逃げた先の欺瞞

由美ゆみサン、城矢じょうやサン……ステージに上がってクダサイ!」

 拡声器を通し、ゼクスの声が反響した。彼の指示通り、名指しされた二人は階段を登る。両者ともに互いを睨み合い、臨戦態勢の構えを取る。緊張感がほとばしる中、ゼクスはいつものようにゲームを進行させる。

「試合開始デス!」

 その合図と同時に、由美と城矢は一斉に光線を連射し始めた。何発もの光線が互いの体を狙い撃ち、爆炎と鮮血を散らしていく。この撃ち合いには、もはや他者が介入する隙などない。連続的に鳴り響く轟音は、二人の試合の壮絶さを物語っていた。それから由美と城矢は手元にエネルギーを溜め、それを勢いよく解き放った。両者の高火力の光線は火花を散らしつつ、互いを押し合うようにうごめいている。城矢は眼前の対戦相手を睨みつけ、声を張り上げる。

「眼鏡女! アークから逃げてばかりのアナタに、アタクシは倒せないわよ! アタクシは逃げなかった……ずっと、戦ってきたのよ!」

 確かに、由美は元より逃亡者だった。しばらくゲノマ・ゲームから離れていた彼女なら、その腕が鈍っていても無理はないことであろう。しかし彼女には、相手に引けを取らない底意地がある。

「アークから逃げもしなかった貴方は、何を求めて戦っているのですか? 勝者に与えられるたった一週間の自由に餌付けされて……貴方は本当にそれで良いのですか!」

 そう訊ねた由美は、真っ直ぐな眼差しをしていた。その前方では城矢が眉をしかめ、呆れ果てている。

「あら。アタクシの野心を侮らないで欲しいわね。アタクシはねぇ、このゲームで強くなって、いずれはアークにさえ牙を剥くつもりなのよ! アナタはどうかしら? 連中と戦う覚悟が、アナタにはあるのかしら?」

「そ、それは……」

「ただ逃げ続けた先に、本当の自由なんかないわ」

 そんな持論を語った彼女は、己の放っている光線に全力を注いだ。火力を増した光は由美の光線を押し、凄まじい勢いで前方へと伸びていく。

「ま、まずい……!」

 迫りくる光線に応戦するように、彼女も己の両手にエネルギーを集中させた。しかし彼女がいくら全身全霊を捧げても、あと一歩といったところで城矢の強さに及べない。由美は眩い光を一身に浴び、激しい爆発に飲み込まれた。この爆発によって宙に放り投げられた彼女の身に、更に何発もの光線が襲い掛かる。このままでは、彼女が戦闘不能に陥るのも時間の問題だろう。無論、ここで諦める由美ではない。

「城矢さん。確かに、貴方の言った通りですね……」

「そうよ! やっと気づいたようねぇ!」

「私は……私はもう、逃げません!」

 そんな決意を口にした途端、彼女は面構えが変わった。場外に落ちる前に、彼女は何本ものワイヤーを生み出し、その一本一本の先端を苔だらけの廃屋に括り付けた。そして蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーの上に着地し、由美はその手に大剣を生み出す。直後、彼女は瞬時に間合いを詰め、その大剣を勢いよく振り下ろした。

「おっと!」

 咄嗟の判断により、城矢は己の左腕に籠手を生成した。籠手は斬撃を受け止め、甲高い金属音を響かせる。それから間髪入れずに大剣を薙ぎ払い、彼女は対戦相手の鳩尾に膝蹴りを入れた。この蹴りによって由美は吐血したが、城矢の攻撃はまだ終わらない。城矢は右手の拳に力を籠め、由美の顔面に強烈な右ストレートを食らわせた。由美は後方に吹き飛び、ワイヤーの上に着地する。彼女が正面を睨みつけると、そこに城矢の姿はない。

「上よ」

 その声がした方を見上げると、そこには手元にエネルギーを溜めた城矢の姿があった。彼女の両手から放たれる光線はワイヤーを焼き払いつつ、由美を場外の水面に叩きつけた。


 ゼクスは言う。

「勝者、雪原城矢ゆきはらじょうや!」

 やはりあのトランス女性には、底知れぬ強さがあった。

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