記憶

 七体のディフェクトは手元にハンマーを生み出し、束となって二人に襲い掛かった。由美ゆみは防護盾を生み出し、自分たちの身を守る。強い力を受け止めている盾には徐々に亀裂が入り、由美の両腕は震え始めた。一方で、この危機的状況に瀕してもなお、風花ふうかは上の空だった。彼女は環奈かんなと戦ってきた記憶を反芻し、そして自分がその女を殺めた瞬間を思い出す。気づけば、彼女の体は震えていた。押し寄せる罪悪感に息を荒げ、彼女は同じ言葉を繰り返す。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 いくら強い戦士であっても、風花もまた人間だ。彼女が友人を殺めた事実を背負っている以上、その心には底知れぬ負の感情が湧き上がってくる。そんな彼女に目を遣り、由美は叫ぶ。

「風花さん! しっかりしてください!」

 その声に、風花は我に返った。その眼前では防護盾が粉砕されたが、彼女は咄嗟に光線を放った。七体のディフェクトはその光線を浴び、数歩ほど後方へと押される。しかし彼らがかつて人間であったことを知っている風花は、殺生を躊躇うばかりだ。

「逃げよう、由美」

 彼女はそう言ったが、由美は依然として眼前の化け物たちを睨んでいる。その眼差しには、確固たる信念が宿っていた。

「……城矢じょうやさんに言われました。ただ逃げ続けた先に、本当の自由はないと」

「だけど、このままじゃ……」

「風花さん。私はもう、逃げないと誓いました」

 あの時の城矢の言葉は、今もなお由美に影響を及ぼしていた。しかし彼女にも、命を殺めるほどの覚悟は出来ていない。彼女は光線銃を生み出し、光線を連射していくが、その砲撃が相手の急所を射抜くことはなかった。その連撃により、ディフェクトたちは激高した。彼らはその手に、眩い光を集め始める。七方向から迫りくる光線を一身に浴びれば、風花たちに命はないだろう。二人は目を瞑り、死を覚悟した。


 そんな彼女たちの目を見開かせたのは、凄まじい轟音だった。


 風花と由美は目を開き、衝撃的な光景を目の当たりにした。目の前は煙に覆われており、上空からは肉片が降り注いでいた。そして煙が消えてゆくにつれ、二人の眼前の人影はより鮮明になっていく。風花たちが目にしたのは、アークのリーダー――柏木蓮かしわぎれんの後ろ姿であった。

「人は、命を奪わなければ生きられない。より良い未来のために、命を礎に出来る者だけが、勝利を勝ち取れる」

 それが彼の第一声だった。無論、二人はまだ、この男のことを知らない。

「キミは、一体……?」

 風花は訊ねた。蓮はゆっくりと振り返り、自己紹介をする。

「私は柏木蓮。アークのリーダーにして、君たちと同じゲノマだ」

 何やら、この男もゲノマの一人らしい。一度に七体ものディフェクトを瞬殺した彼には、ゼクスや千尋のような特別な力が備わっているのだろう。そしてゲノマ・ゲームの最高責任者である彼は、風花にとっての最大の敵でもある。

「アークのリーダーだと? キミは一体、なんのためにゲノマたちを戦わせてきたんだ! 環奈は、なんのためにあんな目に!」

 墓地一面に、彼女の怒号が響き渡った。そんな彼女の眼前の男は、そう簡単に口を割ろうとはしない。

「今はまだ、真相を明かす時ではない。少なくとも、私はまだ……君たちを信用しているわけではない」

「そんな答えで、納得できると思うのかい?」

「余計なことは考えるな。君たちはただ、ゲームに従ってさえいれば良い」

 蓮の無責任な言動に、ついに風花の堪忍袋の緒が切れる。

「自分たちのしてきたことを、わかっているのか!」

 激高した彼女は衝動的に飛び出し、全力を籠めた右ストレートを放った。しかしその拳に当たる前に、蓮は一瞬にして姿を消す。

「クソッ……なんなんだよ! アイツらは!」

 風花はその場に屈み、唇を噛みしめながら震えた。

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