ミルコとセイラ 二
「頭がウル・ガルガァで身体がベア・リグィな図体でかい魔獣……なんだって?」
〈エアンヴィエ〉の外装洗浄を終え、労働終わりに空いた腹を満たそうと
「そんな外見の魔獣なんざ、見た事も聞いた事もありゃし無いんだけど、まさか新種てヤツかぁ?」
細まりな眼が花蕾が開くように広がり奥にある薄青色の瞳が好奇心と輝いているのが分かる。
「知らんべ、分かるのは喧しく吠えられたら騎体がえらくブレたな」
ズイと詰め寄られる前に、素直端的にミルコは応えを返し、分厚い素手で焼き肉を裏返す。香ばしい香りに思わず鼻を鳴らすミルコの興味は魔獣では無く目の前の焼き肉にあるようだ。セイラはとんでもない魔獣を相手にしているかも知れないにと興味薄なミルコに向かって息を吐き、前に組んでいた指先をトントンと叩いて呆れを表した。
「吠えただけで騎体がえらくブレたねぇ。魔刃騎甲の
「──焦げるぞ」
あれこれとブツブツと呟きながら考えこんでいるセイラをよそにしてミルコはいい具合に焦げ目の着いた肉のひとつを素手で摘み口に放り込む。
「おまえぇッ、人がせっかく色々考えてやってるという時だつうのにッ──アッツツッチャ」
勝手に食事を始めるマルコに抗議の声を挙げつつ、セイラも慌てて防熱革手袋を片手にはめ、鉄板の上で美味そうに育った熱々な肉を摘みかぶりついた。
じっくりと焦げ目つきに焼いた香ばしく柔らかい肉の甘みがセイラの口に広がる。保存食たる干し肉の顎がくたびれる程に噛めば噛むほど味が出る美味さも悪くは無いが、やはり肉の美味さが真に堪能できるのは熱調理であるとセイラは再確認する。熱々の食事で腹を満たせる事は幸せのひとつであるとしばらくモグモグと咀嚼し、一枚の肉をじっくりと味わう。
「美味いもんだな」
目の前のミルコはたいして味わいもせず二枚三枚と焼き肉を素手で摘み、大口へと放り込んでゆく。セイラは独り占めに食われてたまるかとこれは自分の分だと主張するように睨んで焼き肉の一部を鉄皿へと移動させてから食事を続けつつ、話の興味を外の魔獣に戻そうとする。
「まあそれそれとて仕留めた魔獣だよ。いまそいつはどういう状態なんだ?」
「頭かち割って外に放ってある」
「頭かち割りってッ、外にも放りっぱッ」
「外は吹雪ん中だ。動く馬鹿は魔獣か俺らくらいのもんだ。盗られる心配はいらね」
「まぁ、それも一理あるっちゃある……て、あたしも纏めていま馬鹿と言ったか? セイラさんは頭がいいと首都では専らの評判だったんだぞ。難しい
得意げなご自慢話をしてる時点で俺と同類な馬鹿の証拠だとミルコは口をモグモグと動かしながらいまだ憤慨とするセイラを眺めて小さく笑うが、特に口にするのは面倒くさいと熱鉄板で触った指先の焦げを両手で揉み擦りながら、自分の次にやる仕事をセイラに伝えた。
「ちょっと寝て一息ついたら、外の魔獣を解体倉庫に持ってく。除雪用の輪鉄使いたい。後で点検だけ頼む」
「ん、放りっぱなしを片付けるってんならそりゃいいが、そんなすぐに解体するつもりなんか? 珍しい魔獣ならもうちょい慎重に調べても良かないか?」
「興味ねえ、殺し合いをしただけの相手だべ。くたばりゃ生き残った方に益のある餌と素材だ」
「殺し合いしただけって──いやまぁ、おまえそういうやつだよなぁ。野生の死生観というかなんというかなぁ」
ミルコのさり気な言葉に一瞬セイラは絶句とするが、
「珍しくても解体しちまえばどの魔獣も一緒だ」
ミルコ自身はそんな敬意などを持っているのかどうかは言葉とせず、ただ淡々と自分のやる一日の仕事をこなすに過ぎないと言った様子である。セイラは肩を竦めて
「あぁッ、そういや食糧備蓄少なくなってたじゃんッ。あれどうするよッ」
セイラの素っ頓狂とした声に仮眠の準備を始めていたミルコはあまり抑揚のつけない短く低い声で
「街に降りて素材売って買ってくるか」
と、髭を指で軽く扱きながら答えてから横になり秒とかからず眠りに着いた。
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