喧嘩騒動
店の外の騒がしさに店主が何事かと店から出てみると店の前で男二人が取っ組み合いの喧嘩を始めており、野次馬が周りを囲んで即席の
「おいおいよぅ、こりゃなんの騒ぎだってんだ?」
店主が近くにいた初老風の男に尋ねると初老風の男は酒呑みな赤ら顔を面倒くさそうにしながら答える。
「さてなぁ、俺が来た頃にゃあこうなってたが。まぁ、大した理由もねえんじゃねえかあ? ここ数日は魔獣のせいで
初老風の男の適当な予想ではあるがそれは恐らく当たっているのだろう。足止めをくらい本来の目的を達成できない人間が多く溢れすぎているこの現状は肩がぶつかっただけでも殴り合いに発展してもおかしくはなく、一種の娯楽に飢えた状態になっている野次馬達も己に益がなければ恐らく止めはしない。むしろはやし立てな野次を飛ばしから、娯楽替わりに楽しんでいることが分かる。
「なんだ、喧嘩か」
背後から響く低く潰れた声に店主が振り向くと口の中の岩石豆をボリボリと咀嚼しながら外の様子を見にきたミルコの姿があった。
「だ、ダンナ、あれを止めてやっちゃくんねえか?」
店主はミルコの腕っ節ならあんな喧嘩程度は止められる筈だと頼み込む。いつまでも店の前で大立ち回りなんてされてしまえば店に客なんて寄り付くはずもなく、店そのものも破壊される被害にあってもおかしくは無い。ミルコならば片腕ひとつで場を鎮める事が可能だと、そこだけは絶大の信頼をミルコに向けているのだ。
「……なんでだ?」
が、ミルコは特に喧嘩を止めるつもりなぞ無いと不思議げに店主を見下ろしてくるので店主も唖然と見上げるしかない。
「野郎同士の拳の合わせあいっこなんざに興味はねえよ」
ミルコのつまらなげな言葉の吐き出しに、それなりな付き合いからこれは動いてはくれないと店主は理解し肩を落として店に戻ることにする。出来るならば店に被害が出ない事を祈るばかりである。
「──おい見ろよっ、飛び入りが
その時、野次馬のひとりのがあげた面白がるような叫びに釣られ、ミルコは無意識と視線を後ろに戻していた。
野次馬の囲いをすり抜けるようにして
身体付きが隠れた大きめな防寒ケープの効果か、周りの者には若者が少年のように見えたがミルコの鋭く観察した木苺のような眼が見つめる数秒──防寒ケープの隙間から覗く黒タイツに包まれた脚の肉付きから若者が女性であると察する。防寒ケープの背部に付いた「ガルシャ人」の頭の耳を模したようなフードを目深に被り顔付きは分からなかったが、フードから見えた頬にハラリかかった黒髪からガルシャ人の血が混じっていると理解する。純粋なガルシャ人では無いと判断したのはガルシャ人のもうひとつの身体特徴である浅黒な肌ではなく、彼女の肌がミブフーラ出身者の雪原に似た肌の白さに近かったからだ。
「なんだテメェはッ!」
「引っ込んでろッ!」
殴り合いをしていた男達は突然物言わず近づいてきた乱入者に声を荒らげ拳を振り下ろすフリをする脅しで威嚇し、追い返そうとするが、空切りな拳の圧を目の前にしてスレスレと立ち止まる乱入者は小さく白い息を吐いて、男達に告げた。
「往来の方々に迷惑です。直ちに喧嘩をやめていただきたいのですが?」
その声は凍える大気に射し込む光陽のような熱のある響きと丁寧な口調から凛としたものを感じるが、真っ直ぐとぶつかってゆく威圧的な感情も声音に隠しながら吐き出されていると感じたミルコは身体ごと向き直り、この乱入者に多少なりの興味を持った。
「やろうがっ、ふざけやがってッ!」
だが、殴り合いをしていた当の男達はその隠された威圧というものをまるで感じ取れておらず、馬鹿にしているのかと身勝手な制裁の拳をそのフード隠れな顔面に浴びせようと勢いをつけて振り降ろした。なんの躊躇も無い暴力の圧が迫る。
「忠告はしたつもりなので──」
凛とした声を紡ぐと同時に彼女は振り下ろされた暴拳をスレスレと回避すると同時に手首を掴むとまるで舞踏を舞うような動きで男の身体を中空に一回転とさせ雪の大地に打ち落とした。
「──これは正当防衛を行使したまでです」
男を打ち落とすと同時に剥がれたフードから白と桃色の染めを左右に施した洒落た長い黒髪が晒され、冷たき風と共になびいた。
「仕方がない」
彼女は溜息を吐くように呟くと
「まだやりますか?」
灰の眼で見降ろしと短い言葉を男に向かって吐き出すと痛みと恐怖心、女ひとりに赤子のように捻られた屈辱がないまぜとなった歪んだ顔で男は雪を這い回る虫のような動きで立ち上がり野次馬達を突き飛ばしながら足速全力と逃げ出した。先に打ち落とされて気絶していた男もいつの間にやら目を覚まし気づかれないように逆方向に逃げ出していた。
彼女は気配を察してはいたが戦意喪失と逃げ出す後ろ姿を追い詰める悪趣味は無いと灰の眼を薄く細め小さく肩を上下させる溜息を吐いた。
「野次馬の皆さんも、撤収、いいですねッ」
彼女の見事な動きに拍手喝采と盛り上がろうとする野次馬にも喝を入れる声をハキと響かせると、迫力に押されたか野次馬達はバラバラと散ってゆくのであった。
「ありゃ強え姉さんだ」
ミルコは低い声で短く呟き、髪整えにフードを被り直す灰の眼の女へと近づく似た防寒ケープを纏い
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