隠れ蓑

 風花ふうかは死を覚悟した。酷く負傷した体は自由が利かず、指先を震わせるのがやっとの有り様だ。そんな彼女を見下ろしつつ、泰地たいちはじりじりと歩み寄ってくる。このままでは、彼女に命はないだろう。


 しかし泰地は、意外な行動に出る。

「降参する。この試合は、この女の勝ちだ」

 どういう風の吹き回しか、彼は降参を宣言した。その試合を見ていたゼクスは少し困惑しつつも、いつも通りにゲームを進行させる。

「勝者、凩風花こがらしふうか!」

 この展開に、泰地本人を除く全員が驚かされた。千尋ちひろは颯爽とステージ上に駆け付け、二人の傷を癒す。無傷の状態にまで回復した風花はゆっくりと起き上がり、思考を巡らせた。そして彼女は、泰地の真意を理解する。

「そうか。連続殺人犯のキミにとって、忘却の遺跡は良い隠れ蓑になるというわけだね」

 確かに、離島の監獄に投獄されていた泰地からしてみれば、この街に身を置いておくことは好都合だろう。

「もちろん、それもある。だがそれ以上に、俺は命の意味を知らない世界に興味がない。だがこの遺跡で争いを繰り返せば、俺たちは命に与えられた使命を全う出来るだろう」

「その使命というのは、一体?」

「奪い合い、殺し合い、そして力と勝利を求めること――それが命に与えられた使命であり、命の意味だ。そうだろう?」

 それは風花からしてみれば、人間の口から出た言葉のようには思えなかった。

「キミはまるで、野生動物のような生き方をしているね」

 そう呟いた彼女は、半ば呆れたような苦笑いを浮かべていた。


 何はともあれ、今回の優勝者は風花だ。千尋はステージ上にポータルを開き、彼女を招く。

「さあ、これでアナタは自由だよ。限られた一週間を、悔いのないように過ごしてね」

 無論、ここで勝者の特権を拒む手はないだろう。風花は観客席の方を向き、由美に目を遣った。

由美ゆみ。こんなゲームは、ボクが必ず終わらせるからね」

 そんな誓いを口にした彼女は、ポータルの中へと消えていった。



 *



 こうして風花は、久しく環奈かんなと再会した。しかしゲノマとなった今、彼女は今までのように環奈と戦うことが出来ないだろう。風花は己の手元に苺の香水を生み出し、それを見せつける。

「実は、ボクもゲノマになったんだ。それで妙なゲームに巻き込まれて、しばらく帰ってこれなかったんだよ」

「だけど、今日になって風花は帰ってきた。やっぱり、風花は強いね」

「……正確には、勝利を譲ってもらったんだけどね」

 あの時、泰地が降参しなければ、彼女が現代に戻ってくることもなかっただろう。そればかりか、彼女はあの場で死んでいた可能性すらあった。言うならば、彼女はあの男の気まぐれによって生かされたも同然なのだ。そんな風花も今だけは、束の間の平穏を噛みしめられる状況にある。しかし彼女は、自由を謳歌することに気乗りしていない様子だ。無言で俯く彼女の顔を覗き込み、環奈は問う。

「嬉しくないの? せっかく自由になれたのに……」

 無論、風花が一週間の仮釈放を与えられたからといって、全てが解決したわけではない。

「ボクは由美を救えなかった。それに、命懸けのゲームが開かれている場所には、あの朔上泰地もいる。あんな奴と同じ街に閉じ込められていたら、命がいくつあっても足りないよ」

 彼女がそんな懸念を抱くのも無理はない。事実、彼女自身も一度、あの男に殺されかけた身だ。その上、彼は愛姫あきのことを本気で殺そうとしていた。そんな男の側に由美を放っておくことは、風花の正義に反していた。


 そんな彼女の肩に手を置き、環奈は言う。

「無理しすぎじゃない? 風花はもっと、自分自身のことを大切にしても良い。自分が助かったことを喜ぶ権利くらい、風花にだってあるんだよ」

 それは理に適った言い分だったが、風花は納得できなかった。

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