忘却の遺跡

 風花ふうかが目を覚ますと、そこは薄暗く質素な部屋だった。彼女はワイヤーで手術台に縛り付けられており、身動きの取れない状況だ。そんな彼女の目に飛び込んできたのは、静流しずるの不気味な微笑みだ。

「気が付いたようだな」

「体が熱い……ボクに一体、何をした?」

「心配には及ばない。どうやらキミには……適性があったようだ。やはり、ワタシの見込んだ通りだ!」

 嬉々とした表情でそう語った彼は、ポケットから鍵のようなデバイスを取り出した。直後、その先端を向けられている先の空間には、風花の見慣れている穴が開かれた。

「その妙な穴は、キミが作っていたのかい?」

 風花は訊ねた。静流はワイヤーをほどきつつ、例の穴について説明する。

「その穴はポータル――『時の鍵』によって開かれる時空の裂け目だ。この鍵はワタシの発明品の一つでね……時空を超えた移動を実現しているんだ」

「そうなると、ボクが見たあの近未来的なバイクは……」

「妙に察しが良いじゃないか。ああ、あれはキミの時代には存在しない乗り物だよ。早い話が、ワタシはキミから見た未来人……と言ったところだ」

 その言葉には、妙な説得力があった。時空をまたぐ出入口を生み出し、宙を舞うバイクを用意できるような存在がいるならば、それはまさしく未来人に他ならないだろう。ゆえに風花は、彼の発言を疑いはしない。

「それで、その未来人が一体、何の用だい?」

「キミをゲノマ・ゲームに招待する。ゲノマ同士が戦い、勝者だけが一週間の仮釈放を与えられる究極のゲームにな」

「……由美ゆみも、自分をゲノマだと言っていたね。ゲノマというのは、様々な物質やエネルギーを好きに生み出せる存在――と考えて良いのかな?」

 余程のことでは動じない性格なのか、彼女は妙に呑み込みが早かった。そんな彼女の悠然とした態度に感心しつつ、静流は答える。

「その通りだ……『ノア細胞』を体内で培養された人間は、ゲノマとなる」

「そのゲノマとやらを戦わせて、キミは一体何がしたいんだい?」

「キミには、聞きたいことが山ほどあるだろう。しかし、今はまだ多くを話す時ではない」

 あくまでも、彼が与えたのは最低限の情報だけだった。風花は深いため息をつき、静流に問う。

「必要な情報は、全て話したかい?」

「ああ、余計な詮索はしない方が良い」

「そうかい」

 眼前の男の態度に不満を抱き、風花は眉をしかめた。しかし、今ここで彼を仕留めるのは得策ではない。

「そうだな。先ずは『忘却の遺跡』を見せよう。ワタシの後についてこい」

「はぁ……」

「元の世界に帰りたいだろう? 大人しくワタシに従うが良い」

 そう――ポータルを開くことが出来るのは、この男だけなのだ。風花はあまり気乗りしなかったが、彼についていくことにした。


 二人がポータルを潜ると、そこは廃屋の屋上だった。


 風花が周囲を見渡すと、その目には水没した街が映し出された。ビルの多くは酷く倒壊しており、至る所に苔や茨が自生している。所々には酷く錆びた廃車が浮かんでおり、その光景は退廃を極めていた。

「この街で、一体何が……?」

「余計な詮索はするなと言ったはずだ」

「はいはい、静流様の仰せのままに――っと」

 妙な面倒事に巻き込まれ、風花は半ば苛立っている様子だ。そんな彼女に対し、静流は更なる要求をする。

「それよりも、キミはせっかくゲノマになったんだ。その力を試してはみないか? どのみち、その力を使いこなせないとキミに未来はない」

「はぁ……こうか?」

 風花はその場にパラシュートを生み出し、屋上から飛び降りた。そして水面に着地する寸前に、彼女は己の真下にボートを作り出す。一先ず、物質を生み出す力に関しては問題なく機能しているようだ。


 静流は再び不気味に微笑み、ポータルの中へと消えていった。

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