Blood Line【雇止めされて300万円の借金がある俺が童顔巨乳の女の子を拾ったら10億円ポンと渡された話。でも、この娘……なんか変……】

田中 凪

第1話

 西暦二千五十五年、人類解放軍最後の砦『銀の杭』は終末を迎えようとしていた。

 解放軍は吸血鬼の貴族達の猛攻を受け、最終拠点を失おうとしていたのだ。

「少将!大佐からの連絡が途絶えました!!」

「……そうか」

 関軍曹からの報告を聞いた名塚少将は、間もなく自分たちは敗北すると悟った。

 しかし、人類解放軍にはまだ最後の切り札が残されていた。

「少将、我々はどうすれば……」

「落ち着きたまえ軍曹。我々の希望の灯火は、まだ消えてはおらん」

 少将をはじめとした二十名ほどの兵隊は人類解放軍の研究室を守っていた。

 この研究室の中で、切り札が起動するまでの時間を稼ぐのが彼らの最後の任務だ。

「我々はこのラボを、最後の一兵まで命を賭して守らねばならん」

「……守り切れるでしょうか?」

 関軍曹の肩は、大佐の殉職を知ってから小刻みに震えていた。

 大佐は歴戦の猛者で、解放軍の中でも一目置かれる存在だった。

 それが十五分ももたない相手とは、一体どのような相手なのだろうか?

「……軍曹」

「は、はい!!」

 関軍曹は酷く緊張している様子だった。

 少将に軽く呼ばれただけで動揺し、声が裏返っている。

「軍曹はラボに戻りたまえ」

「え!?な、なぜでありますか!!?」

 少将のあまりの命令に、軍曹は動揺の色を隠せなかった。

 少将は今、最後の一兵になってもラボを守ると言ったばかりだ。

 その戦いに、自分は必要無いのだろうか?

