伝える言葉


「話はあの店で聞く」


 ミルコは顔で目の前の建物を指しラズベリアに告げると後ろの雪積もりに頭から突っ込んでいるハルゲルの足を持ち上げ、両足を掴み肩に抱えるとまるで獲物でも仕留め終えた猟師のようなスタイルで店へと入ってゆく。防寒ケープが裏返り顔の見えぬ左右に激しく揺られているハルゲルへ一応と気の毒な感情を僅かに覚えつつラズベリアは灰混じりの眼でミルコを見つめながら後へと続いて行った。




「だ、ダンナアァッ、何事なんだよそりゃ──あ、あれダンナ、そこの女はさっきの喧嘩騒ぎの……て、ダンナが背中にぶら下げてるそのツルッパゲな兄さんの状況はどういう事だよッ、気絶してんのかッ!? おいダンナ、ダンナったらッ?!」


 一足先に店へと戻っていた店主は突然に女を引き連れ男を肩に担いで戻ってきたミルコに非難と悲鳴が混じった声で叫び恐らく応えは返っては来ないだろうが詳しい事情を聞こうとする。


「俺の客人だ。茶のひとつでも出してくれ」


 応えは一応と返ってきたがやはり詳しい説明なぞありはしなかったと店主は肩を落とす。


「俺の客人て勝手に困るよぅ。それによ、茶はダンナがグラグラに沸かしておいた湯も丸ごとジャブジャブ飲み干しちゃってるから今あるわけねえだろ?」


 ドサリと転がされた白目な禿頭の男を「これはダンナに余計なことしたんだろうなぁ」と眺めながら「勘弁してくれ」と店主はまた更にトラブルになりそうな予感がして角刈りクルーカットな頭を抱えた。


「すみません、私どもがご迷惑をおかけしてしまい。要件が済めばすぐにおいとまいたしますので、少しの間ここをお借り出来ればと」

「へ、いや、まあこりゃご丁寧にどうも。いやいや、こんな何もねえ店でよかったらどうぞどうぞ客なんてロクデナシしか来ねえし。おっ、お茶は無いけど甘いヤツはあったかなっ、若いお嬢さんの口に合うもんかは分かりませんが一応は特別な上客用のとっておきがあるんで。いやぁ、にェへへへ」


 が、ラズベリアが深々と頭を下げて礼儀を示す姿を見るや店主は打って変わってデレデレと鼻伸ばし顔になる。こんな上品な美人べっぴんさんがこんなボロ店になんかに来る事は恐らく一生は無いと店主は最高のもてなし品を求めて台所の奥へと走り出そうとする。


「いいからてめぇは俺の持ってきた素材の値踏みでもしてろ」


 ミルコはその浮ついた首根っこを引き掴むと仕事へと強制に戻らせた。店主は渋い顔をして「ちきしょうロクデナシ客の代表がよぅ」とブツブツつぶやきながら値踏みをさっさと済ませるために鉄馬車へと戻ってゆく。


 店主の姿が鉄馬車の積荷台に引っ込むのを確認するとミルコは対面に立つラズベリアに座るように促すようにドカりと座り込んで椅子を見つめた。ラズベリアはミルコの意を理解し防寒ケープを着たまま綺麗な姿勢でミルコの前に座る。


「で、貴女おたくの団長とやらは本当に俺の知ってるおひとなのか?」


 ミルコは自身の纏う防寒着を脱ぎながら暖房の効いた室内では暑苦しいと扇ぐ仕草をしながらラズベリアの方にも防寒を脱ぐように促し、外で聞いた「キラ団長」という人物について問う。己とセイラの名を出された時点で疑いようがないと理解していても頭の隅には疑問が薄く掠める程に「キラ団長」という言葉ワードに違和感しか無いのだ。


「はい「キラ・ミブフーラ」フルネームを言えばより強く団長が理解できるかと思いましょう」


 ラズベリアはミルコの意図を汲み取って防寒ケープを脱いだ。その下に隠された青色の制服を露とし、折りたたんだケープを黒タイツに包まれた膝の上に置いた。


 この小国領において、青色は氷雪を表す国色である──ミブフーラでは雪の色は氷と同じ「青」とされる──。青を纏うという事は小国に認められた特別な存在を意味するのである。それと同時に「ミブフーラ」という小国領と同じ性を有する事が何を意味するかはこの地に住まう者には理解できる。この性を名乗る事を許されているのは血縁者のみである。


