戦車

 白熱した試合の後、風花ふうかは廃屋の陰に身を潜めた。そして息を殺しつつ、彼女は周囲に誰もいないことを確認する。それから己の記憶を辿り、彼女は静流しずるの持っていた「時の鍵」を手元に生成した。この鍵が上手く機能すれば、この街から脱出することも夢ではないだろう。さっそく時の鍵を前方に突き出した風花は、脳内でポータルをイメージしてみた。しかしポータルは出現せず、そこにはメッセージウインドウのホログラムが映し出される。


「この操作を実行するアクセス許可が必要です」


 少なくとも、時の鍵の使い方だけは合っていたようだ。しかしこの街では、すでにプレイヤーが脱出を試みた際の対策が講じられているようだ。

「ちっ……流石に対策されていたか……」

 これには風花も肩を落とし、廃屋を後にした。



 その頃、ステージ上には二人の人物が立っていた。一人は冴えない容姿をした少年で、もう一人は青髭の生えた厚化粧のトランス女性だ。前者が地味を極めているのに対し、後者はとてつもなく派手な風体をしている。そんな二人を見つめつつ、ゼクスはゲームを進行させる。

「第二回戦、大室出雲おおむろいずも雪原城矢ゆきはらじょうや! 試合開始デス!」

 この勝負に勝った方が、風花と戦うことになる。さっそく、少年は手元に剣を生成し、眼前のトランス女性の方へと駆け寄る。

「今度こそ、僕がこの街を出るんだ!」

 そんな思いを口にした彼は、剣を勢いよく振り回した。その刀身からは、剣術の軌道を描くエネルギーが何発も放たれる。トランス女性は金に輝くトンファーを生成し、迫りくる攻撃の全てを受け止めた。そのたびに起きる爆発により、彼女は黒い煙に包まれていく。その煙が宙に消えた時、そこには無傷の彼女の姿があった。

「あら、ボウヤ。アナタのようなお尻の青いお子様が、地下闘技場の絶対王者であるアタクシに勝てるとでも思っているのかしら?」

「そう思っているのなら、僕に勝利を譲ってくれても良いじゃないか! 未来のある……この僕に!」

「そんな旨い話なんかないわよ! このアタクシ――雪原城矢にはねぇ、勝者の肩書きしか似合わないのよ!」

 今度は彼女が攻撃を仕掛ける番だ。城矢は両手に構えたトンファーを機関銃に変化させ、連射攻撃を始める。出雲は防護盾を作り、己の身を守る。幸い、眼前のトランス女性が銃弾を使い切る前に、彼は一発も被弾せずに済んだ。無論、これで城矢の攻撃が止まるわけではない。

「まだまだいくわよ!」

 そう叫んだ彼女は高く跳躍し、己の両手を真下に向けた。その先にはハッチの開いた戦車が生成され、彼女は操縦席に飛び込む。直後、戦車は音を立てて動き出し、次々と砲弾を放っていった。

「まずい……!」

 咄嗟の判断により、出雲は光線を乱射していった。砲弾は次々と撃ち落とされていったが、戦車はじわじわと間合いを詰めていく。防戦一方のままでは、彼に勝ち目はないだろう。しかし、出雲もここで退くわけにはいかない。彼は己の手元にエネルギーを溜め始めた。一方で、城矢も一切の対策を講じなかったわけではない。

「あら、アタクシの戦車を、既存の戦車と同じだと思わないことね」

 何やら、彼女には秘策があるようだ。エネルギーを溜め終えた出雲は、高火力の光線を放とうとした。


 その瞬間、戦車の操縦席は上空に勢いよく射出され、城矢はベイルアウトした。


「そんな……!」

 出雲の放った光線は、眼前の戦車を勢いよく爆破した。当然、肝心の対戦相手には一切の攻撃が通っていない。

「これでオシマイよ! ボウヤ!」

 勝利を宣言した城矢は、上空から凄まじい火力の光線を放った。この一撃による爆発は、出雲の身を場外に吹き飛ばす。そして彼が場外の水面に叩きつけられるや否や、ゼクスは己の口元に拡声器を近付ける。

「勝者、雪原城矢! 地下闘技場の絶対王者の名は伊達ではありマセン!」

 城矢の圧勝である。

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