殺意

 次はいよいよ、新たなプレイヤーがその力を発揮する番である。この時を待ちわびていたゼクスは、すっかり上機嫌だ。

「続いては、紺野愛姫こんのあき朔上泰地さくがみたいちの試合デス! さあ、一体どんな試合に繰り広げられるのデショウ! 両者、ステージに上がってクダサイ!」

 ステージとその周囲に、楽しそうな声色の実況が鳴り響いた。愛姫と泰地はそれぞれ反対側に設置されている階段を登り、そしてステージ上で互いの姿を確認した。緊張感が走る中、ゼクスは容赦なくゲームを進行させる。

「それでは、試合開始デス!」

 いよいよこの時が来た。愛姫は一心不乱に光線を放ち、眼前の殺人鬼を爆炎に包み込んでいった。泰地はそのほとんどに被弾していたが、それをまるで気にしていない。彼はじりじりと間合いを詰めるように歩みを進め、その右手にはゲノマの力で生み出したナイフを構えている。その悠然たる風格を前にして、愛姫は足がすくむばかりだ。

「な、何? なんなの? あなた、怖いよ!」

「……ここの連中は、人を殺したことがなさそうだ」

「あ、あるわけないでしょ!」

 半ば取り乱しつつも、彼女は光線を連射していった。しかし、そんな彼女の対人距離に、泰地はあっという間に踏み込んだ。


 その直後である。


 それはほんの一瞬の出来事だった。観戦者たちが瞬きをする隙もなく、泰地はナイフを振り終わっており、愛姫は首元に深い切り傷を負っていた。その場が騒然とする中、愛姫はあらぬ方向に目を遣りながら崩れ落ちる。このような事態は、アークからしても想定外だ。

「試合終了! 勝者、朔上泰地!」

 そう叫んだゼクスは、ステージの上空にポータルを開いた。そこから飛び降りてきたのは、アークの幹部の一人――加賀千尋かがちひろだ。茶髪のポニーテールが似合う彼女は、こんな時でも無機質な微笑みを浮かべている。彼女はまさしく「腹の底の読めない女」と呼ぶべき人物だろう。ステージ上に着地した千尋は、愛姫に手をかざした。愛姫の出血は止まり、首元の切り傷は瞬時に塞がった。それから千尋は彼女の手首を掴み、こう呟く。

「まだ脈はある。そのうち目を覚ますと思う」

 何やら愛姫は死を免れたようだ。いずれにせよ、泰地が危険な男であることに違いはない。


 風花ふうかは義憤を覚え、階段を駆け上った。そしてステージ上に姿を現した彼女は、泰地の頬に拳を叩き込む。両者が鋭い眼光で互いを睨み合う中、その場には重苦しい空気が立ち込めた。


 先に口を開くのは、風花だ。

「何故、殺そうとした! キミがゲームを勝ち抜く上で、あの子を生かしておいても脅威にはならなかったはずだ!」

 彼女が憤ったのも無理はない。元より、彼女は正義感の強い性分だ。同時に、それは泰地には理解できない感情でもある。

「ここの連中は、相手の命を奪わないことを前提にしている。だから全力でぶつかり合えない。だから自分を抑え込んでいる。だけどな、凩風花こがらしふうか。野生に身を任せ、闘争で己を満たすこと――それが命の在り方だろ」

 その言葉は決して、彼の自己弁護を目的としたその場しのぎの理屈ではない。彼が語っていたことは、彼が本心から信じている事柄であった。それを物語っていたのは、彼自身の真剣な面構えだ。そんな泰地を睨みつつ、風花は怒り交じりの吐息を漏らす。このままでは、ゲームの進行に支障が出るだろう。


 そこで二人の間に割って入るのは、千尋である。

「はいはい、二人とも。ストップ、ストップ。まだ今回のゲノマ・ゲームは終わってないんだから、トラブルなんか起こさないでね」

 風花たちの言い合いに口を挟んだ彼女は、二人の体に手をかざした。二人は回復し、無傷の状態となる。唖然とする彼女たちを後目に、千尋はステージの階段を下りた。そして残るプレイヤーたちの身も回復させ、彼女は呟く。

「……良いカンフル剤が手に入ったようだね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る