 それ故に、ミルコは己が知るキラが騎団長の末席に着いているのが信じられないのである。


「若は、いずれは御領主様おやかたさまになる御身おんみ。若は魔刃騎甲ジン・ドールに確かな憧れを持っていたが、お父上の御領主様シェラッカさまが命を賭する危険性もある魔操術士ウィザードに、ましてや首都防衛騎団の長になる事を、お許しになるとも思えねえがな」

「キラ様と御領主様おやかたさまの間に何があったのかは団員たる私には解りはしませんが、キラ様が団長の末席にお着かれになった事実に、変わりはありません」


 ラズベリアはミルコの疑問は最もだと頷きながら真っ直ぐと灰混じりの眼で彼の木苺の眼を見つめる。その真っ直ぐと向ける目に淀みうごめく嘘は無いとミルコは感じ、瞳を一度閉じて逸れてゆく話を元に戻す事にした。


「……話を戻す。そのキラ団長が俺達に何の用だ。今の俺はその日暮らしで飯が食えりゃ上等な猟師。若も俺達とは二度と会わねえ腹積もりでいると今日まで信じてはいたんだがな?」


 ミルコの声には微細に複雑な感情を吐き出しているように対面するラズベリアには感じられた。失望であり、戸惑いであり、歓喜でもある。ミルコの心の流れを予測しつつ 、ラズベリアは慎重に団長キラの言葉を伝える事とした。


「団長は「賊」を倒せる力が欲しい。求めているのは君達の力である。だが、無理強いはしない。君の心に従う選択を。と、仰られています」


 ラズベリアは伝え終わると小さく会釈をした。言葉を伝えられたミルコはしばらくと中空を見つめ、視線をラズベリアに戻し呟くように応えを返した。


「その「賊」というのは「人間」の事か。だったら、俺とアイツセイラの応えは決まっている。俺達おれらが獲る命は自然の中にしかねえと伝えてくれ」


 その言葉だけで、ミルコが団長の願いを聞く事は無いとラズベリアは理解をし、灰混じりの眼を一度伏せ、もう一度顔を上げミルコに静かな声を返した。


理解わかりました。団長に必ずお伝えいたします」


 という団長の言葉に従い、ラズベリアは潔く身を引き、首都トブリニヤに帰する決断をした。団長の救援を求める程のミルコの力が如何程のものか、若いラズベリアには理解できないが、賊狩りが厳しいものになる事に違いは無いと身を引き締める。


 だが、帰る前にラズベリアにはやるべき事がある。未だ伸びているハルゲルは反対をするだろうが、己が護るべき首都では無いといえ、同じミブフーラの民が住まう街に違いは無い。魔獣を放って帰る事はやはりできはしない。


「帰する前に、山脈ロンキマレプ魔獣ブルートゥを狩らせていただきます。幸い足がわりの魔刃騎甲ジン・ドールを街外まで持ってきていますので、つきましては猟師であるミルコさんに魔獣の情報を提供し──」

「──どんな魔獣を探してるのかは知らねえが、でけえのは昨日仕留めた」

「……ハ、ぁ?」


 真剣と魔獣退治をかってでようとするラズベリアに対してなんの気なしと言うミルコの返しに、さすがのラズベリアも気が抜けでるような声を漏らした。


「家の近くに出たから退治した」


 気抜けな声に己の説明に納得が言ってないと感じたミルコは簡潔に分かりやすく応えを返し直したつもりだが、ラズベリアは見つめたまま数秒と動かなくなった。


(そんな、作物荒らしな害獣駆除をするのとはわけが違う)


 動揺を隠しながらラズベリアは言葉を呑み込み、ようやく身体を僅かに動かす。


 魔獣ブルートゥを倒せるのは同じ魔獣か魔刃騎甲ジン・ドールのみである。猟師などが魔獣素材を集められるのは死骸漁りと相場が決まっていると言われる程に生身の人間が生きた魔獣を相手にするのは不可能である。それをいとも容易く退治したような口ぶりのミルコは恐らく魔刃騎甲を所有している。法術式士プログラマと一緒に首都を離れたという事は魔刃騎甲を所有していても不思議は無いのかも知れない。いや、それでも魔刃騎甲は容易くと製造できるものでは無いはず。過去に首都トブリニヤの魔刃騎甲ジン・ドールが都外に持ち出されたという記録も無いはず。


 冷静とした表情のままラズベリアの思考は少しの混乱の中におちいっているのであった。


それを見ながらミルコは口周りの髭を掻き、肩を大きく回し伸びをするのだった。


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魔刃騎甲外伝~~猟騎山脈~~ もりくぼの小隊 @rasu-toru

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