女と男の使命

「やれやれあんな場末な喧嘩に首を突っ込む事は無いでしょうにラズベリア・キーンさん」


 毛糸編み帽子を被った痩せぎすな男は女に近づくと高めな声で早口と彼女の名を口にする。高く早口とまくる声は失望の色を隠してはいない。ラズベリア・キーンと呼ばれた女は自分の行動は間違ってはいないという強い意志を灰混じりな瞳に宿し無言と男を睨む。


「よしてくださいよそんな仏頂面は可愛いお顔が台無しじゃあないか」


 男は紫の紅を引いた唇を軽薄に薄く笑わせる。


「貴方に顔を褒められても嬉しくはありませんよハルゲル・ボロさん」


 ラズベリアは感情なぞ何処かに置いてきたと言わんばかりの無表情で痩せぎすな男の名を口にした。


「おっとこれは手痛くフラれたようですねぇ」


 ハルゲル・ボロと呼ばれた男は特に残念といった様子無く肩を竦めて笑う。ラズベリアはこの男への苦手意識は隠さずと灰混じりの眼を半分まで細め、次の言葉を口にする。


「それよりも得体の知れない魔獣が現れているとの情報を仕入れてきました。町長は首都トブリニヤへの討伐依頼も送ったようですが、現場にいる私たちが向かえば討伐隊の到着を待たずとも狩ることはできるはずです」

「はぁ成程それは僕の方でも仕入れた情報ですが何故僕達が魔獣討伐なぞをしなければならないのです? この街の町長が既に首都へ討伐依頼をしたならばそれを待てばいいじゃないですかこんな辺鄙な街まで来た目的はそんな事をするためでは無いはず」

「そんな事?……街の皆さんが困っているというのにですか? あの無意味な喧嘩騒ぎも、元をたどれば魔獣騒ぎの足止めによるフラストレーションが原因であると思わないのですか。貴方はどこまでも薄情──」

「──薄情けっこう魔刃騎甲ジン・ドールは身勝手な正義感主義で使っていいもんじゃあないし装備だって万全じゃあ無い。逆に僕達の〈ダイナレェヴ〉がこの街に迷惑をかける事になるとは考えませんかね?」

「……」


 ハルゲルの早口と捲る冷めた主張に睨みを強めてラズベリアはフードを目深に被る。ハルゲルは鼻で笑うような息を吐きフード隠れなラズベリアを見つめ、視線を中空にさ迷わせた。


「首都からの魔刃騎甲ならば確実な装備を持って来るはず我々は「団長」に命ぜられたを探していればよいのです」


 ハルゲルは使命を復唱するように呟きながらさ迷わせた視線をラズベリアに戻そうとした。


 その時、ふと視界に髭面な大男の姿が映る。一瞬と目を丸くさせ、ハルゲルは紫の唇を自然と笑わせていた。


「これはこれは奇跡的サプライズな瞬間だ思ったよりも早く見つけられたんじゃあないですかねラズベリア・キーンさん。ここからじゃ分かりづらい程にちみっこな瞳にあの身体ガタイ特徴がハマりすぎじゃあないか。喧嘩騒動の仲裁も無駄では無かったのかも知れませんねえ」

「何を……──ッ」


 嬉々とした表情を見せて笑うハルゲルの見つめる先を見てラズベリアも灰混じりの眼を大きくさせて大男ミルコを見つめると気づけば早歩きに近づいていた。


(マズイ予感がしやがる)


 こちらに向かってくる二人組の様子にミルコは面倒事を感じ取り、急いで店の中へと戻ろうとする。


「まった待った貴方ミルコ・ウォッジさんじゃあないですか?」


 だが、ミルコが踵を返し歩を進めるよりも先に痩せぎすな男が恐ろしい速度で追いつき嬉々とした表情のままミルコを見上げながら進路を妨ぐ。


「知らねえな、どけ」


 ミルコは邪魔だと木苺なつぶら瞳で睨みつけるがハルゲルは恐ろしくは無い眼だと飄々としたまま挑発的に首を横に振り、進路を塞ぎ続ける。


「知らないなんて無いことは無いでしょうそのつぶらな瞳は聞いた特徴どおりのミルコ・ウォ──ッブァッ!?」


 調子づいたハルゲルの顔面は突然と衝撃に襲われ、毛糸編み帽子が地面にずり落ちてゆく。一瞬何が起こったか分からずの目の前が真っ暗と何も見えぬハルゲルの顔面にギリギリとした痛みが走る。


「知らねえと言ったよな。俺は」


 ミルコは不快さを隠さずと片手で顔面ごと鷲づかんだハルゲルの禿頭とくとうを万力と締め上げにかかる。ハルゲルの悲鳴なのか歓喜なのかも分からぬ甲高な声に流石のラズベリアも歩みを早め、ミルコの丸太のような腕を掴み止めさせようと頭を下げた。


「すみません、この人が失礼をしたのは重々承知ではありますが、どうかお気を静めください」


 ミルコは洒落けのある白と桃色の塗り分けが目立つ黒髪の頭が下がるのを数秒見降ろし、ハルゲルを片手で後方に投げ飛ばす形で解放した。


「そこの姉さんに感謝しとけ球体頭ボールヘッド


 ミルコは後ろを見ずと呟き、店の中へと入ろうとするが、片手を掴んだ女の手はミルコを離さずと力を込めて引き留めようとしてくるのでジロと彼女を見降ろす。女はその眼をジッと数秒間見つめ返し、ミルコの無言の圧を潰すように言葉を口にする。


「無礼を承知でお聞きします。貴方はミルコ・ウォッジさんですよね?」

「そんな名前は知らねえと言ったはずだがな」


 ミルコは短く唸る動物のような声を震わせて女を拒絶しようとするが、女は否応にも自分に興味を引いてもらうと声を張り上げる。


「では、わたしの名前を変わりに覚えていただきます。わたしはラズベリア・キーン。ミブフーラ首都トブリニヤ防衛騎団員です」

首都トブリニヤの防衛騎団員だと?」


「防衛騎団員」という言葉にミルコの表情は険しくなる。


「はい、そこで伸びているハルゲル・ボロもそのひとりです。我々は「キラ団長」の令により貴方とセイラ・マーチン先生を探しておりました」

「キラ、団長?」


 ミルコは「キラ」という名に木苺の眼を微細に動かし、腹の底から絞り出した声を漏らした。


「若が……首都トブリニヤで防衛騎団長だと?」


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