奇襲

 とある晩、忘却の遺跡の廃屋の陰では、愛姫あき出雲いずもが身を潜めていた。二人は光を生み出し、自らの肉体を保護色にする。その前方にいるのは、食事中の泰地たいちだ。ゲノマの力があれば、食品や炎を生み出すのもお手の物だ。彼は火で炙った骨付き肉にかじりつき、それを食いちぎりながら肉汁を散らした。彼の不意を突くなら、今のうちである。

「いくよ、出雲」

 愛姫は囁いた。彼女は出雲と共にエネルギーを溜め、それを一気に放出する。凄まじい火力の光線は泰地の身を襲い、そのまま周囲の蔓や茨も焼き払った。砂煙が舞う中、保護色の愛姫たちは目を凝らした。徐々に露わとなる人影は、平然と爆炎の中央で直立している。どうやら二人は、標的を仕留め損ねたようだ。泰地は周囲を見渡し、それから廃屋の方へと目を遣った。そして彼が光線を放つや否や、愛姫たちは爆発に飲まれて宙を舞った。

「愛姫ちゃんたちが、見えている……?」

「馬鹿な……ありえない……」

 思わぬ反撃に、二人は度肝を抜かれるばかりだ。そして彼女たちが水面に叩きつけられた直後、泰地は何かを呟く。

「……匂いだ」

 その言葉に、愛姫たちは耳を疑った。そんな二人の方に目を遣り、泰地は続ける。

「いくらゲノマの力で姿を隠せても、匂いまでは隠せまい」

 相も変わらず、この男は人間離れしていた。彼は右手にナイフを生み出し、二人の方へとにじり寄る。その眼差しは無機質なようであり、どことなく殺意を帯びているようでもあった。少なくとも今の愛姫と出雲では、この男に勝ち目などないだろう。


 そこで愛姫は、その場を黒い煙で包み込んだ。上空へと伸びていったその煙は、遠くから見てもよく目立っている。無論、匂いで相手を認識できる泰地からすれば、それで相手を見失うことなどない。

「お前らは弱い……ゲームの茶番にすら相応しくない弱者だ」

 それはまさしく、圧倒的な強者であり、ゲームを全力で楽しんでいる彼ならではの発言であった。歩みを進めた彼は今、愛姫たちのすぐ目の前に立っている。そして足のすくんでいる二人の前で、彼はナイフを振り下ろそうとした。


 その時、妙な力が働き、ナイフを後方へと弾き飛ばした。


 鼻の利く泰地は、すぐに状況を理解する。

「その匂い……ゲームマスターか。なんのつもりだ?」

 そう――この場にゼクスが現れたのだ。愛姫と出雲はその場から煙を消し、己の姿を露わにした。三人の前で、ゼクスはいつものように笑っている。

「貴重なプレイヤーを減らされては困りマスヨ……泰地サン」

「貴重だと? 馬鹿を言うな。こんな弱い連中の代わりなんか、いくらでもいるだろう」

「いやいや、ゲノマになれる人間は一握りなのデスヨ。それに、こちらのお二人サンにはまだ、成長の余地もアリマス。それよりも、先ずはこの状況を説明してクダサイ」

 プレイヤー同士のトラブルに介入するのも、ゲームマスターの務めなのだろう。兎にも角にも、怪しげな煙を目撃した彼はこの場に赴いた。そんなゼクスに目を遣り、愛姫は咄嗟に嘘をつく。

「泰地が、愛姫ちゃんたちに襲い掛かったんだよ! 愛姫ちゃん、凄く怖い思いをしたもん! ね? 出雲!」

 その後に続き、出雲も言う。

「ああ、アイツが先に襲ってきたんだ。弱いプレイヤーは要らない……ってね」

 さっそく、彼は愛姫に利用されたようだ。無論、ここで何も言い返さない泰地ではない。

「まあ聞けよ。コイツらに不意打ちでもされないと、俺が傷を負うはずがないだろ? 第一、コイツらがたまたま一緒にいて、俺がそこに襲撃を仕掛けるのか? お前は、どっちの言い分を信じる?」

 その言い分ももっともだ。ゼクスはため息をつき、その場にポータルを開く。

「話はゆっくり聞かせてもらいマスヨ、泰地サン」

 そう呟いた彼は、泰地を連れてポータルの中へと消えた。

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