ミルコとセイラ 一


 狼顔の白毛魔獣の生命活動が静かに終えてゆくのを確認した緑青色ヴェルディグリ魔刃騎甲ジン・ドールは、その肥大な遺骸を他所にして、廃村にしては不釣り合いに立派な礼拝堂へと向かって歩みを進める。

 閉ざされた扉は人間が通るには大きく、魔刃騎甲ジン・ドールの全高四メートルな巨躯が通るには少々手狭である。

 緑青色は器用にかがみ込みな姿勢で扉を押し開き、礼拝堂の中へと移動する。


 約十八メートルはある礼拝堂の中の吹き抜けた天井は高く、手狭な扉とはうってかわりに四メートルの巨躯も悠々と起こせる程だ。

 吹雪の荒ぶ外気を塞ぐ建物の中は幾分かマシな静けさというものがあるが、魔刃騎甲ジン・ドールの中から見やる荒れた礼拝堂の中身は人が祈りを捧げる場所としての温かみは感じられず、見上げる天井に描かれた光の神を表している色ハゲた天井画は不気味に笑っているように感じられ、どちらかというと神々しさよりも気味悪さを覚えるなと魔操術士ウィザードは木苺のような丸く小さな眼を更に小さく細め、踏板ペダルをゆっくりと押し込む。魔獣の体液と混ざった外装に残るじり雪を床に落としながら最奥にある礼拝堂の中とは思えぬ錆色の鉄板の上へと移動すると脚部外装を膝折り曲げな待騎姿勢に固定し、左腕部で横に備え付けられたハンドルを回した。振動揺れて鉄板床が下がってゆき、正面にする殺風景な礼拝堂の景色は鉄色の強い地下格納区画へと姿を変えてゆく。


 鉄同士のぶつかる重い音と振動と共に地下へと降りると、境面モニタ越しに白法衣フードを頭から被った細身な女がひとり不機嫌な狐のような細目でコチラ側に早足で歩いて来るのが見え、魔操術士ウィザードは面倒くさげに1度眼を瞑り、このまま魔操術器コックピットから出ないでよい方法は無いものかと思考を巡らすが奴は根比べに出てくるまで待ち続けるだろうと予想がつく。これは観念とし、空間圧縮術式ハイスペルス解除の歪みに巻き込む前に背部外装ハッチを開いたほうが賢明だと魔操術器コックピットを手早く開放し圧縮された空間から本来の大男な体躯へと魔操術器コックピットごと戻った赤毛な髪と髭をボサリと伸ばし放題にした魔操術士ウィザードは両肩をゴキゴキと鳴らして太い丸太のような両腕で操術杖ケインを引き抜いた。


「ちょいと、あたしが寝てる間に何しに行ったんだよッ」


 同時に頭上から掠れているがよく通る聞き馴染みな声が耳に喧しく響く。


「魔獣、来てたから仕留めた」


 魔操術士ウィザードは重低な声で短く伝えると合着させた操術杖ケインを片手で遊ぶように回しながら大柄な身体を身軽に立ち上がらせて女から逃げるように魔刃騎甲ジン・ドールから飛び降りるが、逃がしてたまるかと女は頬に掛かった巻毛な青髪を揺らす速歩で魔操術士ウィザードの横に追いついた。


「だったら起こしてくれりゃいいでしょうがっ。アンタは無茶なことすっから監視しとかねえと落ち着かねえんだ」

「起こしても起きやしねえ」


 女の寝癖の悪さは理解としている魔操術士ウィザードは簡潔に答えて後ろで項垂れる緑青色ヴェルディグリ魔刃騎甲ジン・ドールを眺める。


「それに、俺は〈エアンヴィエ〉に無茶させてるつもりはねえよ」


 魔獣戦に汚れた外装も一戦を交え勝利を収めた勲章であると口髭生やしな口元を笑わせるとまた大股でゆっくりと歩き出す。


「おい「ミルコ」あたしが言ってる無茶はそっちじゃ──あぁ、いいやめんどくせぇ。あたしんとってもこの〈エアンヴィエ〉は大事だ。無茶に壊されたら飯種おまんま食いあげだかんな」


 女は頭に被った白法衣フードを細指で持ち上げて〈エアンヴィエ〉と呼ぶ緑青色ヴェルディグリを見つめて同じく薄く笑い「ん?」と首を傾げて大柄なミルコの背中に再び追いついて小言な口を開く。


「おい、この「セイラ」さん特製の両手式魔騎装銃ショットアサルトはどこにやったんだよ?」

「邪魔だから投げた」


 実際は近接攻撃に移る賭けに出たための緊急判断で両手開けに投げたのであるが、ミルコは説明するのがめんどくさいと簡潔な言葉で済ませた。


「おいコラ、投げたってどういう事だよッ。魔騎装銃は投擲榴弾グリネイドじゃねえんだぞッ」


 案の定、丹精込めて仕上げた武装を雑に扱われては立腹とするものだ。必死に仕上げてくれた事を理解し、すまないとは思うミルコではあるが、詳しく説明したところでセイラの小言は三倍と帰ってくる事は百と言わず承知であるため、説明はいつも簡潔と省いてしまうのがミルコの悪癖だ。それ以前に単純と口下手である事も理由ではあるのだが、セイラの小言を背に受けながらミルコはダンマリと整備作業手袋グローブをはめると「ちっとは汚れ落とすか」と低く呟いて、魔刃騎甲用の清掃用具の準備を始めた。それを見たセイラは舌打ちひとつに白法衣ローブを脱ぎ、年頃に洒落た長い青髪を巻いた見るものが見れば色気のある髪を露とし、それとは不釣合いな壁掛けにした薄汚れな作業着を着始める。


「キレイにすんならあたしもやるからな〈エアンヴィエ〉はおめえミルコだけのもんじゃねえんだから」

「一人の方が楽だ。おまえさんは静かに寝てろよ」

たわけた事言ってんじゃねえよ。いつも言ってんだろ、魔刃騎甲ジン・ドールを動かすには法術式士プログラマが不可欠だってよッ」


 細めた眼をジロリと見上げながら整備作業手袋グローブを細指にはめ込むセイラのあまりにも慣れすぎた姿を丸く小さな眼で瞬きひとつ無く見下ろしマルコは


(法術式士プログラマなら直接に整備する必要はねえだろ)


 と、毎回喉から出かかる言葉はめんどくさくなりそうだと口の中で噛んで飲み込み、この口の悪い割と付き合いだけは長めな一応の相棒に清掃用具を雑に放り投げて渡した。


「汚れ落としたら寝て食って外をキレイにするか」

「は、外? ミルコおまえが散らかしたまんまてどんだけの魔獣モンを仕留めてきたんだよおいッ」


 ミルコの呟きを聞いてどこかワクワクとした弾む声と共に清掃用具を肩担ぎにしたセイラは〈エアンヴィエ〉の元に向かうミルコの背を早歩きに追いかけた。






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