墓地

 数分後、ステージ上にはポータルが開かれた。千尋ちひろは無傷の状態にまで回復した由美ゆみ城矢じょうやを連れ、その中から姿を現した。ゼクスは由美の隣まで歩み寄り、そして今回のゲノマ・ゲームの結果を伝える。

「ユーと風花ふうかサンの勝ちデスヨ……由美サン」

 つい先ほど、泰地たいちが自ら敗北を選んだことにより、風花たちは勝利した。続いて、ゼクスはポータルにリモコンを向け、それを手慣れた手つきで操作する。怪訝な顔をするプレイヤーたちを前に、彼は言う。

「ポータルを元の世界に繋ぎマシタ。風花サン、由美サン。次のゲームまでの一週間、楽しんできてクダサイネ」

 これは勝者にだけ与えられる報酬だ。風花は深く頷き、由美を連れてポータルの中へと消えた。


 その日の夕方、忘却の遺跡の一角にて、愛姫あき出雲いずもはまたしてもカヌーを漕いでいた。ゲームを終えてもなお二人が行動を共にするのには、理由がある。

「大事な話があるの」

 話を切り出したのは、愛姫だ。出雲は緊張感を噛みしめ、真剣な顔つきになる。

「大事な話……というのは?」

「ここのプレイヤーたちで協力して、ゼクスを倒そう。ゲームマスターがいなくなれば、ゲームを続けることも出来なくなると思うから」

「確かに、ゲームマスター一人に対して、プレイヤーは六人いるね。僕たち全員が手を組めば、もしかしたら……」

 淡い期待を抱きつつ、彼は思考を巡らせた。しかしこの作戦を実行しようにも、一人だけ確実に非協力的なプレイヤーがいる。無論、愛姫はそのことをよく理解していた。

「この作戦を実行するにあたって、邪魔者がいる。泰地だけは、ゲームの続行を望んでいるから」

「しかも、アイツは強いからね。僕たちが自由を勝ち取る上で、あの男は最初に突破しないといけない壁だと思う」

 あの男がゲームの続行を望んでいる時点で、状況はかなり絶望的だ。二人に残された道は、たった一つである。

「だから、アイツに不意打ちを仕掛けちゃおう」

「……え?」

「アイツを仕留めることが出来れば、愛姫ちゃんたちは一歩だけ自由に近づけるはずだから」

 そう提案した彼女の眼は、真剣そのものだった。当然、その大胆な案に対し、出雲は簡単に首を縦に振れない。彼はオールを漕ぐ手を止め、数瞬ほど俯いた。その顔立ちが物語るものはただ一つ――迷いであった。



 *



 一方、現代の世界に戻った風花たちは、環奈かんなの墓を訪ねていた。二人は墓前に花を供え、静かに手を合わせた。そして重苦しい沈黙が続いた後、風花は恐る恐る口を開く。

「環奈を殺したのは、ボクなんだ」

「え、風花さんが?」

「ボクの目の前で、アークの連中は環奈をディフェクトに変えた。おそらく、ゲノマ化手術に失敗した人間は、ディフェクトになるんだと思う」

 その推測が正しければ、彼女たちがディフェクトになっていた可能性も十分にあるということになる。あり得たかもしれない事態への恐怖と、親友を殺したことへの悲哀――その両方が、風花の胸に渦巻いていく。やり場のない感情に苛まれた彼女はその場に膝をつき、大声をあげる。

「ボクが! ボクが環奈を、殺したんだ! そんなボクに、ゲームに勝ち残る資格なんかなかったんだ!」

 悲痛な叫び声は、墓地の隅々まで響き渡った。そんな彼女の背中をさすり、由美は囁く。

「風花さんは悪くありません。私が風花さんの立場であったとしても、環奈さんを殺すしかなかったと思います。ディフェクトは理性を失った――人命を脅かす化け物ですから」

 そんな彼女の励ましの言葉が気休めにもならないのは、もはや言うまでもない。風花は息を荒げつつ、握り拳を震わせている。


 無論、そんな彼女たちを放っておくほど、この世界は生温くない。

「風花さん! 危ないです!」

 その声に反応し、風花は後方へと振り向いた。


 その視線の先に現れたのは、七体のディフェクトだった。

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