戦士と殺人鬼

 ステージの上空に、ホログラムの映像が映し出された。それは先ほどの試合の最後の瞬間を、スローモーションで流したものである。それはほんの一瞬であったが、確かに風花ふうか城矢じょうやを真下に押し込んでいた。つまるところ、先に場外に触れたのは城矢の方である。ゼクスは映像を止め、拡声器を通して声を張る。

「勝者、凩風花こがらしふうか!」

 風花の勝利だ。彼女は観客席に這い上がり、呼吸を整える。その後に続き、城矢も水面から顔を出した。そして風花から差し伸べられた手を握り、彼女は笑う。

「アタクシの負けね。良い試合だったわよ、風花!」

「ふふ……出来ればキミとは、こんな狂ったゲームではなく……ストリートファイトで手合わせしたかったものだよ」

「あら。ストリートファイトも良いけれど、アナタには地下闘技も向いてそうよ。このゲームが片付いたら、異種格闘技で競いましょう」

 そんな約束を交わした二人の間に、爽やかな風が吹き抜けた。風花は城矢を引き上げ、空を見上げる。日の沈みかけている空は、茜色に染まっていた。


 そんな中、彼女たちの前に一人の女が通りかかった。

「面白い試合を見せてもらったよ……お二人さん」

――千尋ちひろだ。彼女は風花たちに手をかざし、二人の体を無傷の状態にまで回復させた。次はいよいよ、優勝者を決める決戦である。


 ゼクスに指示されるよりも先に、泰地たいちはステージ上に上がった。

「ゲームマスター。早く俺を戦わせろ」

 相変わらず、彼は戦いに飢えていた。ゼクスは肩をすくめ、風花に指示を出す。

「風花サン、場内に上がってクダサイ」

 風花は深く頷き、ステージに続く階段を登った。それから己の首元に苺の香水を散布し、彼女は構えを取る。その目の前では、泰地が己の首や肩を回していた。


 ゼクスが合図を出す。

「凩風花と朔上泰地さくがみたいち、試合開始!」

 ついにこの時が来た。泰地は右手にナイフを生み出し、瞬時に間合いを詰める。俊敏な挙動で振り回されるナイフを前に、風花は息を呑んだ。眼前から迫る攻撃を必死にかわしつつ、彼女は呟く。

「殺すつもりでかからないと、こっちが狩られる。しかし……」

 言うまでもなく、風花には相手を殺す意志などない。そればかりか、彼女は不殺を貫こうと考えるような性分だ。一方で、そんな彼女に容赦する泰地ではない。彼は捕食者の眼光を見せたまま、勢いをつけてナイフを振り下ろした。

「……!」

 咄嗟の判断が働き、風花は己の手元に剣を生み出した。剣はナイフを受け止め、彼女の身を守る。それから彼女は、間髪入れずに剣を大きく振り、目の前のナイフを弾き飛ばした。その瞬間、泰地は空いている左手に新たなナイフを生み出し、その切っ先で彼女の胸元を切りつけた。続いて彼は風花の後ろ髪を乱暴に掴み、彼女の顔面に膝蹴りを食らわせる。無論、風花も決して反撃しないわけではない。彼女は泰地のわき腹を抱え、己の両手の甲に鉤爪のようなものを生成した。その先端が標的の皮膚に食い込み、鉤爪の刃には鮮血が滴っている。しかし泰地は、それをまるで気にしていない様子だ。彼は凄まじい腕力で風花を押し倒し、再びナイフを振り始めた。顔面に切り傷を刻まれていき、風花はまさに絶体絶命だ。彼女は全身に力を入れ、自分と相手の位置を入れ替えようと試みた。しかし泰地の力は強く、彼女の力をもってしても戦況をひっくり返せない。そんな彼女の胸倉をつかみ、泰地はその場に立ち上がった。

「降参しろ……凩風花。このままじゃ、お前……死ぬぞ」

「はは……まさか殺人鬼に命の心配をされるとはね」

「確かに俺は人を殺した。だがな、殺人は俺の主目的じゃない。俺は命を……生を感じたい。ただそれだけだ。お前とは、まだ遊び足りない」

 それは常人からは理解し得ない考えであった。彼は風花をステージに叩きつけ、彼女を睨みながら己の指の関節を鳴らした。

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