鋼鉄の防壁

「それでは第一回戦、凩風花こがらしふうか紺野愛姫こんのあきの試合デス! 両者、ステージに上がってください!」

 拡声器越しに、ゼクスの声が響き渡った。風花は深いため息をつき、ステージへの階段を登った。そんな彼女の目の前に登場したのは、派手な色合いをしたツインテールの少女だった。その少女は厚化粧で、媚びたような上目遣いが身に沁みついていた。彼女が紺野愛姫で間違いないだろう。

「あなたのことは知ってるよ……風花さん。ストリートファイトで猛威を振るい、あの環奈さんと渡り合えるほどの実力者だよね?」

 何やら風花の名は、彼女の耳にも届いていたようだ。

「それなら話は早いね。痛い目を見たくなかったら、早く降伏した方が良いよ」

 それはまさしく、優秀な戦士として名の知れている風花だからこそ口にできる警告であった。しかし愛姫は己の下瞼を引っ張り、あの風花に舌を見せつける。今度は、彼女が警告をする番である。

「ストリートファイトとゲノマ・ゲームを一緒にしてはいけないよ。新入りのあなたなんかに愛姫ちゃんは負けないもん」

 確かに、風花はゲノマ・ゲームにおいては初心者だ。いくら優れた格闘センスを持っていても、油断は禁物である。

「面白い。ならば、キミの力を試させてもらおうか」

 そう切り返した風花は、己の身に苺の香りの香水をふりかける。この癖が出たということは、彼女が本気を出すということだろう。


 ゼクスはステージの横に浮遊しつつ、合図をする。

「試合開始!」

 いよいよ、ゲノマ・ゲームが開幕した。


 愛姫は鋼鉄の防壁で己の身を取り囲み、頭上から何発ものミサイルを発射した。その一つ一つは、眼前の標的の身を容赦なく追い掛け回していく。風花は俊敏な動きでミサイルをかわしては、掌から光線を放っていった。しかし、彼女が幾度となくミサイルを撃ち落としても、すぐに次の追尾ミサイルが発射されてしまう。今のところ、愛姫は一歩もその場を動いてはいない。一方で、風花は迫りくる攻撃をかわし続けなければならない。防戦一方では、じきに体力を使い切るだけだろう。無論、風花はここで勝利を諦めるような女ではない。

「鉄の壁なら、コイツだね!」

 何かをひらめいた彼女は、その場にタンクとホースを生み出した。彼女の握るホースの先端から、黄緑色のガスが放たれる。それは鋼鉄の防壁を勢いよく溶かすと同時に、愛姫を酷く咳き込ませた。

「こ、これは、一体……?」

 苦痛に顔を歪めつつ、愛姫は訊ねた。その質問に答える前に、風花は彼女の顔面に全力の右ストレートを叩き込んだ。後方へと殴り飛ばされた愛姫は、ステージの端にまで追いやられてしまう。その場でよろけた彼女の胸倉を掴み上げ、風花は語る。

「さっきのは、高濃度の塩素ガスさ。あのガスは金属を溶かす性質を持ち、人体にも害を及ぼす危険な代物なんだよ」

 一歩間違えれば、あのガスは愛姫の命を奪っていただろう。

「そ、そんなものを使って、愛姫ちゃんが死んだらどうするつもりだったの!」

 愛姫が憤ったのも無理はない。鋼鉄の防壁を破るためであっても、人命を脅かしかねないような猛毒を用いるのは、決して正気の沙汰ではない。無論、風花とて相手を殺そうと考えていたわけではない。

「大丈夫だよ。塩素ガスは、ビタミンCで中和することが出来るからね。だけど一応、しばらくは療養してね」

 回復の手段を告げた彼女は手を離し、愛姫を場外に落とした。愛姫は水面に勢いよく叩きつけられ、息を荒げながら上空を睨みつける。


 ゼクスは拡声器を使い、声を張り上げる。

「勝者、凩風花! 期待のニューカマーは、ゲノマ・ゲームでも強かったようデス!」

 これで一先ず、風花は第一回戦を勝ち抜いた。彼女はゼクスを横目で睨みつつ、ゆっくりと階段を下りた。

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