悲願達成

 風花ふうかが辿り着いたのは、薄暗くて質素な部屋だった。彼女はこの部屋に見覚えがある。彼女がこの部屋の手術台に拘束され、ゲノマ化手術を受けたのは記憶に新しいことだ。風花は息を呑み、そして眼前の手術台に目を遣った。そこに縛り付けられていたのは、彼女の最大のライバルにして親友だった。

環奈かんな!」

 その名を叫んだ風花は、咄嗟に飛び出そうとした。しかし彼女は、何者かによって背後から捕まってしまう。

「大人しくしてクダサイ。これはユーにとっても必要なことなのデスヨ」

 ゼクスだ。彼の力強い両腕に身柄を拘束されつつ、風花は抵抗を試みた。彼女の目の前では、静流しずるが様々な医療器具を使って環奈の身に手を加えている。環奈の体には、何本もの管が繋げられていた。

「離せ! 離せ! 環奈に手を出すな!」

 そんな風花の叫びも、アークの幹部たちの耳には届かない。


 それから数分が経ち、環奈の身に異変が起きた。


 彼女の体の節々で、血管が浮かび上がった。そして彼女の皮膚を突き破るように筋繊維のようなものが生え始め、それは肉体を隅々まで覆い包んでいく。その姿に、風花は見覚えがあった。

「ディフェクト……?」

 そう――今この瞬間、彼女の親友はディフェクトと化したのだ。異形の存在と化した環奈はワイヤーを引き千切り、手術台の上に立った。凄まじい風が吹き荒れる中、ゼクスは急いでポータルを開く。そして彼は風花と環奈を宙に浮かせ、ポータルの中へと放り込んだ。


 ポータルから出た二人は、再び現代の街に降り立った。無論、ここで環奈を倒さなければ、多くの民間人に被害が及ぶことだろう。

「嘘だよね……環奈! ボクのこと、わかるよね?」

 風花は両腕を広げ、ひきつったような愛想笑いを浮かべた。その目の前で大剣を生成し、環奈は彼女の身に襲い掛かった。

「環奈!」

 咄嗟の判断で盾を生み出した風花は、なんとか相手の斬撃を受け止めた。かつて彼女の親友だった女には、もう自我が残っていない。それでも風花は、わずかな可能性を信じずにはいられない。

「ボクだよ、環奈! 風花だよ! ボクがゲームを終わらせたら、ボクとキミと由美の三人で、またピクニックに行こう! ボウリングにも行こう! カラオケにも行ったり、時には観光地を巡ろう!」

 無論、そんな説得は、今の環奈には通じない。ディフェクトと化した彼女は、もはや人間ではないのだ。風花の目の前で、再び大剣が振り下ろされた。その刀身は鋼鉄の盾を一刀両断し、彼女の頭上にまで迫る。この瞬間、彼女は覚悟を決めた。

「ああ、そうかい!」

 風花も己の手元に剣を生み出し、それを勢いよく振り上げた。環奈の身に切り傷が刻まれ、その剛腕に携えられていた大剣は両断される。それからも風花は剣を振り続け、その刀身から円弧型の光を飛ばしていった。それに応戦するように、環奈もエネルギーの球体を飛ばしていく。二人の死闘は白熱していたが、その一方で風花は悲哀を背負っていた。

「環奈。ボクはずっと、キミに憧れてストリートファイトをしてきたんだ」

 そう呟いた彼女は、剣の刀身に眩い光をまとわせた。前方から迫りくる光の弾丸は、着実に彼女の身に傷をつけていく。それでも風花は、決して動じない。

「ボクはこの先も、ずっとキミと戦えると思ってきた。ずっと、キミを信じていけると思っていた」

 独り言を続けた彼女の手中で、光り輝く剣は稲妻をまとい始めた。

「だからこそ、ボクがやらないと! ボクの信じた環奈が、誰かを殺す前に!」

 叫び声をあげた風花は、剣を勢いよく振った。その刀身からは巨大な円弧型の光が放たれ、眼前の標的の胴体を切り落とす。


 環奈の体は少しだけ膨張し、それから勢いよく爆発した。


 肉片の降り注ぐ路上にて、風花は呟く。

「皮肉なものだね。まさか、キミに勝ちたいというボクの望みが、こんな形で叶うなんて」

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