ミルコと店主


 ロンキマレプ山脈マウンテンの山麓にはザグダラという街がある。吹雪険しいロンキマレプの山奥へと向かう際の入口とも言える街だ。険しきロンキマレプへと様々な理由で向かわねばならぬ者達にとって、下準備をするためには重要な拠点といえる。

 小国ミブフーラ内ではそれほど大きな街とはいえないが、入山者を相手とした商売により街の生活は栄えていると言ってよい。


 だが、現在は得体の知れない巨大魔獣の目撃情報が複数人と報告されたため、ザグダラの町長独自判断により入山規制が敷かれる事となった。ザグダラの街にはロンキマレプ山脈に向かう予定だった入山者達が多く足を停められ、人が溢れた状態である。


 町長が三日ほど前から従者に依頼の足を飛ばさせたミブフーラの首都トブリニヤより派遣される魔刃騎甲ジン・ドール部隊が討伐にくるまではロンキマレプ山脈へと続く雪壁そびえる山道を使う者はいないだろう。


 多くの町民や入山者達がそう思うのは至極当然である。


 そんな、入山規制魔獣騒動が街の噂種になっている時、寒冷地仕様の小型の鉄馬車てつばしゃが鉄荷台を引きながら逆に山道を降りてきたとなれば、たちまちの噂種となる事は仕方なきといえよう。


 だが、当の輪鉄馬スピンホースを操術している本人ミルコは素知らぬ無愛想な表情で山道入口で唖然と立ち尽くしている警備番二人を無視とし、輪鉄馬をそのまま馴染みの店の前まで進ませてゆく。後ろの魔獣素材を売って備蓄食糧を積荷に変えて帰る。ミルコの目的はそれ以外には無く道なりにいつもよりは人の溢れる街のざわ着きに興味なぞ湧きはしない。




 ***



「お、おぅいぃ、ミルコのダンナぁ、どど、どうしたってんだよぅ」


 だが、馴染みの店主はそうも言ってはいられない。大きな図体に似合わぬ情けない声をあげながら輪鉄馬スピンホースから降りるミルコを慌てて止めようとする。堂々と下山をしてきた鉄馬車が店の真ん前に止まってしまっては商売に影響が出てしまい、たまったものでは無い。遠巻きに眺めてくる周りからの視線は痛く、店主としては必死である。


「素材を持ってきた。それなりの値で頼む」


 しかし、そんな事はミルコには関係無い。彼にとっては素材を売ること以外に重要なものは無いのだ。そこだけはつぶらな木苺の瞳で図体の大きな店主を更に上から見下ろし、髭面な顔で積荷を指しながらいつものように値踏みをしてくれと低く潰れた声で指示をする。こうなったらこの人は頑として動かない事も嫌という程に理解している店主はもうどうにもならねえやと角刈りクルーカットな頭を抱えながらも、ミルコの持ってくる魔獣素材の魅力にも正直勝てはしないと、明日の売上を繋がると信じ、火のついた商売魂で積荷の確認をおこなう事とした。


「あの、ダンナ……出来れば移動させていただければ嬉しいかなぁと……思います、はい」


 しかし、これ以上は目立たないようにさせてくれと愛想笑いで鉄馬車を車庫に移動させてはくれないかと情けなくも懇願した。


 ミルコのつぶらな瞳は瞬きもせず店主を見降ろし続けるものだから店主のキモは吹雪の中全裸で放り出されたように冷えきるのであった。



 ***



「おはぁ、相変わらず上等なもん揃えてんだよなぁダンナは。けどよぅ、こんないっぱいどうしたんだい?」


 一応と車庫への移動を無言で了承してくれたミルコの魔獣素材の詰まった鉄荷台の中身を見て少年ガキに戻ったような気分で感嘆の声を上げると同時に何時もよりも量が多い事に疑問を持ってミルコへと顔を向ける。


「溜め込みの使わねぇ素材だ。食糧備蓄が少ねぇから変えなきゃなんねぇ。それだけだ」


 ミルコは出されたグラグラと沸騰したばかりの茶を冷水でも口にするように煽り飲みながら答える。


「はは、それで久々に下山したのかよ。しっかし、流石のダンナでも今は危なかったぜ。山ん中にゃヤベェ魔獣がウロついてるて話しよ。悪い事は言わねえからさ、帰りは首都トブリニヤの討伐隊を待ってから帰んなよ?」


 ミルコは一応と上客であり顔馴染みではある。死なれては寝覚めも悪いし金の元が消えるのも飯種おまんまの食いあげだと、特別に硬い岩石豆ストーンビーンズを豆菓子のようにバリバリと噛み砕いて遠慮無しに食すミルコに店主は苦笑いに言う。


「顔がガルガァのベア・リグィの事か。魔獣ソイツなら仕留めてるから心配ねぇ。食糧買ったらそんまま帰る」

「──ぇ」


 ミルコがさらりと「魔獣を仕留めた」と言った気がして店主の目は丸くなり、耳を何度かかっぽじってもう一度聞いてみる。


「ダンナ……いま、なんて?」

「そいつは仕留めた。しばらく会わないうちに耳が悪くなったか?」


 ミルコは答えると皿に盛られた岩石豆をザラザラと口の中に流し込んでゆく。


「ど、どうしてぇッ」

「おめぇ、俺が魔刃騎甲ジン・ドールを使えんの知ってんだろ」

「だからって、ダンナ、猟師だろ?」

「猟師が魔獣仕留めちゃいけねえのか?」

「いや、だからってッ、普通は出来るもんじゃねえようっ。猟師が狩るのは狐とか熊とかだろ魔獣なんて仕留めねえよ。そもそもなんで魔刃騎甲ジン・ドール動かせ──」

「──うるせえな、家の前でウロチョロしてたから仕留めただけだろうが。無駄に唾飛ばしてる暇があったら仕事しろ」


 ミルコは不機嫌そうにつぶらな瞳で睨みつけるとのそりと立ち上がり茶のおかわりを勝手に注ぎに行き相も変わらずまるで熱さを感じないように沸騰した茶を喉を鳴らして飲んでいる。


「……ハハ」


 店主はその背に乾いた笑いを漏らし、冷静と考えればこの人の方が魔獣よりもよっぽど化け物であり魔刃騎甲なんざ気合いで動かせてもおかしくはねえと思い直し、逆らわず真面目に仕事をする事にした。無駄な口を聞けば出会った頃のように頭を片手で万力と締め上げられかねないと角刈りクルーカットを撫で、値踏みをさっさと済ませようとした。


 その時。


「なんだ、外がやかましい」

「ぇ、あぁ、確かに」


 ミルコの低く潰れた短い声に釣られて店主も耳を外に向けると、確かに外が騒がしい気がした。


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