第37話・HOPE①
司令官就任から四ヶ月ほどが経った九月、シャグノンはMRSを去っていった。しかし、鉄道総局の憂慮が消えたわけではない。
シャグノンは、新設された
そのCTS、もといシャグノンの指示だろうか。工場は唐突の指示に、修繕作業を中断させられた。
「専用客車に白帯を巻け? 全部が一等車ではないだろうに」
「客車だけではない、貨車もだ。一等車の白帯が、いたく気に入ったそうだ。区別しやすくなるから、いいだろう」
それは確かに、と工員は顔を見合わせた。明るいミルクチョコレート色、車体側面中央の軍番号と、各車固有の愛称で判別していた。それが更に容易になるなら、今は手間だが後々の作業が楽になろう。
しかしその表情は、どこか釈然としていない。
「貨車にも白帯を巻くんですか? 二階級特進では効かないな」
笑いを漏らす工員に、工場長はやや呆れたように強く諭した。
「見た目は貨車とは変わらなくとも、あらゆる用途に使われている。それだけ優秀な貨車を作った、と思って作業してくれ」
工場長が言ったように職員が乗って荷物の仕分けを行える、そういう貨車にまでGHQは手を伸ばしはじめた。
その用途は変わらず荷物車や郵便車のほか、基地で食料品を販売する
乗用の設備を廃してまで客車を改造するほどではない、あるいは状態のいい客車が枯渇しはじめた、そのどちらかか、両方だろう。
それでも、貨車を日本人の乗用にする鉄道総局にとっては痛手であった。一両でも多くの客車を、一メートルでも長い客室を、旅客には貨車の代用ではなく客車をと、修繕作業を中断した車両を恨めしく眺めた。
しかし、仕事はGHQが最優先だ。長旅を終えて検査を済ませ、出番を待つ車両から専用客車はないかと工場を探す。
両端の扉に挟まれて、小窓がズラリと並んだ客車が佇んでいた。
四人一組箱型座席が並ぶ三等車だったが、それを一掃して絨毯敷きのダンスホールに改装していた。客室の一角にカウンターがあり、お茶や軽食を提供出来る。
だがこれは改造された時点で二階級特進し、窓下の腰部に白帯を巻いている。
これではない。ミルクチョコレート色だけの客車は、どこかに留置されていないかと歩みを進める。
線路が敷かれた建屋の中に、改造を済ませた荷物車が留まっていた。乗用の客車に似ているが、窓は少なく両開きの大きな引き戸が二カ所ある。荷物を載せるためにあるが、客車の造りを基本とするので貨車ではない。
そうは言っても、人だろうと荷物だろうと乗せて走れば、区別がない。修繕作業の中断と、大阪から安楽椅子の護衛をした夜が思い出されて、口の中が苦くなる。
さて、この荷物車はどんな使い道なのだろうか。大がかりな改造をしていたようだが、俺の担当ではないし、車体に書き入れられた軍番号と愛称では、その用途がわからない。
気にしたところで関係ないかと諦めて、白ペンキを塗る窓下に百五十ミリの余白を残して、磨き上げられた車体を覆う。端からはじめて荷物扉に至ったところで、それが勢いよくガラッと開かれたので、RTOかと思った俺は
「あ……。驚かせて、すみません。工作局客貨車課の法師です」
日本人、それも鉄道総局の技師だった。俺はホッと頬を緩めて、雲の上に頭を下げる。
「平木と申します。GHQの指示で塗装の下準備をしておりました」
邪魔をしてすみません、と申し訳なさそうに扉を閉める手を、俺が止めた。法師の背後に、俺は目を奪われたのだ。
車内にはディーゼルエンジンが載っていた。荷物ではない、推進軸は発電機とつながっている。
鉄道車両の発電機は、床下が相場だ。レールから床板まで一メートルほどの隙間があるので、ここに発電機を下げれば客室や荷室を阻害しない。車軸の回転を利用すれば騒音はないが、エンジンでは騒音も振動も荷室に伝わる。
それを承知で、ディーゼル発電機を荷室に積んだのか。
「法師さん、この車両は何ですか」
知らないのか、と法師は意外そうな顔をしてから満面の笑みを湛えた。仕上がりに満足しているようだから、この車両を設計したのだろう。
「これは、ラジオ車といいます。GHQが無線通信をするための客車です。車軸から取り出すだけでは発電量が足りないと、突っ返されて直しました」
法師は、こちらから見えない車内に目をやると、突然慌てふためいた。
「すみません、軍事機密でした。忘れてください」
法師が目にした先には、通信室があるのだろう。その様子が可笑しくて、俺は身体をよじり「わかりました」とだけ返した。
だが、奇異に映った発電機からは目を離せない。俺の視線に気づいた法師は、それくらいならと話をはじめた。
「車内に発電機を積んだ車両は、戦争がはじまる前に試作していました。どれも走行用の発電で、どれも上手くいきませんでした。しかし純然たる発電用とは……この発想が、将来の列車を変えるかも知れません」
法師が遠くに見つめる未来は、希望の光を放っていた。それが次第に近づくようで、あまりの眩しさに俺は目を細めた。
ただ、掴み取るには目の前に、
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