ゲーム開始

ステージ

 翌日、忘却の遺跡の一角には、四人のゲノマが集められた。街の大部分は水没しているが、この場所には橋やステージ、そしていくつかの観客席が増設されている。風花ふうかは怪訝な表情をしていたが、残る三人のゲノマは無表情だ。彼らは肝が据わっているのか、あるいはこの状況に慣れ親しんでいるのだろう。


 ステージに立つのは、拡声器を手にした銀髪の美少年だ。

「初めましての方は初めマシテ。まあ、新入りは一人しかいないようデスけどネ。ミーは、ゲームマスターを務めるゼクス・ハルフォード。以後、お見知り置きを」

 何やらこの美少年が「ゲーム」を仕切っていると見て間違いはなさそうだ。その妖しげな微笑みはあまりにも無機質で、いかなる感情も匂わせないものだった。突然の出来事に、風花はあまり順応しきれていない。彼女は生唾を飲み、目の前のゲームマスターを睨む。その視線に気づいたゼクスは肩をすくめたが、彼の表情には一切の変化がない。

「そんなに怖い顔をしないでくださいヨ……風花サン。ユーはストリートファイトでその名を轟かせる戦士にして、生粋の戦闘狂デショウ? きっと、このゲノマ・ゲームを気に入っていただけると思いマスヨ」

 その悠然たる態度が物語ることはただ一つ――余裕だ。彼には、自分がゲームを操れるという確固たる自信がある。無論、それで怖気づく風花ではない。

「そうだねぇ……先ずはキミから教育してあげようか」

 そう言い放った風花は、己の手元に苺の香りの香水を生成した。その香水を己の首元にかけ、彼女は体の節々の関節を鳴らす。その眼差しに宿っているのは、純然たる闘志だ。直後、風花は俊敏な動きで間合いを詰め、拳を放とうとした。


 しかし彼女の体は、重力に逆らうように後方へと跳ね飛ばされた。


 この時、ゼクスは彼女の身に指一つ触れてはいなかった。何やらこの少年には、彼女や由美のものとは違う特別な力が備わっているらしい。風花は半壊したビルに叩きつけられ、地上のほとんどを覆う水面に落下した。そんな彼女を嘲るように、ゼクスは無言で指を振る。それから彼は宙に浮き、彼女の目の前まで飛行していった。そして彼女を水面の上に浮遊させ、彼は言う。

「無駄デスヨ……風花サン。フェーズ1のゲノマ如きでは、ミーを倒すことなど出来マセン。是非とも、ミーを倒せるくらいの強さを身に着けてくださいネ」

 少なくとも、今の力量差をもってすれば、ゼクスはいつでも眼前の女を殺せるだろう。そこにどんな思惑があるのかは定かではないが、彼は風花が強くなることを望んでいるらしい。風花は唇を噛みしめ、己の無力さを悔やんだ。同時に、その胸には底知れぬ野心の炎が灯る。

「わかったよ。いずれキミを倒せるくらい強くなって、こんなおかしなゲームを終わらせてやるさ」

 そんな決意を口にした彼女は、鋭い眼光をしていた。ゼクスは小さなため息をつき、彼女との話を続ける。

「随分な言い様デスネ。まだ始まってもいないゲームに、ケチをつけるのデスか?」

「当然だよ。由美があれだけ必死に逃げ回っていたんだし、ボクたちはこんな街に誘拐されたんだからさ」

「……そうデスか。まあ、ユーの気持ちなんて、ミーの理念と比べたら微塵も重要ではありませんヨ。さあ、ゲーム説明に移りマショウ」

 相手に何を訴えられようと、この少年が揺らぐことはなさそうだ。風花は目に見えて苛立っているが、ゼクスにはそんな彼女に構っている暇などない。


 さっそく、ゼクスはルールを説明する。

「プレイヤーはミーの指示に従い、場内で戦ってください。場外に出た者の負けデス。このゲームは主に、トーナメント形式で行われマス。そして優勝者だけが、一週間の仮釈放を与えられマス」

 何やらこの街を出るには、このゲームに勝つしかなさそうだ。

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