らされた夜道を歩き出した。

 この辺りはメインの道から外れているから、人通りも少ない。

「寒いなぁ……でも、最近はガス代も高いからなぁ……」

 俺の住むボロアパートには一応、風呂が備え付けられている。

 しかし、職を失った俺には日々の風呂代さえも重くのしかかってくる。

「ん?誰だろう、こんな時間に」

 気が付くと俺の前方十メートルくらいに女の人が立っている。

 女の人は黒を基調としたウエディングドレスみたいな服を着ている。

「何か、あの人こっちを見てないか?」

 俺は歩きながら女性の顔を見ていた。

 髪は黒髪をボブカットにして瞳は赤い。全体的に童顔で年齢が分からない顔だった。

「こんばんは」

「……こんばんは」

 俺は女性に挨拶をされたから普通に挨拶を返した。

 声も子供だか大人だか分からない声で、余計に年齢が分からない。

「あの月を見ていたの。パ……貴男が来るような気がして」

「……どこかで一度、お会いしましたか?」

 女性は俺の事を知っている様子だったが、俺は彼女を知らない。

 こんな特徴的な瞳の色をした人だったら忘れないと思うのだが。

「う~ん、ある意味初対面かな?」

「ある意味?オックスとかで会った人ですか?」

 オックスとはこの世界で普及しているSNSの事だ。

 国籍も年齢も性別も分け隔て無く出会えるかなり大きなSNSだ。

「……まあ、そんな感じかな?貴男、森保祥太郎さんでしょ?」

「どうして俺の名前を知ってるんだ!?あんた、誰!?」

 いきなり本名を呼ばれて俺は焦った。

 顔も知らない人からいきなり本名で呼ばれたら誰だって身構えるだろ?

「あたし?あたしは『ビクトリカ・碧・ワトソン』って言うの」

「……ハーフ?え~っとワトソンさん……」

「碧で良いよ!」

 碧と名乗った女の人は人懐っこい顔で俺に顔を近づけてきた。

 何となくこの人の顔、見た事があるような気がしてきた。

 一体、俺はこの人と何処で会ったのだろうか?


「……じゃあ、碧さん」

「あ・お・い!」

 目の前のワトソンさんは微笑みながら俺に呼び捨てにする事を要求してきた。

 しかしいくら本人の希望でも、会って間もない相手を呼び捨てにするなんて。

「いやぁ、俺たち今日会ったばかりっしょ?それをいきなり呼び捨てなんて……」

「祥太郎さんにとっては明日の事でも、私にとっては多分……昨日の出来事だ」

「……何のこっちゃ。何で『エルシャディア』?」

 いきなり意味ありげな事を言っているが俺はこの台詞を知っている。

 これは一昔前にミームになったゲームの台詞だ。

「そう言ったら信じてくれるかな?と思って」

「普通、信じないっしょ?とにかく、ふざけてないで君は本当に……」

 俺がワトソンさんに何処の誰なのかを問おうとした時、北風が吹いた。

 マフラーも無く、安いコートくらいしか着ていない俺にはその寒さはこたえた。

「……へっくし!」

「寒いからとりあえず部屋の中に入らない?」

 そう言うとワトソンさんは俺の前を歩き出した。

 部屋に入るって何処に行く気だ?ファミレスにでも入る気か?

「ちょ、ちょっと待って!」

「早くしないと置いて行っちゃうよ?」

 俺はワトソンさんを追いかけるように彼女の後ろを着いていった。

 普通だったら警戒するところだが、不思議とその時の俺にはそんな感情は無かった。

 どこかで彼女は信用できる人だと感じていた。

「さあ、着いたよ!」

「……え~っと、ワトソンさん?」

 俺は彼女に案内された場所があまりにも予想外だったので反応に困った。

 彼女が俺を連れてきたのはファミレスなどではなかった。

 もちろん、ホテルなどでは断じてない。

「寒いでしょ?早く入ろうよ!」

「え、え~っと……」

 俺は戸惑っていた。彼女はどうしてこの場所を知っているのだろうか?

 ワトソンさんは俺を何処で知ったのだろうか?

「どうしたの?早く早く!!」

「う、うん……」

 そう言うと、俺は住み慣れたボロアパートの鍵を開けた。


「おっじゃましま~す!!」

 ワトソンさんは、俺の開錠したドアからアパートへと侵入した。

 俺は追い出す事も出来ず、ただただワトソンさんを部屋へと招いた。

 これじゃあまるで連れ込みみたいじゃないか!!

「へ~、これが祥太郎さんが住んでたアパートか」

「住んでたじゃなくって住んでるっしょ?」

 俺はとりあえず、お茶でも出そうとティーパックを探す事にした。

 ワトソンさんは物珍しそうに俺の部屋の中を見回している。

 そんなに珍しいか?やっぱり、ワトソンさんは外国の人なのだろうか?

「これ何?」

「え?どれ?」

 ワトソンさんは俺の部屋の隅に置いてある、白いゲーム機を指さしている。

 え?あれを知らないの?ワトソンさんってゲームとかあんまりしないのかな?

「ポリーステーション5だけど?」

「へ~、ポリステ5ってこんなのだったんだ!?」

 ワトソンさんは俺のポリステに興味心身で色んな角度から見ている。

 あの反応を見る限り、ゲームに興味が無いって訳では無いらしい。

「やってみても良い!?」

「……別に良いけど?」

 ワトソンさんは俺の返事を聞くや否や、ポリステをいじりだした。

 もしかして、ワトソンさんの家にはポリステが無いとか?

「ポリステ触るの初めて?家にはゲームが無いの?」

「ポリステはあるけど、家にあるのは5じゃないの」

「ああ、なるほど……」

 つまり、ワトソンさんは4か3を持っているだけなのだろう。

 確かに、5は転売ヤーが買い占めたりしたからな。

 俺はお湯をマグカップに注ぐと、ティーパックを上下させた。

「……ああ、なるほど。こうなってたのか」

「粗茶ですがどうぞ」

 俺はこたつに下半身を突っ込んだワトソンさんに、マグカップの一つを渡した。

 今日出会ったはずなのに、ワトソンさんは何となく妹のような感じだった。

「なかなか趣があって面白いね?ポリステ5」

「趣って、レトロゲームじゃないんだから……」

 俺は知らないうちに、この謎の女の子に心を許していた。

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