「ラボの扉は内側からしか開閉出来ん。君にやって貰いたい」

「し、しかし!それなら研究員にやって貰えば良いのでは!?」

 ラボの中には研究員が詰めて、切り札の始動を急いでいた。

 この切り札が始動すれば、戦局を変えられる望みが出てくる。

「それは出来ん。彼らには『クロノス』の起動を急いで貰わねば」

「……自分は、不要なのですか?」

 関軍曹は、少将に仲間はずれにされたような気分だった。

 最終決戦なのに、それに自分は加わらせても貰えない。そんな気分だ。

「……君にしか頼めないんだ」

「理由を聞かせて下さい」


 軍曹はなぜ自分が選定されたのか、少将に詰め寄った。

 ここには二十人くらいの部下がいる。

 その中でなぜ自分が選ばれたのか納得が行かなかったのだ。

「理由……か。それは私が君に私より先に死んで欲しくないからだ」

「どう言う意味ですか?」

 軍曹には少将がなぜ自分に生きて欲しいと言うのか、理解できなかった。

 確かに少将は、自分が配属されてから色々と気遣ってくれた。

 しかし、これは上司が部下に対してする気遣いの範疇を明らかに超えていた。

「軍曹、君はお父上の事を知っているかい?」

「いえ、何も知りません。自分が生まれた時には既に家族を捨ててどこかに……」

 軍曹は自分の父親の顔を直接見た事が一度として無い。

 母親が父親の若い頃の写真を見せてくれた事があったが、それも一度だけだ。

「君はお父上の事をどう思っている?」

「ろくでもない父親だと思っています。身重の母を捨ててどこかに消えるなんて!!」

 父親のいない軍曹は、母子家庭で育った。

 母親が苦労しているところを見たのは、一度や二度ではない。

 その度に父親の事を、恨んだものだった。

「……そうか。済まなかった」

「いえ、少将に謝っていただく必要は……」

 軍曹は、なぜこんな時に少将が自分に身の上話なんてさせるのか分からなかった。

 自分は少将に、なぜ生きて欲しいと言うのかを尋ねたはずなのに。

「しかし、なぜ突然自分の父親の話なんて?」

「……私にも君と同じ年頃の息子がいるんだよ」

 軍曹には少将に息子がいるなんて意外だった。

 軍曹が今まで見てきた少将は、厳格な軍人で決して感情に左右されない人だった。

「もっとも、私は息子の成長に関われなかったがね」

「……それで、自分にあんなに……」

 軍曹は少将が自分を息子と重ねているのだと思った。

 息子に父親らしいことをしてやれなかったから、自分で代用しているのだと。

「さあ、おしゃべりは終わりだ。軍曹、防護扉を閉めたまえ」

「……了解しました」

 軍曹にはこれ以上、少将と話している時間が無かった。

 なぜなら、吸血鬼の貴族が目前に迫っていたからだ。

 軍曹が防護扉を閉めるのを、少将は見守った。


「……よろしかったのですか?少将」

「中尉、部隊の配置は終わったのかね?」

 少将は中尉の質問に答える事も無く、逆に中尉に質問した。

 その顔には、どこかやりきったような感情が浮かんでいた。

「全軍、配置につきました。いつでも迎撃できます」

「ご苦労……今更、父親面なんて出来まい」

 少将は軍曹に全ての真実を言っていなかった。

 彼は軍曹の実の父親を知っていたし、自分の息子がどこにいるかも知っていた。

「……さて、レディのご到着だ。盛大にもてなしてやれ!」

「了解!!全軍、構え!!!」

 鉄製の扉がひしゃげ、あまりの力に蝶番が悲鳴を上げた。

 少将達はその様子を、まばたきも忘れてスコープ越しに見ていた。

「……化け物め」

 中尉が一言そう漏らすと、まるでそれに応えるかのように扉が吹っ飛んだ。

 扉を失った出入り口から、白い脚が出て来たのを確認すると同時に中尉は叫んだ。

「全軍、撃てぇぇぇえええ!!」

 二十丁の銃が火を噴き、鉛弾が絶え間なく出入り口めがけて発射された。

 例え相手がヒグマだったとしても、この弾幕を食らったら死ぬはずだ。

「……がっ!?」

「柿崎!?」

 しかし、アサルトライフルを構えていた柿崎が首から血を流して死んだ。

 その場にいた誰も、柿崎に何が起こったのか分からなかった。

「侵入された!全員、密集しろ!!」

 中尉が急いで指示を出したが、もう遅かった。

 屈強な男達は、次々と見えない敵に殺され一人また一人を数を減らした。

「うわぁぁぁあああ!!!」

「馬鹿!むやみに撃つな!!」

 恐慌状態の兵士の一人が、辺り構わず銃を乱射し始めた。

 流れ弾に当たり、仲間の兵士が余計に死んでいった。

「落ち着け!敵は一人だぞ!?」

 中尉が必死に部隊をまとめようとしたが、もう後の祭りだった。

 結局、中尉さえも吸血鬼を見る事さえできなかった。

「……生きろよ。智樹」

 少将はその様を見て、ラボの中にいる息子に言った。


「……通信が途絶えた」

 ラボの中で関軍曹はトランシーバーを耳に当てていた。

 しかしトランシーバーからは応答がなく、少将達の安否は分からなかった。

「軍曹!我々はどうすれば!?」

「落ち着け!防護扉は厚さ二メートルもある」

 軍曹は研究員達に『クロノス』の起動を急がせた。

 人類解放軍のメンバーは、もうここに居るだけになってしまった。

「っ!?」

「ひ!?」

 しかし無情にも、防護扉は鈍い音を立てながら変形し始めていた。

 アレを破壊するには重機でも持ってこないと無理なはずだ。

「急げ!一秒でも早くタイムマシンを起動させろ!!」

「は、はい!!」

 研究員達は血眼でタイムマシン『クロノス』の起動シーケンスに入った。

 防護扉が破られるのが先か、クロノスが起動するのが先か。

「……神よ」

 軍曹はクロノスが起動する時間をくれるように神に祈った。

 しかし防護扉は無情にも変形し、亀裂が入ってしまった。

「ぐ、軍曹!?」

「俺が敵を引きつけるからお前達はクロノスを起動させろ!!」

 軍曹に言われて、クロノスが重低音を奏でながら起動し始めた。

 タイムマシンの中には、過去に送る戦士が待っていた。

「さあ来い!化け物!!」

 軍曹は見えない吸血鬼を挑発したが、吸血鬼は軍曹にお構いなしだった。

 吸血鬼は研究員を次々と殺し、クロノスを停止させようとしていた。

「これでどうだ!?」

 軍曹は消火剤をまき散らした。これで見えない吸血鬼の軌跡を追うのだ。

 彼の睨んだとおり、空中を漂う消火剤が吸血鬼の居所を教えてくれた。

 吸血鬼はクロノス本体へと向かっていた。

 マイムマシンを直接破壊するつもりなのだろう。

「……勝った」

 しかし、吸血鬼が停止させるよりもわずかに早くクロノスが発動した。

 タイムマシンは人類を救うべく、過去の世界に戦士を送り込んだ。

 そして、時は二千二十五年へと戻る。

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